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11 取り戻すために

 第一王女エステルが体の良い人質として隣国へ行って五ヶ月ほどが過ぎた。


「最近どうしたのかな。君は」


 銀色の髪に紫色の瞳の冷たい美貌を持った青年が、こちらに冷ややかな視線を送る。王太子レオナルドだ。

 ダリオ・グランヴィルは背筋に冷たい物が流れるのを感じていた。

 二十歳のダリオと一つしか年は変わらないのに、机に座ったままこちらを見据える姿には、すでに威厳がある。


 ラグナリア王国の王太子の執務室。

 王太子レオナルドより、ダリオは直々に呼び出しを受けた。

 なんとなく、予感はしていたのだ。


「ダリオ・グランヴィル公爵令息。君は魔法騎士団の騎士たちに的確な助言をし、若くして隊長に任命された。君の助言を受けたものは、確実に力を伸ばしていた。君の助言で、今の十代の騎士たちは著しく力が劣る者がいない。――だが、最近はどうだ?」


 レオナルドより鋭い視線が送られる。

 ダリオは何も言えなかった。言いたいことはわかる。

 例年の新人に比べて、今年の新人は能力ののびが遅い。いや、おそらくこれが普通なのだろう。


「このままでは、君が何のために隊長に任命されたかわからない」


 レオナルドの声はあくまで淡々としている。だからこそ恐ろしかった。

 魔法騎士団の隊長はどんなに魔法に優れていても、二十代後半で任命されるのが普通だ。それくらい人材が渋滞している。

 にもかかわらず、ダリオが十九歳という最年少で隊長に任命されたのは、実家の威光も多少はあるかもしれないが、それ以上に「隊員たちの力を伸ばした」という功績が大きかった。


(誰のせいだと思っている……!)


 ダリオは内心目の前の王太子に毒づく。

 確かに全部ダリオの名前で指導をしていたが、それはすべてエステルの『慧眼』の力だ。

 エステルの言う通りに騎士に伝えてやれば、騎士の力は面白いくらいに伸びた。

 どうせこの国では『無能』と呼ばれる王女だ。嫁ぎ先もない。ダリオが余すことなく、彼女の力を使ってやろうと思っていた。

 そうすれば、きっとダリオは稀代の名指導者としてラグナリアの騎士団に名を残すことができただろう。


 だが、エステルがアルディオンにいくことになって、すべて駄目になってしまった。

 エステルを追放同然にアルディオンへと追いやったのは、レオナルドだったと聞く。

 せめて、相談してくれればよかった。そうしたらダリオは全力で止めただろう。

 エステルがいなくなったあと、ダリオはエステルのノートを見ながらそれっぽい助言を続けた。

 しかし――ダリオには当然『慧眼』の力はない。違いは明らかだった。能力は伸びない。

 最近、周囲のダリオを見る目が冷たい。今までは相談されたらエステルにまかせれば数日後には助言ができていた。なのに。


『最近、ダリオ隊長、おかしくないか?』

『あんなに急にだめになるものか?』


 周囲の騎士たちの視線も突き刺さっていて、針のむしろだ。


「とにかく、この状態がいつまでも続くようなら、こちらも考えがある」


 王太子は魔法騎士団の名誉総帥という立場だ。人事権にもある程度口は出せる。

 ダリオは胸が冷たくなった。それはつまり隊長職を追われるということか。


「いえ。たまたま最近調子が悪いだけです」

「ならいいがな」


 レオナルドは顔色一つ変えずに言う。


「期待しているぞ。ダリオ」


 ダリオは深々と頭を下げて、王太子の執務室を出た。





(くそっ。どうすればいいんだ!)


 ダリオは王宮の廊下を歩きながら必死に考える。

 隊長職を剥奪されることだけはさけなくてはいけない。ここから順調に騎士団長にステップアップするつもりだったのだ。


 グランヴィル公爵家に生まれたとは言え次男であるダリオは公爵家は継げない。公爵家で持っている子爵位はもらえるかもしれないが、ダリオはそれでは満足しなかった。

 騎士団最速で出世をしたら、きっと父も跡継ぎはダリオがいいと言うだろう。

 その出世のために必要だったエステルという駒をダリオは失ってしまった。


(くそ。あの無能さえいれば……)


 無能なりに使える『祝福』だった。それに気づかない周囲を馬鹿だとも思っていた。


(そうだ……)


 ダリオは思わず立ち止まった。


(あの無能を取り戻せばいいんだ……!)


 エステルの力さえあれば、再びダリオは周囲に尊敬されるようになる。

 人質の姫だ。どうせアルディオンでエステルはたいしたことも出来ていないはず。

 だったら、もっと有用な何かと引き換えにエステルを連れ戻せばいい。

 エステルだって、アルディオンで飼い殺しにされるよりも、ダリオを通して少しでも力を使えた方が幸せだろう。そうに決まっている。


(そして、エステルを正妻として迎える)


 そうすれば、もう誰にも邪魔されずにエステルの力を利用することができる。

 王家だって、公爵令息に無能王女を嫁がせることができるのだから、文句は言わないはず。


(無能の血が混じらないように、子供は下級貴族に愛人でも作って産ませればいい)


 正妻という形だけの立場を与えられるだけでも、エステルは感謝するだろう。あれはそういう人間だ。

 ダリオの目の前にぱあっと道が開けてきた。

 善は急げ。まずはアルディオンに向かう口実が必要だ。


読んでいただきありがとうございます。

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