依頼を選ぶ
朝も早かったので冒険者ギルドのロビーは混雑していた。なにしろ、朝一は、張り出される依頼の数も多い。
マサヒコはアリスと連れ立ってEランク依頼の掲示板の前に来た。
ちょうど見知った男女がアレコレと言い合っていた。ウィナスとリーズだ。
「そうはいっても、今さらラビットボールとか、ないだろ」
ウィナスが言った。
「ザックがいなくなったんだから、慎重になった方がイイってば。アセらないで、ちょっとずつ強くなろう」
「お前に、あんまり情けないトコ、見せたくないんだよ。俺」
「馬鹿。今さらだよ。コッチはアンタがオシッコ漏らしてた頃から知ってるだから。それでもアンタを選んだんだからさ。ねっ、ゆっくり強くなろう」
「リーズ……。分かった。そーだよな。アセることねえよな」
ナニヤラ愛を確かめ合っていた。
落ち着いたところで、コホンとアリスがセキばらい。
わっ、とウィナスとリーズが驚いた。
「マサヒコ、アリス、なんだよ。いたのかよ。声かけろよ。ビックリするじゃねえか」
「イヤ、ナンカ、盛り上がってたからさ。結局、2人だけのパーティにするの?」
「ああ。その、今さらほかのヤツに入られてもなあ。リーズと2人でイケるトコまでイってみるわ。お前らと一緒だな」
「また、そのうち、一緒にやろうよ」
リーズが言って見せつけるようにウィナスの腕を組んだ。カワイク、ウィンク。
「じゃ、アタシらは、ラビットボール退治行ってくるね」
依頼書をハがして受付に行ってしまった。
「ウラヤマー。ウチも……」
アリスがボソッとツブヤいた。
すぐに、ハっ、と気づいてマサヒコの顔を見る。
マサヒコは聞いていなかった。
さっそく依頼を吟味している。
その顔は真剣そのもの。長い前髪に隠れがちな目は、まっすぐに掲示板に向かっており、ときおり、唇をゴニョゴニョと動かしている。
アリスはそんなマサヒコの横顔についつい見惚れてしまった。
「アリス、コレなんてどう?」
マサヒコが指さしたのは『グリーンスライムの死骸採取』である。死骸バケツ10杯分。
「アト、コレも一緒にできると思う」
もうヒトツ、別の依頼を指さす。
『ベトベト草集め』バケツ5杯分。
「スライムって、あのみょーんて伸びるヤツ? コッチに来た時に、ウチが踏んづけた」
「そう。ベトベト草はスライムの好物なんだ。だからスライムの群生地に行けば、ベトベト草を採取もできる」
「おっ、アレじゃん。1粒で2度美味しいみたいな?」
「間違ってはないけど。この場合、一石二鳥でイイんじゃない?」
「ナンカ、頼りになるじゃん。マサヒコ」
言われてマサヒコは顔を赤くした。
「俺なりに情報集めたからね。ヤッパ、本の力は偉大だ」
現代日本とは比べるべくもないが、こちらの世界もカナリ情報化社会になっている。
ベトベト草とスライムの関係も『初めての冒険者』という本で読んだ知識だ。
「じゃあ、午前中はこの2つの依頼を受けよう」
マサヒコは2枚の依頼書をハがした。
「じゃあ、ちょっと受付してくるよ」
言ったマサヒコだったがアリスはちょうど顔見知りと挨拶しており、聞いてはいなかった。
さっそくキャッキャと盛り上がっている。
本当にコミュ力が高い。
担当の受付嬢はマサヒコたちに講習をしてくれた女性だった。三十路受付嬢レミナスだ。
「聞きましたよ。ゴブリンキングを倒されたそうですね」
レミナスが言った。
「あ、ハイ。運よく倒すことができました」
「ただの運でAランク魔物は倒せませんよ。それだけアオキさんに実力があったということです。ただ、だからと言って過信は禁物です。冒険者というのは本当に危険な職業ですから。特に新人時代は命を落とす方も多くて」
シミジミとレミナスが言った。今まで何人も死んでいった者を見てきたのだろう。
「ですから、私はイイと思いますよ。スライム退治にベトベト草集め」
「アリガトウございます。ちなみに、オススメの狩り場ってありますか?」
「ベルドーン近辺でグリーンスライムが多いのは、【迷宮】の東側ですね。あのあたりは、ほかの魔物との遭遇も少ないですし、【迷宮】目当ての冒険者がたくさん通るので安心ですよ。ほかには、反対方向ですが、ロベロイ村の南西にある草原地帯でしょうか。群生率でいえば、こちらの方が多いのですが、カナリの頻度でほかの魔物とも遭遇します。グラスワームやキラーマンティスなどですね。Dランク相当の魔物です」
「アリガトウございます。検討してみます」
「ハイ。よろしくお願いします」
受付が終わったあと、アリスを探すと、今度はほかの冒険者パーティと話をしていた。
以前、アリスを口説いてたガラの悪い連中である。
なんだよ、アイツら。アリスにちょっかいだしたら承知しねえぞ。
などと、心の中では勇ましいマサヒコ。
それでも、少し及び腰ながらも、アリスに近づいていった。
「アリス、受付終わったよ」
ヤンキーたちの視線を受けながら声をかける。
「オッケ。じゃあ、ねっ。教えてくれてアリガト」
アリスがヤンキーたちにサラっと言って、クルっと背を向けて、マサヒコの方へやってくる。
その背中でヤンキーたちがナニカ言いたそうな顔をしていた。それからマサヒコをニラむ。
ま、負けんぞ。ヤンキーのガンごときで怯むかよ。
ヤッパリ心の中では勇ましいマサヒコだったが、体の震えはイカンともしがたかった。
やがてヤンキーが目をそらした。
勝った。ゴブリンキング効果?
ちょっと自分を誇らしく思った。
「ナニ? 変な顔してさぁ」
アリスが不思議そうな顔でマサヒコを見る。
「イヤ、別に……」
怖い顔じゃなく、変な顔だったらしい。
ヒョットしたら、ヤンキーたちも、アイツなんちゅう顏してんだ、ヤバいな、とか見てたのかもしれない。
テンションが下がった。
「それでさ。いちおう、2つスライムの狩り場を教えてもらったんだけど」
マサヒコは受付嬢レミナスから教えてもらった場所を説明した。
「あっ、ウチもほかの冒険者から聞いといたよ。この辺だと、北のルイ村の近くにある森が穴場なんだって」
どうやらアリスも情報収集してくれていたようだ。
「アト、西の草原だって。ハイソンの周辺にスライム出るってさ」
ウーン、とマサヒコは悩んだ。
候補は4カショ。レミナスは統計的な情報のようだし、冒険者たちの情報は経験に即したものだろう。
とりあえずシュマホーの地図アプリでそれぞれの場所を調べてみる。
ルイ村近くの森。
駅馬車でルイ村までいけば30分くらい。
西の草原。廃村付近。たぶん、歩いて1時間くらい。
【迷宮】近辺。直行のバス馬車があるので、それを利用すれば1時間くらい。
ロベロイ村の南西の湿原地帯。ロベロイまで駅馬車で1時間くらい。そこから徒歩、1時間くらいか。
「【迷宮】のトコにしようか。1度、あの辺も行ってみたかったし。便は1番楽そうだし」
「ウチもソレでイイよ。スライム入れるバケツは?」
「アッチで貸し出してるってさ。1日、1つ100エーン」
「金とんのかよ」
「借りパクされないようにじゃない。ちょっと大めに借りてこうか」
バケツのレンタルを終えて冒険者ギルドを出る。バス馬車乗り場で【迷宮】直行便の時間を確認。ちょうど、もう間もなく来るところのようだ。
「てか【迷宮】ってナニ?」
アリスが言った。
「ああ、『大賢者』……本田さんが作った冒険者育成のための施設らしいよ。いろんな大都市の側にあるんだって。難易度はマチマチらしいけど。いろんなアイテムが落ちてるみたいだよ」
「チアキそんなコトもしてたんだ。エライね、アイツ」
シミジミという様子のアリス。もう会うこともない友に想いをハせていたのだろう。
「ウン、冒険者ギルドの体制を整えたり。魔装を今の形にしたのも本田さんらしいよ。たぶん、俺たち……、イヤ、ほかのクラスメートがいつか転移してくることを知ってたんじゃないかな。だから、できるだけの態勢を整えてくれたんじゃない?」
「マジメだったもん、アイツさぁ。もっと気楽に生きりゃあイイのにって、いつも思ってた」
「アリスと本田さんて、あんまり仲良さそうじゃなかったけど」
というよりも、むしろナンヤカンヤ言い合っているところばかり思い浮かぶ。
「ウン、でも。チアキのコト、嫌いじゃなかったな、ウチ。人のコトで怒ったりできるって、スゴいじゃん」
「ソレだったら、アリスだって。ほら、平山さんのコトで、榊原さんに怒鳴ってるとこ、俺、覚えてる」
スゴい剣幕で怒鳴ってた。
その時のマサヒコは、ただひたすら、ギャル、怖っ、と思ったものだ。
わっ、とアリスが顔を両手で覆った。
「マジ、忘れて。ウチ、オニのようだった?」
「ま、まあ、ちょっと迫力あったけどさ」
なまじ美少女なので怒ったときは、いっそう怖くなるのだ。
「ん、んっ。ウチ、あんなキレるコトそんなんないから。ワリと、オンコー? みたいな」
「イヤ、そんな短気だとか思ってないから。俺が言いたいのは……」
言いかけたところでバス馬車が来た。
以前見た黒い魔装の暗黒騎士のような牽引者。バス馬車やタクシー馬車などの交通ギルドはカナリ人気の職種という話だ。冒険者に比べて危険が少ない上に、どこに行っても喰いっぱぐれるコトはない。
『ベルドーン迷宮』への直行便だと暗黒騎士の牽引者が告げる。
さっそく車内に乗り込む。マイクロバスくらいの箱型。長椅子が向かい合うように横向きに並んでいる。
「ウチらだけ?」
「あんまりいないのかな、迷宮攻略者」
だが、そこへ車内に駆け込んでくる者たちがあった。
隻眼スキンヘッドの四十男アックス。
その後ろに赤いチャイナっぽい服にお団子頭のリン。
そしてメガネをかけた山高帽にスーツ姿のガッシュ。
「なんだ、お前らも【迷宮】に行くのか。まー、【レベル】を上げるには手っ取り早いからな」
アックスが言った。
「イヤ、【迷宮】に用があるんじゃないんですよ。ただ、その近くでスライムを倒すだけで」
「あー、スライム狩りか」
言ってアックスがウレしそうに笑った。
「イイじゃねーか。そうだ。地道にだ。ゴブリンキングを倒したからって浮かれてるようじゃあ、危ねえなあ、って心配してたんだ」
「とりあえず、地道にランクを上げていこうと思いまして。アックスさんたちは迷宮攻略ですよね」
「そうだ。【迷宮】は魔物の発生頻度がハンパねえからな。【経験値】タメるなら、こっちが楽なんだよ」
アックスが言った。
「うちもそろそろAランクに上がりてえからよ」
アックスたちのパーティ『竜翼』はBランクパーティである。実力的にはAランク以上とのウワサもある。
アックスとマサヒコが話しているカタワらでは、アリスとリンが話していた。
「へー、どっちともツキアってないんだ」
アリスが言った。
アックスとガッシュ、どちらが恋人なのか、とド直球の質問をしたところである。
「パーティ内での色恋は推奨しないね。男女の関係は面倒ごとが多い。せっかく、良い仲間であったのに、気まずくなるのは良くない」
リンが言った。
「でも、ナンカ、一緒に冒険したりしてると、ナンカさ。ナンカ、キュンってキタりしない?」
「あるよ。アックスもガッシュも良い男だから。だが、自制するね。男性としての魅力以上に、フタリは得難い仲間だから」
へー、とアリス。
「君はマサヒコにそういう想いを抱いてるのかい?」
リンは声を落とすこともなく言ったので、アリスはアワてた。マサヒコをチラッと見る。
アックスとの話に夢中でまったく聞こえていないようだ。
「ま、まあ」
フフっ、とリンが笑った。
「イイね。若い子は」
「てか、リンさんだってそんな年違わないじゃない」
「私は、コレでも三十路だよ」
「マジっ、全然見えないですけどぉ」
やがてバス馬車が止まった。
周囲はちょうど紅葉まっさかりの木立に覆われている。深い森の中だ。目の前だけは開けており、そこに白い石造りの神殿のようなモノがある。
コケむし、削れ、長い年月を経ての風格のようなものがあった。
アックスたちとはそのままバス停(目印代わりに時刻表の刻まれた金属柱が建っている)で別れた。
神殿へと入っていく3人を見送っているとバス馬車がUターンを始めた。
マサヒコはベルドーン市行きの時刻を確認した。11時のモノがある。
今、ちょうど9時なので、2時間。
「ここで魔装顕現していこうか」
「オッケ」
フタリして魔装顕現する。マサヒコは黒い甲冑姿。機動甲冑。
アリスは相変わらず、タートルネックでノースリーブの金の鎖帷子ミニワンピに、半透明の白いコート。ジャラジャラしたリングにロングブーツ。
魔装中は視界に方位を示すアイコンを出すことができる。
マサヒコはさっそくソレを出した。
さらにレンタルした【魔物レーダー】を【ギルドカード】から取り出す。
本当にイロイロと便がイイ。それもこれも本田千秋のおかげである。もちろん魔装の基礎を作った都築凱のおかげでもあるのだが。
「コッチ。転ばないように気を付けて」
なにしろ道もナニもない。
冬枯れしてきているとはいえ、それなりに下草もある。地面もヌカるんでいて、森の中を歩きなれないものには注意が必要である。
「あのさ。手、ツナいでくんない」
アリスが言った。
「転びそうでヤバいし」
「えっ、ウン。イイよ」
マサヒコはアリスの手をトった。
甲冑の金属ガントレットなので、アリスの手の感触もヌクモリもさすがに伝わってこない。それでも緊張した。
「手、痛くない?」
マサヒコはアリスの手を握りツブさないように、ほとんど力を入れていない。
手を握っているというよりアリスがツカんでいるという感じだ。
「んっ、大丈夫。アリガト」
しばらく森の中を歩く。色づいた木の葉は色鮮やかだが、深い森の中はブキミだ。
どこから魔物が飛びだしてきてもおかしくない。
その緊張感のおかげで余計に互いの足音と息ヅカいに注意が向く。
マサヒコは妙に息苦しさを覚えた。
アリスはマサヒコの金属手袋にトキメキを覚えた。もう何度も手をツナいでいるし、今は分厚い金属越しなのに、心臓がバクバクといっている。顔が赤いのが自分でもよくわかり、マサヒコに絶対に振り向いてほしくなかった。
「良かったカモ」
アリスのハチキレそうな想いが口から出た。
「えっ、ナニが?」
マサヒコが背中で聞く。
「コッチに一緒に来たのがマサヒコで良かったカモ」
言ったアリスは、すぐに自分の言葉にアワてた。
「ほら、マサヒコ、ガツガツしてないし。ウチのコト、エロい目で見ないじゃん? アト、意外に頼りになるかなって」
「ハハっ」とマサヒコはカワいた笑い声をあげる。
メチャクチャ、エロい目で見てたっての。
「アト、マジ、カッコイイし? 優しいし?」
小声でツブヤく。
あまりにも小声すぎてマサヒコには聞こえなかった。
「俺も、一緒に転移したのがアリスで良かったカモ。ほら、俺、陰キャだし。ボッチだしさ。コミュ力、ホントなくて。アリスじゃなかったら、なんかウマくやれなかったと思うし。超嫌われてたカモ」
アリスはそれには答えなかった。自分の中の想いをオサえるのに精一杯。
ヤバっ、そんなん言われたら泣くじゃん。
「榊原さんだったら、俺、絶対、ボロ雑巾みたいに使いツブされたと思うしなあ」
マサヒコがツブヤいた。




