3 朝の散歩
「…美味しい。」
焼きたてのスコーン、ハムと野菜のサラダ、温かいコーンスープと牛乳。
周りにはまだ客はおらず、のどかな時間が流れている。
あぁ… 今後の職務のことで胃がキリキリしない朝食は久しぶりだわ…
「至福の時間だわ〜〜」
「大げさですね。」
大げさなんかじゃないわよ。時間とか、そんな事を何も考えずに旅をして、したいことをして。そんな事ができるようになる日が来るなんて過去の私に言ってもストレス性の幻聴だって思うでしょうね。
「そういえば、流石に今週中にはこの国を出たいわよね。」
「そうですね。指名手配されて衛兵に捕まったりでもしたらひとたまりもありませんから。その衛兵が。」
「あら、ダメよ暴力は。」
「えぇ。なので可哀想な衛兵が生まれる前にこの国を出ればいい話です。」
うーん、話が通じないわね。
この街は王都から一番近い都市で、2つ街を経由すると国境にたどり着くはず。
…一週間で間に合うかしら。そうなると街を迂回する必要が出てくるわね。
…まぁ、今考えてもしょうがないわ。
「これを食べ終わったら、市場や商店街を見に行きたいわ!」
「エルセ様のお好きなようにすればいいかと。」
「あなたの服も買いに行こうと思っているのだけれど。」
「いりません。」
「あら、流石にずっとメイド服では目立ってしまいますわ。」
変な人に目をつけられる前に、服装を変えたほうが良いと思うのよ。
あと、レティの好みとかも気になるし。
「ならば、エルセ様もその口調は変えればよいかと。」
「…そうね。……こんな感じでいい?」
「令嬢っぽさはなくなりましたね。」
「じゃあ、レティも私のことを呼び捨てにしたらどう?」
エルセ様とか言っていたら主従関係が分かってしまうじゃない。どこからバレるかわからないのだから、用心するに越したことはないわ。
あと、二人で気ままに旅をするというのに、そんな壁があったら勿体ないわ!
「……そうですね。エルセ。」
「話がわかるようでよかったわ。」
「エルセ、口調が戻っていますよ。」
「あっ」
…流石に慣れないといけないわね。この辺りは。
「ご馳走様でした。」
美味しかった〜
「午後にはこの街を出たいので、少し急ぎましょう。」
「わかった。」
まぁ、流石に王城は私がいなくて混乱してるだろうし、私を連れ戻そうとする人達もいるはず。
だから、見つかる前に隣国に行ってしまえば良い。流石に国外まで捜索を始めたら手が届かないし、相手国からも怪しまれる。
「……よし。」
「どうかしましたか?」
「いえ、さっきは『わ』を付けなかったわねって。」
「…今つけましたよ。」
「へっ!?」
…まだ慣れないわね…
まぁ、令嬢に戻るつもりもないし、このまま固定しようかしら。市井に下る感覚ってこんな感じだったのね。
カランカラン、と音を立てて外に出る。
「ありがとうございましたー。」
店員が最後に挨拶をする。今は、早朝の6時半ぐらいだからか客がいない。
…よくこの時間もオープンしているよね。
「基本的に市場や店が開くのは9時頃だから、それまで町並みをブラブラとみていようかしら。」
「そうですね。」
朝の新鮮な空気を独り占めできる感覚がしていいわね… なんだか、生を実感するわ。
あぁ、人生っていうのはこんなにも鮮やかだったのね。
住宅街を歩いていると、周りから少し浮いた造りの古本屋があり、もう開店している。
早起きな店主なのかしら。
「あら、まだ七時ぐらいなのに。少し寄ってみて、時間を潰してましょう。欲しい本があったら買いたいし。」
「そうですね。そういえば、まだ未読の本がマジックバッグの中に…」
「私は本を集めるのが大好きなの!」
だって、発掘物があるかもしれないじゃないの!
本辺りは、大抵お抱えの商人におすすめのものを見繕って買ってきてもらってから、大量の本から一冊を選ぶっていうのもなかなかしないことなのよね。
王城の図書館は面白みのない資料やデータばっかりなのよ。…政策を考えるために通ったりもしたけど。
「それに、私知っているのよ。あなたが私の本棚から少し気になるものを手にとって、夜寝る前に読んでいることを。」
「…失礼しました。」
別に怒っていないのに… というか、私がおすすめした本は大抵その日手に取って読んでくれていることも知っているのよ。
こういうところが可愛いのよね。レティは。
「では、二時間ほど時間を潰しましょうか。」
「そうしよっか。」
正直、レティがどんな本を気になるのか気になるのよね。案外、甘酸っぱい恋愛ものとかだったら尊死する可能性があるわ。
「別に護衛する必要もないし、それぞれ別行動しましょう。」
「わかりました。お気をつけて、エルセ。」
私は本の物色を始める。
…このへんは、ノンフィクションのものが多いようね。
この棚には…伝記か。お母様のよく語ってくれたアルディシア伝説を思い出すわね。
英雄である初めの王。今の王城の場所は、元々魔王城だったらしいわね。
…その末裔があれって…
「クスッ…」
とんだ恥さらしね。
傲慢で無知で、唐変木で木偶の坊。まぁ、9代目ともなれば血も薄く、殆ど残っていないのでしょうけれど。
あぁ、今頃私がいなくて焦っているのでしょうね。出来れば、近くでまじまじと見てやりたいわ。
『自分の失態で舐める苦渋の味は?』って。
そんな事を考えながらも、私は古本屋での本の物色を再開した。
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