13 ダリオの狙い
ヴィンセントと共にエステルが第五師団の訓練場に行くと、一人の金髪の青年が騎士たちに囲まれていた。
茶色や黒の髪の毛の人間が多い中、彼の金色の髪は非常に目立つ。一人、紫を基調とした騎士服に身を包んでいるから余計に。
「じゃあ、少し離れていてもらえるか」
金髪の青年――ダリオは周囲の騎士に声をかける。彼らが十分離れたのを確認すると、小さく呪文を唱えた。
ダリオの目の前に大きな水の球がふよふよと宙に現れる。おおうという歓声が上がった。
今日、正式に騎士団員に紹介されたばかりのダリオは、騎士たちに大人気らしい。
あそこまで大きな水の球を出すにはかなりの技量が必要だ。ダリオは『中級魔法』の『祝福』もちだが、水とは相性がいいらしく、かなり難易度の高い魔法も扱える。その可能性を見抜いたのも、彼と出会ったばかり頃のエステルだった。
「朝、団員に紹介されてから、ずっとあんな感じで人に囲まれている。ラグナリアの魔法騎士団は特に魔法騎士にとっては憧れだからな」
ヴィンセントがダリオに視線を向けながら言う。エステルはそれを黙って聞きながら自分を叱咤する。
(大丈夫。ここはラグナリアじゃない。アルディオンよ)
正直なところ、ダリオが何故アルディオンに来たのか。その理由がわからなくて怖い。ただ単に友好を深めに来ただけならばよいのだけれど。
「……エステル。大丈夫か?」
ヴィンセントが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「大丈夫です」
エステルは笑みを作った。
ダリオがいたとしても役目は休まない。そう決めたのは他でもない自分だ。
「彼がいるところでは、なるべく俺も一緒にいるようにするから」
「ありがとうございます」
いつもなら申し訳ないと思ってしまうけれど、今はヴィンセントのその申し出がありがたい。
「あ。エステル殿下!」
エステルの姿をみとめた騎士から、名前が呼ばれる。
耳聡くその声に気づいたのだろう。ダリオがすっと宙にうかんだ球を消した。
周囲の騎士に声をかけると、ダリオが微笑みを浮かべながらこちらにやってきた。
「エステル殿下。久しぶりですね」
にっこりと微笑みながらダリオがエステルの前に立つ。いかにも爽やかな好青年といった風情だ。
(殿下、だなんて初めて呼ばれたわ)
「お久しぶりです。グランヴィル公爵令息。まさか、あなたがこちらにくるとは思いませんでした」
エステルはなるべく平静を装う。声が震えそうになった。
「エステル殿下が大変だと思い、私が参ることになりました。本当にアルディオンが求めているものを汲むためですね」
ダリオの口ぶりは穏やかだが、遠回しにエステルがアルディオンにいても役に立つわけがない、と言っている。
エステルはにっこりと微笑みを崩さないにとどめた。今はダリオが何のために来たのかを知るのが一番だ。
「それで、エステル殿下は何故ここに? ここは騎士団ですが」
「……騎士団にお世話になっているんです」
ダリオが眉をひそめた。
「ああ。グランヴィル殿には言っていなかったな。エステル殿下には騎士団の特別協力者として頑張ってもらっている」
隣に立っていたヴィンセントがエステルの肩をぽんと叩きながら言う。殿下をつけたのは、ダリオを意識してのことだろう。
ダリオは一瞬虚を突かれたようだった。
「そうですか。エステル殿下が?」
「そうだ。彼女の『祝福』はすばらしいからな。知らなかったのか?」
ヴィンセントもダリオも笑顔を浮かべているが、どことなく雰囲気がぴりっとしている。
「そうなんですね」
ダリオがエステルに視線を向ける。ぞわっとしたがエステルは耐えた。
「はい。私の力が役立てられて嬉しいです」
「そういうことだ。エステル。そろそろみんなが待ちくたびれているんじゃないか?」
「そうですね。では。グランヴィル公爵令息。また」
エステルは小さく頭を下げて、騎士たちの元へ向かうことにする。
ダリオは何も言わなかったし、追いかけてくることもなかった。けれど、それが不気味だった。
ダリオは一月ほどの予定でアルディオンに滞在するらしい。
一週間が経過したが、ダリオは騎士たちに惜しみなく自分の知識を与えているということで、非常に評判がいい。
それはよいのだけれど。
(最近、明らかにみんなから声をかけられることが少なくなった気がする……)
午後。特別協力者としての仕事が終わったエステルは、いつも通り見習い騎士たちのいる第五師団の訓練場へ行く。
いつもだったら、誰かしら声をかけてくれるはずなのに。
囲まれているのはダリオだ。笑いながら見習い騎士たちにいろいろ教えている。
やはり、見習い魔法騎士たちにとって、ラグナリアの魔法騎士は憧れなのだろう。直々に指導してもらえる機会を逃したくない。彼らからはそのような熱すら感じる。
「どうした。エステル?」
隣にいたヴィンセントが声をかけてくる。彼はエステルがダリオを二人きりにならないようにこうして付き合ってくれる。
「いえ。なんでもありません。邪魔するのも悪いですから、今日は帰ろうと思います」
ヴィンセントは、ダリオを囲む見習い騎士たちの方を何かを言いたげに見た。
「……」
「じゃあ、私は帰りますね」
エステルは小さくヴィンセントに頭を下げる。しばらく、ダリオが戻るまで、無理して見習い騎士たち
の話を聞きにいく必要はないのかもしれない。
見習い騎士たちの可能性を見ていたのは、特別協力者としての仕事ではない。
結局は、エステルの自己満足だったのだから。彼らにだって選ぶ自由がある。
(大丈夫。私には特別協力者の仕事がある)
もやもやとした気持ちを抱えながら、エステルは訓練場をあとにした。
数日後。
「エステル殿下。こんなところにいらしたのですね。ずっと探していたんですよ」
騎士団の敷地内でダリオから声をかけられて、エステルはびくりと震えた。
(よりによって、ヴィンセント殿下がいないときに……!)
今日は公務の都合でどうしてもヴィンセントの都合がつかなかったのだ。一応部下である顔見知りの騎士をつけてくれたのだけれど。
「グランヴィル公爵令息」
「話したいことがあるんです」
ダリオは穏やかな好青年そのものだ。
ちょうど特別協力者の仕事は終わったばかり。きっとダリオはそれも把握しているのだろう。そんな気がする。
(どうしたら)
にこやかな好青年の姿。それが彼の外面であることはエステルもよく知っている。
騎士がエステルをかばうように少し前にでた。ダリオがかすかに顔をしかめる。
「エステル殿下と少し二人きりで話をしたいのですが、いいですか?」
「いえ。申し訳ありませんが隊長に申しつけられておりますので」
騎士が丁寧に答えると、ダリオはエステルに矛先を替えた。
「エステル殿下。よろしいですよね?」
穏やかに圧をかけてくる。このまま騎士とともに去ることもできる。
でも。
――このままでいいのだろうか。
ダリオの狙いを知るべきではないだろうか。
(ずっと逃げてばかりはいられないわ)
エステルは腹をくくった。避けてばかりではどうにもならない。だったら早く終わらせた方がいい。ぎゅっと拳を握る。
「ありがとう。戻っていただいて大丈夫です。ヴィンセント殿下には私からも口添えしますから」
エステルは付き添ってくれた騎士に礼を言う。騎士は何かを言いたげにしたが、エステルの視線の強さに気づいたのか一礼すると去って行った。
二人きりで取り残される。
「それで、話とはなんですか。グランヴィル公爵令息」
「ここでは立ち話もなんですから、少し離れたところへ行きましょう」
確かにここは訓練場と詰所を結ぶ道で、人通りもそこそこある。
エステルとしては、誰かの目がある方がありがたかったけれど、ダリオがその主張を受け入れてくれるとは思わない。こくりとうなずいた。
ダリオは迷いなく進んでいく。人目があまりない場所――建物の裏手でようやく立ち止まる。
「ずいぶん、アルディオンではいい目を見せてもらっているみたいだな」
人の目がないからだろう。じろじろとエステルを見ながらダリオが聞き慣れた口調で言った。
確かにラグナリアにいたときは、髪や肌の手入れも最低限、着ているドレスもボロボロだった。
だが、アルディオンでまともな食生活になり、また侍女のハンナが手入れをしてくれることもあり、見違えるようになっている。
「まあこれなら」
ダリオはエステルを見ながらブツブツと呟いている。
エステルは萎縮しそうな自分を叱咤して、ダリオに問いかけた。
「その、話とは何でしょうか?」
ああ。とダリオはにやりと笑った。
「お前と結婚してやろう」




