10 役に立たないといけない理由
「お前が『慧眼』を持つ王女か」
騎士の制服を着た金髪の少年――ダリオは見下したような目でエステルのことを見つめる。
「お前は、その力を役立てたい、と」
「はい」
素直にうなずいてしまったのは、今までエステルの『祝福』についてまともに取り合ってくれる人がいなかったから。
魔法騎士たちの訓練を見て、いくら可能性をみても、誰もエステルの話をまともに聞いてはくれない。
それでも『祝福』を生かすことを諦めきれずにいろいろなところへ通った。
でも、エステルはいない者として扱われる。追い出されないだけマシなのだろう。
そんなエステルに初めてまともに声をかけてくれたのがダリオだ。
ダリオは顎に手を当ててしばらく考え込む。使えるな、と小さくつぶやいた。
「よし。お前の力、俺が代わりに役立ててやるよ」
――それでもよかった。だってエステルのは『無能』なのだから。
はっと目を覚ます。どうやら眠っていたらしい。
ラグナリア時代の夢を見てしまった。あれはたぶん七年ほど前の話だろうか。
ダリオに力を貸すことになったときの夢だ。
(頑張らなくちゃ、なのに……)
昨日結局休むと決めてベッドに入ったあと、熱が出た。
一応王宮の医師にも見てもらって、風邪だろう、とのこと。苦い薬を処方してもらったけれど、一晩では下がらず、今日も休むことになってしまった。
薬を飲むためにも食事をしてまたベッドに入って――少し眠ってしまったようだ。
時計を見ると、夕方近い。
まだ若干ぼんやりするが、昨日よりはだいぶマシだ。
(明日には治ってくれるかなあ)
早く復帰して、一人でも多くの人の可能性を見たい。熱を出してしまった自分がもどかしい。
「エステル様」
昨日からずっと看病してくれているハンナが声をかけてくる。
「何?」
横たわった姿勢のままエステルが尋ねると、ハンナが言った。
「その、ヴィンセント殿下がお見舞いにいらしています。通してもよろしいでしょうか?」
「え、あ、うん」
熱っぽくてよく回らない頭でエステルは思わずうなずいてしまった。
(ヴィンセント殿下がお見舞い……って、ヴィンセント殿下?)
一気に頭の中がクリアになる。
(こんな状態を見られるの? えっと、えっと)
ちょっと答えを早まってしまったかもしれない。
エステルは近くにガウンがあったことに気づきそれをいそいそと羽織った。
「失礼する」
ヴィンセントの聞き心地の良い声とともに、彼が部屋に入ってくる。
(ギリギリセーフ!)
ガウン姿も恥ずかしいが、寝間着だけよりはだいぶマシだ。枕を背中のクッションにするような形で座った状態で迎えることができた。
「起きていたんだな。エステル。調子はどうだ?」
ヴィンセントは、ベッドの隣にある椅子に腰掛ける。
「はい。昨日よりは大分マシです」
「だが、まだ顔色がないな」
ヴィンセントが痛ましそうに顔を歪める。
「起き上がれるくらいには元気ですよ? 昨日はそれすらも無理でしたから。――その、大丈夫ですか?」
かなり省略しすぎだったけれど、ヴィンセントには通じていたらしい。
「ああ。特別協力員の話か。きちんと第三師団には連絡済だ。予定は仕切り直し。皆、エステルの回復を願っていたよ」
「なんだかお待たせして申し訳ないです……」
「気にするな。今は君の回復が一番大事だ。エステルだって、万全の状態で力を使いたいだろう」
「それはそうですが」
「だから、気にしないでしっかり休め」
「でも」
せっかく『慧眼』を受け入れてくれる場所を見つけたのに。
まだ言い募ろうとすると、ヴィンセントの空色の瞳がすっと細められた。
「エステル。君は、何故、どこまで必死に『慧眼』を使おうとするんだ? 今までも感じたことはあったが、特別協力員になってからは、より顕著になっている。教えてくれ。何故、そこまで無理をする?」
(ヴィンセント殿下は、私が必死なことに気づいていたんだ……)
確かによく無理をするな、とは言われていたけれど。
「それ、は……」
ヴィンセントの問いにエステルは答えられない。
「もしかして、君が魔法系の『祝福』を持たなかったことに関係するのか?」
エステルはきゅっと息を呑んだ。肯定したようなものだろう。
彼の空色の瞳は、話をそらすことは許さないとばかりに、じっとエステルを見据えている。
エステルは観念することにした。
「――その通りです」
それから、ぽつぽつとラグナリアの話をする。
ラグナリアの王族・貴族の間では魔法系の『祝福』を持たない人間は『無能』と言われること。
魔法系の『祝福』を持たなかったエステルは、『祝福』が判明した時点で離宮に追いやられたこと。
ラグナリアでは、知り合いの公爵子息ダリオの名を借りて、『慧眼』の結果を伝えていたこと。
たどたどしく話していくと、どんどんヴィンセントの顔が険しくなっていく。思わず話の途中でエステルはヴィンセントに尋ねてしまった。
「ヴィンセント、殿下? 何か私、不快なことでも話しましたか」
「いや、失礼。エステルについてじゃない。うっすら聞いていた話だし、他国のことをとやかく言いたくはないが、改めて君の口から聞くと、控えめに言って最低だなと思っただけだ。とくにダリオとかいう公爵令息は最低中の最低だな。君を体よく利用していただけじゃないか」
ヴィンセントはしわが寄っていた自分の眉間を撫でる。
「悪い。話を続けてくれ」
「は、はい」
エステルは、国外追放同然にアルディオン行きが決まったことを続ける。
「だから、魔法系の『祝福』じゃなくても歓迎してもらえるアルディオンで、私の居場所を作りたいと思ったんです。だから、私は自分の価値を示すために……」
「――すでにもう、エステル、君の居場所はある。そしてそれは、君が『祝福』を使わなくても保証されている」
「え?」
ヴィンセントの言葉にエステルは驚いた。
「そもそも君は、ラグナリアとの友好の証でこちらにきた。だから、この国に来ただけで、君は十分役目を果たしているんだよ」
「でも私は魔法騎士団のノウハウなんて何もなくて……」
「あー。確かにラグナリアの魔法騎士団は大陸最強とも言われている。我が国の魔法騎士たちにも指導を……と夢見ていた人間はいたな。でも、そんな人間、今は誰もいない」
「どうしてですか?」
「エステル。君の『慧眼』があるからだ」
ヴィンセントのまっすぐな言葉にエステルは小さく息を呑んだ。
「むしろ、魔法騎士に特化したノウハウよりも、君の『慧眼』は騎士団全体、いや、内容を問わないんだから、やろうと思えばみんなの底上げになる。そうだろう?」
エステルは紫色の目を大きく見開く。
居場所を作るのが必死で、そんなこと、考えたこともなかった。
「ラグナリアでは魔法以外の『祝福』は価値がないのかもしれない。でも、この国は違う。君の『祝福』を正当に評価する。君の『慧眼』は素晴らしい『祝福』だと思う。ラグナリアでその価値に気づいたのが、最低な公爵令息一人だというのが腹立たしいが……、君の力の真の価値を知らずにアルディオンによこしてくれたことは、我が国にとって僥倖だ」
ヴィンセントが『慧眼』をそこまで評価してくれていたなんて。
「それに、たとえ君の『祝福』がなくたって、この国に居場所はある。安心していい」
「本当、ですか?」
「ああ。なんなら俺が作る」
ヴィンセントが力強く断言した。
聞けば、ラグナリアで魔法系の『祝福』を持たない人々が、アルディオンで重宝されているケースはいくらでもあるらしい。
「だから、無理はしなくていい。わかったか?」
ここまで言われてしまったら、エステルはこくりとうなずくしかない。
「わかりました」
「よし」
ヴィンセントは満足げにうなずいた。そしてそのまま立ち上がる。
「じゃあ、エステル。俺は戻るよ。くれぐれも全快するまでは騎士団にこないように。ハンナにもよくいい聞かせておくから」
「はい」
「じゃあ、ゆっくり休め」
そう微笑んで、ヴィンセントは部屋を出て行った。
エステルはただただぼんやりとその後ろ姿を見つめるしかできない。
(この国に来ただけで、十分役目を果たしている……)
小さくヴィンセントの言葉を反芻する。
無理をしなくとも、居場所はヴィンセントが作ってくれる、と言った。
(とても嬉しかった)
心配してくれる彼のために、今エステルができることは、体調を万全にすることだ。
エステルはガウンを脱ぐと、再びベッドに横たわった。
『使えないお前の能力を、俺が使ってやっているんだ。感謝しろ』
実際に投げつけられたダリオの言葉。
でも違っていたんだ。『慧眼』は素晴らしい『祝福』だったんだ。
(私は、ヴィンセント殿下の言ってくれたことを信じる)
彼がエステルのことを大切にしてくれていることは伝わってくるから。
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