09 特別協力者
「今日は、傷薬の調合を教わったのよ」
鶏肉の香草焼きを食べながら、楽しそうに話すのはナタリーだ。
ナタリーが本格的に魔法薬師の勉強を初めて一月半。かなり順調に進んでいるらしい。
手紙のやりとりはしていたが、こうして会うのは久しぶりだ。
王宮の食堂は、王宮で働く人だけではなく皆に開放されている。少し昼の時間を過ぎているせいか、空席も目立っていた。
ここのランチセットはデザートもついているので、女性に人気がある。エステルも大好きだ。
こうした食の楽しみを見つけることが出来たのも、アルディオンにきてからだ。
「とても楽しいわ。エステルのおかげよ。ありがとう」
「ううん。私もナタリーがとても喜んでくれて嬉しい」
デザート付きのランチセットを食べながら、二人の話は弾む。
「デザートのカスタードプティングです」
ちょうど食事が終わった頃合いを見計らって、一人の茶髪の少年がデザートを運んでくる。白い制服は料理人見習い用のものだ。
「あら、マルセルじゃない」
「ナタリー」
見つかってしまった、とでも言いたげな少年の顔に、ナタリーが頬を膨らませる。
「その態度、ちょっと失礼じゃない?」
「いえいえ。申し訳ありません。根が素直なもので……」
「知り合いなの?」
気安いやりとりをする二人が気になって、エステルはナタリーに尋ねた。
「そうね。幼なじみみたいなものかな」
マルセルは子爵家の三男で、料理人を目指して王都にやってきたのだという。貴族でも下位貴族のしかも三男と来れば、自立の道を探すしかない。
「で、マルセル。こちらはエステル。最近仲良くなった友人よ」
よろしくお願いします、とエステルは頭を下げる。ナタリーがさらっと友人と言ってくれたことがとても嬉しかった。
「それにしても、あなたが王宮で働いているなんて知らなかったわ。実はすごかったのね」
ナタリーはマルセルに向かってしみじみという。
エステルは知らなかったのだが、王宮の食堂は高位貴族や王族が利用することもあるので、腕が良ければスカウトされることもあるらしい。人気の職場なのだそう。
「そうだ。マルセル、時間ある?」
「まあ、もともと休憩に行く予定だったから大丈夫だけど」
「だったら、エステルに可能性を見てもらったら?」
急に水を向けられてエステルは目をぱちぱちさせた。マルセルも不思議そうな顔をしている。
ナタリーは得意そうにエステルの『慧眼』について説明をした。
「まあ、確かに興味はあるけど……」
「でしょ? エステル、いい?」
エステルは素直にうなずいた。
「じゃあ、お遊びなので、マルセルさんに何の可能性があるか見ますね」
じっとエステルは立ったままのマルセルを見つめる。可能性が思い浮かんできた。
「エステル。それでマルセルは何に向いているの? やっぱり料理人?」
「――騎士です」
「は?」
マルセルが信じられない、とでも言いたげに瞬きをした。ナタリーもそれは同じだったらしい。
「マルセルが騎士、ねえ。エステル。それ本当?」
「はい。マルセルさんは、火の魔法が得意だと。あと刃物の扱いに可能性を見ました。まあ、あくまで可能性ですから」
エステルは苦笑しながら答える。
「俺が、騎士。考えたこともなかったよ」
「あ。でも、料理に火の魔法を使ってるって言ったことなかったっけ? あと、刃物の扱いは包丁に通じるわよ。つまり、マルセル、あなたは騎士になれる才能を持ちつつ、それを料理に全振りしてたのよ!」
ナタリーが思いついたと言わんばかりに手を叩いた。
「はいはい。それでかまわないよ」
マルセルが呆れたように息を吐いた。
「それでマルセル、騎士になる気は?」
「ないよ。もちろん。可能性があったとしても、俺はそもそも騎士になりたいなんて思ったことがないんだから」
「それもそうね」
ナタリーがあっさり納得する。
結局、エステルはマルセルに得意料理の可能性を見て、その場は終わった。
ちなみに火力を生かせる肉のあぶり焼きが一番可能性がある、らしい。
マルセルが嬉しそうにしていたので、それでいいのだろう。
「ということがあったんです」
翌日。隊長室ですっかり定位置となってしまったソファに座りながら、エステルはヴィンセントに昨日の食堂でのやりとりを話した。
「へえ、騎士の才能がある料理人か。まあ、才能とやりたいことが必ずしも一致するわけじゃないからな。もったいない気もするけど。こればかりは人によるから仕方ない」
確かにその通りだな、とエステルは思う。
「いろいろ難しいものですね……。それで、ヴィンセント殿下。話というのはなんでしょうか?」
いつもの調子で雑談をしてしまったけれど、今日はヴィンセントに改めて話がある、と言われていたのだ。
そう。今日はわざわざヴィンセントに呼び出されて、隊長室に来たのだ。毎日のように顔を合わせているけれど、こうやって改めて声をかけられるのは珍しい。
「ああ。――エステルに、正式に騎士団の団員についての可能性を見てもらうことになった」
「え?」
エステルは紫色の目を見開く。
一応ヴィンセントの部下については、ヴィンセントから正式に許可を得た形で可能性を見ていた。でも他の騎士たちについては、こっそり見ている形だった。
それで十分だった。だって、ラグナリアでは直接お礼を言われるなんてことがまずなかったから。なのに。
驚きで固まっているエステルに対してヴィンセントが微笑みかけた。
「エステル、騎士団に君の力が認められたんだ」
「ほんとう、ですか?」
「ああ。実際に第五師団のメンバーやエステルが可能性を見た騎士たちの能力が上がっていて、上でも話題になっていたらしい。だったら、『特別協力者』という形で正式に頼んでしまおうという話になった。仮にも隣国の王女である君をただ働きさせるわけにもいかないし。もちろんこれは騎士団としての正式な依頼だから、仕事としてやってもらう形になる」
おそらくヴィンセントが裏でいろいろ動いてくれたのだろうと思う。でもたぶんヴィンセントはそれを言わない。
「エステル。頼めるだろうか?」
「もちろんです!」
エステルは即答した。
仕事として『祝福』を使う。今まで考えたこともなかったそれ。
(私の『慧眼』が役立つなんてとても嬉しい……!)
ラグナリアでは絶対実現できなかった。
「ありがとうございます。ヴィンセント殿下!」
今まで好きでやってきたことに対して、一つ名前がついた。
居場所が少し出来た気がする。
エステルは正式に騎士団の「特別協力者」となった。いろいろ条件も詰めて契約書も交わした。
団長や各師団長の下に挨拶に行き、団員たちに正式に紹介もされた。
(このままがんばれば、きっと居場所がつくれる!)
第一師団から順番に騎士たちの可能性を見ることになった。もちろん、今まで見ていた魔法騎士隊の騎
士たち、特に見習い騎士たちの相談に乗るのも続ける。
騎士団にいる時間が長くなったが「特別協力者」なのだから当たり前だろう。
エステルは精力的に団員たちの可能性を見て――二週間ほどが過ぎたある日。
「エステル。あまり無理はするなよ」
「大丈夫ですよ」
心配そうに顔を覗き込むヴィンセントにエステルはにっこり笑う。
今日は騎士団の第二師団の訓練場を訪れ、騎士たちの可能性をみたところだ。これから隊長室に戻るところ。このあと、見習い騎士たちのところへ行くつもりだ。
もちろん、第五師団の順番も回ってくるのだが、見習い騎士たちは少しでも早く成長したいだろう、と時間は短くなってしまうが見るのを続けることにしたのだ。
ヴィンセントが心配するのは、単純に今までとは一日に見る人数が多くなっているからだろう。
しかも初めて見る人間ばかりなので、それなりに神経を使う。
でも、泣き言は言っていられない。エステルの『慧眼』が期待されているのを肌で感じるから、なるべく一日に多くの人を見てあげたいのだ。
「ヴィンセント殿下こそ、ほとんど毎日付き合っていただいてますが、大丈夫なんですか?」
各師団の訓練場を訪れるエステルだが、ヴィンセントは必ず送り迎えをしてくれるのだ。
「騎士団っていってもいろいろな人間がいるからな。特に君みたいな若い女性はどう扱われるかわからない。一応俺は王子だし、後ろに俺がいるって示すだけでも大分違うんだよ」
確かにヴィンセントがいるだけで、それなりに場が引き締まるのがわかる。ある種の牽制にはなっているのだろう。
「心配してくださってるんですね。ありがとうございます」
「まあ、俺が君を引き込んだようなものだから」
「とんでもないです。私、嬉しいです。こうやって私の力が役立つなんて」
エステルはぐっと拳を握った。
そう。今まで考えられなかったことだ。
だから、もっと頑張りたい。もっともっと――。
――と気持ちばかりが逸っていたらしい。
数日後。
ぱちりと目を覚ましたときから、なんとなくだるい感じはしたのだ。でも、気のせいだと自分に言い聞かせる。
(今日から、第三師団の人を見るんだもの)
ラグナリアでは侍女などいなかったので、支度はある程度一人で出来る。持たされたドレスも、一人で着られるシンプルなものばかりだ。それでも、エステルが離宮で着ていたものに比べたらとても質のいいものばかりなのだけれど。
ちょうどグリーンのドレスに着替えたところで、ハンナがやってきた。
「おはようございます。エステル様」
「おはよう。ハンナ」
いつも通り挨拶をしたはずなのに、ハンナがまっすぐやってくる。その表情は怖いくらいに真剣だ。
「エステル様。今日は休まれた方がいいと思います」
ハンナがきっぱり言う。
「え。でも……」
「でもではありません! 申し上げておきますが、これは私の『祝福』関係無しに、今のエステル様のお姿を拝見したら、十人が十人そう言うと思います」
うっとエステルは言葉に詰まった。
「確かにちょっといつもよりぼーっとするかもしれな……」
そこまで言って、少し頭がくらっとする。
「とにかく、今日は休んでください。ヴィンセント殿下には私から伝えておきますから」
(まさかこのタイミングで体調を崩しちゃうなんて……)
せっかくこれからさらにみんなに役立てる日が来ると思っていたのに。
でも、確かに体調が悪いことも確かなのだ。
エステルは観念して、再び寝間着に着替えてベッドに戻ることにした。
(もっと、役に立たないと……)




