12 守りたいひと
第三師団の訓練場で、エステルが騎士たちに囲まれている。
エステルはにこやかに騎士たちに対応していた。エステルが特別協力者になってから、よく見る光景だ。
エステルを迎えに来たヴィンセントはその光景が微笑ましいと思うと同時に、胸がもやっとするのを感じる。
――エステルの良さは自分だけが知っていたのに。
エステルの『慧眼』は好意を持って騎士団に受け入れられた。
彼女が特別協力者になって二月ほど。
半信半疑の者ももちろんいるが、強制はしていないし、他の者におくれを取りたくないので話だけでも聞いてくる者がほとんどだ。
エステルの見た可能性を生かすか殺すかは、本人次第。それでいいと思っている。
けれど……。
エステルが若く綺麗な王女だということもあるのだろう。高位の令嬢にありがちな高慢さもない。そのせいか、彼女を囲む騎士たちが鼻の下を伸ばしているようにも見える。
はあ、とヴィンセントは小さくため息をつくと、エステルの名前を呼んだ。
「ヴィンセント様!」
エステルの表情がぱあっと明るくなる。その彼女の様子に、ヴィンセントの抱えていたもやもやが晴れていく。
他の騎士と二言三言会話を交わして、丁寧に頭を下げると、エステルがこちらにやってきた。
「お待たせしましたか。すみません」
「気にしなくていい。――あまり無理はしていないか?」
少し前、彼女が倒れたのは記憶に新しい。風邪だと診断されたようだが、力を使い過ぎたことも大きいとヴィンセントは確信している。
「はい。大丈夫ですよ」
アルディオンに来て以降、エステルは『慧眼』を役立てたいとずっと行動していた。
アルディオンとしてはありがたいことだったし、彼女のやりたいことならば、とヴィンセントは協力していたが、何故そこまで必死なのだろう、とも思っていた。
(――予想以上に、ラグナリアは『魔法』系の祝福以外への当たりが強かった)
以前から、ラグナリアからはたまに優秀な人材がやってくるという噂は聞いていた。彼らは魔法以外の『祝福』を持った者で、祖国では生きにくいと言っていたらしい。
同盟の証として王女を送る。それはラグナリアからの申し出だった。特に拒む理由もなかったし、こちらも優秀な騎士を何人かラグナリアへ派遣していたので、受け入れることになったのだけれど。
(要するに、ラグナリアは魔法の『祝福』を持たない王女を体よく追い出したかっただけなんだな)
本当に腹立たしい。
『祝福』に優劣はない。それがアルディオンの考え方だ。
(まあ、そのおかげで、エステルに助けてもらうことができているわけだが)
卑屈になっていたヴィンセントに道を拓いてくれた少女。
何者かと必死になって調べて正体を知ったとき、どんなに嬉しかったことか。
けれど、エステルは『病弱』となっていて、あまり表舞台に出てくることはなかった。
あのときの少女は決して『病弱』には見えなかったけれど、たまたま元気が良かったときだ、という可能性もある。
そのまま受け取っていた自分は大馬鹿だった。
いつか再会することができたら、なんてのんきなことを考えていてはいけなかったのだ。
「ヴィンセント殿下?」
「すまない。少し考え事をしていた」
「殿下もお仕事大変なんじゃないですか? やっぱりわざわざこうして……」
送り迎えに来なくてもいい。そう言いたいのだろう。
エステルがヴィンセントを気遣ってそう申し出てくれているのはわかる。
「それは断る。前にも言っただろう?」
「後ろ盾、ですか?」
「ああ。それに、俺がそうしたいんだ。きちんと仕事だって都合はつけている。だから、君は気にするな」
そのために周囲から生温かい目で見られてはいるが、まあ、それは仕方がない。
正直なことを言ってしまえば、ヴィンセントの信頼できる部下に送り迎えを任せることもできる。
けれど、ヴィンセント自身が、エステルの隣を歩く権利を誰にも渡したくないのだ。
「……本当に無理はしないでくださいね」
エステルがこちらを気遣わしげな表情で覗き込んでくる。
(可愛いな……)
少し距離を詰めたくなる衝動に必死に耐える。今はまだこのときではない。
だからヴィンセントは微笑む。
「ああ。もちろん。約束するよ」
このまま穏やかに時間が過ぎてくれればいい。
できれば、彼女の傷が癒えるまで。
そう思っていたのに。
数日後。
「ラグナリアから魔法騎士がくる、ですか?」
隊長室。いつものようにソファにちょこんと座ったエステルが、ヴィンセントの言葉にあからさまに顔をこわばらせた。
ヴィンセントは重々しくうなずく。
「ああ。昨日、ラグナリアから正式に書簡が来た。ラグナリアの魔法騎士をアルディオンに派遣する、と」
朝からこのことを告げるのが憂鬱だった。だからこそ、エステルには騎士団での仕事が終わってから告げることにしたのだが。
彼女のこんな表情を見るのは初めてだった。胸が痛む。けれど、これからヴィンセントが言うことはもっと彼女を警戒させるだろう。
「そして、ラグナリアに来る騎士の名前は、ダリオ・グランヴィル」
エステルが小さく息を呑んだ。
ダリオ。エステルの力を搾取していた公爵令息。
おそらくエステルは心穏やかではいられないだろう。だから余計なお世話とも思いつつも、提案してしまう。
「エステル。彼が来ている間、騎士団には来ないという手も使える」
「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です」
「だが……」
エステルは笑顔を作った。無理矢理作ったようなその笑顔がどこか痛々しい。
「それに、ラグナリアの王女である私がこちらにきていることは、向こうも知っています。あからさまに避けるわけにはいかないでしょう」
ヴィンセントは歯がみしたい気持ちになる。ただ、彼女ならこの選択をするとも思っていた。
「わかった。君の意志は尊重する。だが、もし何か困ったことがあったら、いつでも相談してほしい」
「はい。ありがとうございます」
ヴィンセントの言葉にエステルがほんの少し笑みをやわらげた。
エステルが去った部屋で、ヴィンセントは机に向かって一人ため息をつく。
ラグナリアから魔法騎士がやってくる。しかも、エステルの因縁の相手が代表として。
(これは偶然なのか?)
今までこちらが要請してもラグナリア側は指導目的での魔法騎士の派遣を拒んでいた。
いくら同盟国とはいえ、手の内を明かすわけにはいかない、と。その主張自体は正当なものだと思う。だからこちらも何も言わず、少しでも何かを持ってきてくれれば、と優秀な魔法騎士を選抜して送り込んだ。
なのに。
エステルがアルディオンに来て五ヶ月ほど。
ダリオという公爵令息が、エステルの力を利用していたのなら、そろそろぼろが出てくる頃合いだろう。
もしかしたら、彼女を取り戻しにきたのかもしれない。
(絶対に、そうはさせない)
仮にエステルが自ら祖国に帰りたいというのならば別だ。でも、その可能性はほぼないだろう。
必死にアルディオンに居場所を作ろうとしていたくらいなのだから。
(エステルは俺が守る)
ただ彼女を搾取することだけを考える相手には、絶対に渡さない。




