5 時間のゆとりは心のゆとり
「…これはまた、ずいぶん特異なものを選んできたね…」
「これが大銅貨5枚で売られていたのですよ。買うしかありません。」
レティの手にしっかりと握られた魔導書を見て、はぁ… と、ため息をつく。
「それで、どんな内容なの?」
「髪色を白銀色に変える魔法です。」
「買いね。」
流石に、この目立つ金髪じゃ見つかるのも、時間の問題になってしまうのよね。
……実用性ばっかり気にしていて、面白みがないわね…
「エルセ様も、旅の必携アイテム集なんてもの、古本屋で買うものじゃないですよね。」
「良いじゃないの! このあとこれあってよかった〜 なんて事があるかもしれないじゃないの!」
「マジックバッグにも容量はありますよ。」
「……わかった。」
……むぅ…
そこまで心配しなくてもいいじゃないの… どうせ容量はまだまだあるくせに。
「ねぇ、ほかに魔導書とかはなかったの?」
「ありませんでしたね。投げ売りの場所に置いてあったので。」
「他に興味を持ったものはないの?」
「いえ。特に。地理とかも今回持ってきた本などに殆ど書いてあるので。」
マジックバッグの中には私室の本棚から持ってきた本が大量に入っている。
…やっぱりマジックバッグって偉大ね。
「…物語とか興味ないの?」
「それを言うならば、あなたは未読の小説を読んでください。話はそれからでは?」
「………」
まだ数十冊ぐらい読んでいない本がある。
読んだものを読み返したりしてたらどれだけ時間がかかるんだろうか。
「とりあえず、買いましょうか。」
レティは、店主のところへ行き、魔導書と、大銅貨5枚を置く。
…魔導書って、基本金貨で取引されるようなもののはずなのだけれど…
あまりにも破格すぎるわね。
まぁ、能力に関してはピンキリだし、髪色を変えるだけじゃあまり用途が無いものね。それに、選べない上に戻す方法もないし。
もしくは、店主が魔導書に関して詳しくなかったとか、残り回数とかが少ないとか?
まぁ、一回…いえ、二回ぐらい使えれば問題ないし、いいかしら。
「買えました。では、商店街に向かうとしましょう。」
「そうね。でも、魔導書を先に使ってしまいたいわ。どうやるのかが気になるの。」
「では、心得のある私がやるので、この店を一度出ましょう。」
古本屋から出ると道には少しだけ人が行き交っていた。
…少し目立つかしら。
まぁ良いでしょう。今日の昼にはここを出るつもりなのだから。
「では、使いますね。」
レティシアが、魔導書を開くと口を開いて不思議な言語を読み始める。
「『▽▲□●◆ ❖◇■▲■◇ ■▲○▽▶』」
パァッと、周囲が明るくなったかと思うと視界に入り込んでいた金髪が、じんわりと白銀色になっていった。
…うん、良いわね。私の長めの髪に似合うわ。
この際、髪型を変えることも考えたけど、別にいいかもしれないわね。
「やっぱり魔導書を使えるって凄いよね。」
「いえ、魔道士教育を受ければ誰でも使えますよ。むしろ、魔導書を作る職人のほうが凄まじいですから。」
「…私は使えないから羨ましいの。」
「……ふっ。」
「勝ち誇ったような顔をしないで!」
だって王太子妃としての教育ばかりで他の職業に就く未来なんて無かったんだもの!
…というか、しれっと魔道士教育を受けているレティもレティでなかなかよね。
謎がまた一つ増えたわ…
「あぁ、レティもついでに変えておく?」
「いえ、大丈夫です。私に関してはバレてもなんとかなりますので。」
「その淡い紺色の髪はレティに似合っているものね。無理に変えさせるつもりはないわ。」
まぁ、隣国に入ってしまえばほとんど追跡の手はないでしょうし、これに関しては念のためってやつだし。
あとは、私に常に無関心だった両親と同じ金髪を続けるのも嫌だったっていうのもあるけど。
血統の髪色を変えるのは絶縁を意味する。だから、髪色を染めるっていう行為は浸透しず、ごく一部の床屋でしか取り扱っていない。
わざわざ魔導書を使ったのはこのためね。
「少し商店街に行くまでに無駄話をしすぎたかな?」
「いえ、今丁度9時ぐらいですし、特に問題もありませんよ。」
レティは、町の中央にある時計塔を見て言う。
どの街にもある時計塔。だが流石に村などにはないし、小型化した懐中時計も貴重品だ。
…私は持っているけれど。
街の人々は大抵あれを見て、ルーティンを暮らしている。
村の場合は日の高さや、街に近い場合は定期的になる鐘の音を聞いている。
「よし、じゃあそろそろ商店街に行こう。」
私はそう言い、商店街のある通りに向かって歩き始める。
この街の特産品だとか、とれたての野菜だとかが売ってると良いわね。
「そういえば、マジックバッグって中に食べ物入れておけば痛むの?」
「えぇ。入れたものに丁度いい環境にはなり、放置より1/3ぐらい痛むのは遅くなりますが、ちゃんと時間は中で経過しているので。」
「ふーん。」
時間が止まってたら便利なんだろうなぁ〜
流石にそれがあったら国宝級か。経年劣化する財宝とかは入れておけば実質永久的に保管できるし。
ゴーン、ゴーン。
9時になり、鐘がなる。
この音を聞いて人々は店を開いたり、中には目を覚ます人もいる。
常に時間を見て動いていた前とは違って、何の予定がこの後あるか確認したりする必要もない。
そんな事当たり前のようなことを、しみじみと感慨深く思っているうちに、商店街にたどり着いた。




