08 可能性
ナタリーに何を言ってあげれば良かったんだろう。
一晩ぐるぐる考えたけれど、答えは出なかった。
だって、その場しのぎの嘘は絶対良くない。
でも、だからといって期待していたナタリーに対して、そのまま事実を告げる必要はなかったんじゃないか。
悩んでいたのが顔に出ていたらしい。
「エステル様。大丈夫ですか?」
朝。ハンナがエステルの髪を結いながら尋ねてくる。
「うん。ありがとう。ハンナ」
エステルは力なく答えた。ハンナは何かを言いたげだったけれど、結局何も言わなかった。
なんとなく今日は『祝福』を使う気持ちになれなかった。
エステルは悩んだ末図書館に行くことにする。ヴィンセントのことが頭によぎったけれど、毎日行くと約束したわけではない。
一応ハンナにちょっと読みたい本が出来たから図書室にいきます、と言付けしてもらうことにした。
ずらりと並ぶ本を見て、冒険記を手に取る。この図書室で出会って好きになった作家の本だ。
ラグナリアもアルディオンも大陸共通語を使っているので、読み書きに困ることはない。
ゆっくりとページをめくるけれど、あまり集中できない。
やはり昨日のことが頭によぎってしまう。
(可能性を見るのが、私の『祝福』なのに)
図書館の日当たりのいい席でぼんやりしていると、後ろから声がかけられた。
「エステル」
「ヴィンセント殿下!」
驚いたエステルは思わず大きな声を出してしまい、慌てて口元を押さえる。
あまり人がいなくて幸いだった。
「どうしたんですか?」
空いていた隣の席に座るヴィンセントに、エステルはそっと小声で尋ねる。
「いや、ちょっと気になって。君が騎士団にこないのは珍しいから」
ヴィンセントがほんの少し顔を寄せてそっと囁いた。
「何か、あったのか?」
エステルは思わずヴィンセントの空色の瞳を見つめてしまう。
エステルがためらっていると、ヴィンセントが続けた。
「話せば、整理できることもある」
(確かに、殿下の言う通りかもしれない)
「少し、話を聞いてもらえますか?」
さすがに図書館で話し込むわけにはいかないので、エステルとヴィンセントは図書館を出ることにする。
本は棚に戻すことにした。今度調子がいいときに最初から読もう。
ヴィンセントが選んだのは、図書館近くにあるベンチだった。ちょうどあまり人通りのない場所にある。
エステルは、昨日のナタリーのことをヴィンセントに話した。
彼女が治癒魔法を望んだけれど、その可能性が見えなかったこと。それで彼女を傷つけてしまったこと。
そのことがずっとひっかかっていて、ぐるぐる考えてしまうこと。
「今まで、私、相手が望む答えを出せていたんです」
「まあ、確かに魔法騎士に対して、より強い魔法騎士になるためのアドバイスだったからな。そもそも魔法騎士隊に配属される時点で、それなりに可能性があるわけだし」
ヴィンセントの言葉に、こくりとエステルはうなずく。
それに比べて、ナタリーの求める可能性はとても狭かった。治癒魔法限定だった。
(魔法騎士の可能性。魔法騎士隊の入隊試験をクリアしているくらいだから、最低限の基礎は備えていることが前提だった)
エステルは考える。
炎魔法が駄目でも、風魔法が得意な人がいた。そう言ったら彼は受け入れてくれた。
だって、強みが違うかもしれないけれど、魔法騎士なことには変わらないから。
彼がたまたま炎魔法にこだわりがない人間だった、というのもあるかもしれない。でも。
(そうだ。どうしてクラーク伯爵令嬢は治癒魔法を使いたかったんだろう)
ナタリーが治癒魔法にこだわる理由。それがわかれば、何か別の可能性を見ることができるかもしれない。
治癒魔法と同等というわけにはいかなくても、別の何かが。
そのことに気づいたら、いても立ってもいられなくなった。
「ヴィンセント殿下!」
エステルは隣に座るヴィンセントの方をがばっと向く。ヴィンセントが驚いて目を丸くする。
「エステル。どうした?」
「クラーク伯爵令嬢に会うことは出来ますか?」
二日後。騎士団の会議室。以前と同じ場所で、エステルは再びナタリーと向き合った。
「一体なんですか? 私に治癒魔法の可能性はないんですよね」
ヴィンセントを通して呼び出してもらったナタリーは、少しふてくされたような顔をしている。
これから考えていることをエステルはきちんと説明しなくてはならない。
「はい。確かにあなたに治癒魔法の可能性はありませんでした。これを曲げるわけにはいきません」
「だったら」
「でも」
何かを言いかけたナタリーを遮るようにエステルは言う。
「――治癒魔法に変わる可能性を見ることはできるかもしれません。クラーク伯爵令嬢。あなたはどうして治癒魔法を使いたいと思ったんですか?」
治癒魔法じゃないと絶対無理な理由があった場合は諦めるしかない。でも。
「もっと間口を広げれば、別の可能性が見えるかもしれません」
エステルはそう続ける。
「……」
じっとエステルはナタリーの顔を見つめた。
「……それ、は」
エステルは辛抱強く、ナタリーが次の言葉を続けるのを待った。
「私、昔、大けがをして、治癒魔法に救われたことがあったんです」
ナタリーはぽつぽつと語る。
「きっと、治癒魔法がなかったら、私の足には大きな傷が残っていたと思います。貴族令嬢に大きな傷は嫌われます。私は治癒魔法に未来を救われた。だから私も、あのとき私を助けてくれた治癒魔法師さんみたいに、誰かを救いたかった」
でも、私には治癒魔法の可能性はないんですよね、とナタリーは自嘲気味に続ける。
(治癒魔法は使えなくても誰かを救いたいっていうのならば……)
エステルはそこに焦点を当てることにした。もちろん、それがナタリーの希望ではないとわかっている。
でも、可能性を見るだけなら。
エステルはナタリーにきっぱりと言った。
「クラーク伯爵令嬢。治癒魔法じゃなくても、誰かを救うことはできます」
「――え?」
「あなたが、誰かを救いたい場合に一番向いている可能性を見ました」
おそらくこれは自己満足なのだろう。でも。
「あなたは、魔法薬作成の可能性を持っています」
治癒魔法に限らなければ、彼女のいろいろな可能性が見えてくる。
ナタリーを見たとき、一番強く感じた可能性がこれだった。
「魔法薬?」
ナタリーがきょとんとした顔をする。おそらく自分の中で思い描いたことがなかったのだろう。
「はい。人を救う、という観点で見たとき一番あなたに可能性がありそうなのは魔法薬作成です。他にも向いているものはありますが……」
エステルは見た可能性を懸命にナタリーに説明をした。
「治癒魔法の可能性はなくとも、他にたくさんの可能性がクラーク伯爵令嬢にはあります!」
力を込めて話しながら、エステルは、これを一番彼女に伝えたかったのだなと思う。
エステルの懸命さにやや圧倒されていたナタリーは、エステルの話が終わるとふうと息を吐き出した。
「……」
ナタリーはじっと黙り込んだ。
「考えたこともなかったから、少し、考えてみます」
会議室を出て行くナタリーをエステルは見送った。
少しでもナタリーが新たな可能性を見つけてくれるといいな、と思いながら。
一週間後。
エステルはいつものように第五師団の訓練場で騎士たちの可能性を見ていた。
最近は第五師団に所属する魔法騎士だけでなく、噂を聞きつけた他の師団に所属する騎士から助言を求められることもある。
アルディオンでは、エステルの『祝福』が魔法ではないからと馬鹿にする人はいない。それだけで幸せだった。
みんな、きちんと耳を傾けてくれる。
ふと一人になって考えるのはナタリーのこと。
(クラーク伯爵令嬢はどうしたんだろう)
あれからナタリーと連絡は取っていない。そんなに早く結論が出るものではないだろう。
少しでもナタリーが望む方向に進めていたらいい。エステルが願うのはそれだけだ。
さて。そろそろ時間だ。王宮の部屋に戻ろうか。そう思ったとき。
「エステル殿下ー!」
こちらにナタリーが息せき切って走ってくる。
驚いたエステルは思わず足を止めた。何故、ナタリーがここに?
「まだいらしてよかった」
こちらに駆け寄ってきたナタリーが息を整えながら言う。
「クラーク伯爵令嬢。どうしたんですか?」
「私、魔法薬に挑戦しようと思います!」
「――え?」
この前、エステルが言ったこと。人を救うなら魔法薬の調合がいい。
「ちょっと伝手があって、魔法薬の調合を教えてもらったんですが、向いているって言われたんです! 確かに治癒魔法ほど劇的じゃないかもしれないけど、私も確かに魔法薬に助けられたことがあるなって。だから」
ナタリーの表情は非常に明るい。渋々ではなく、新しい可能性を見つけて喜んでいるように見えた。
「治癒魔法の可能性はないと言われたときは落ち込みましたけど、新しい可能性を見つけてもらったのはエステル殿下のおかげです。どうしてもお礼を言いたくて」
エステルはゆっくりと首をふった。
「私こそ、いろいろ勉強になりました。ありがとうございます」
「いえ。こちらこそ感情的になってしまって申し訳ありません」
ナタリーはぺこりと頭を下げる。顔を上げた後も、何かを言いたげにエステルを見つめた。
自分に何かを言い聞かせるようにブツブツと呟いた後、エステルに言う。
「そ、その、よかったら、これから私が一人前の魔法薬師になるためにいろいろ相談してもいいですか?」
「……」
エステルは紫色の目を大きく見開いてから、破顔した。
「もちろんです!」
もしかしたら、ナタリーとは仲良くなれるかもしれない。




