07 突撃してきた令嬢
アルディオンに来て一月半が経った。
エステルの新生活は順調の一言だ。
ハンナと共にエステルがヴィンセントが所属する第五師団の訓練場に顔を出すと、顔見知りの騎士が声をかけてくる。
最初の十日ほどはヴィンセントと一緒だったが、いつまでも彼の手を煩わせるわけにはいかない。
ヴィンセントは渋ったものの、なんとか説得してハンナとともに訓練場へ足を運ぶようになった。
当初はうろんな目で見られることもあったが、エステルのアドバイスで訓練効率があがった人間が続出したことで、少しずつ認められて今に至る。
最初はヴィンセントの隊にいる騎士だけだったが、今では他の隊の騎士にも頼まれるようになった。
「エステル殿下! ありがとうございます。あなたの言われたとおりに練習したら、氷魔法が使えるようになりました」
「お役に立てたようでよかったです」
「炎の魔法について相談に乗ってもらえますか?」
「はい!」
一人一人の騎士に丁寧に対応していると、後ろから声をかけられた。
「エステル」
声だけで誰かわかる。エステルは振り向いた。
「ヴィンセント殿下」
ヴィンセントの登場に騎士たちが自然と散っていく。
「今日も来ていたのか?」
「はい。もしかして、ご迷惑でしたか?」
「そんなことはないが、君はかまわないのか?」
「私の力が頼りにされるのがとても嬉しいです」
エステルは笑顔で言い切った。嘘偽りない本音だ。
アルディオンでエステルはほとんどの時間を騎士団か図書室で過ごしている。
王宮を自由に歩けること自体が、エステルにとっては幸せだ。
「そうか。君のおかげで第五師団の騎士たちに活気が出ている。目に見えて効果がわかるから、訓練のしがいがあるんだろう。他の師団も、一度君に見てほしいと言っていた」
「はい。ぜひ」
「ただ、あまり無理はしないように」
気遣わしげなヴィンセントの視線にエステルはにっこりと笑う。
「大丈夫です。身体は丈夫です。それに、ハンナもいますから」
それに、アルディオンに来てから食べるものの質があがったせいか、ふっくらとしてきた。
ハンナが手入れをしてくれるようになって、髪も肌もつやつやだ。やすりで丁寧に磨いた桜色の爪が光る。
「ハンナ。エステルを頼むぞ」
急に王子に声をかけられたハンナが、はい、と気をつけをした。そんなハンナを見てヴィンセントが苦笑する。
「あと今日は……」
ヴィンセントが言いかけたときだった。
「あなたがエステル殿下ね!」
少女の声がエステルの耳に飛び込んできた。
エステルは反射的に振り返る。
黒髪の少女が息を弾ませながら駆け寄ってきた。年齢はおそらくエステルと同じくらい。
少女は着ているパステルカラーのドレスの質もいいので貴族令嬢だろう。騎士団の職員ではなさそうだ。
まあ、エステルも人のことは言えないのだけれど。
「クラーク伯爵令嬢。どうした?」
エステルが口を開く前にヴィンセントが眉をひそめる。
「ヴィンセント殿下。申し訳ありません。エステル殿下にお目にかかりたく、こうした不躾な形を取ってしまいました」
クラーク伯爵令嬢と呼ばれた黒髪の少女は、礼儀正しくヴィンセントに挨拶をした。
「それで、エステルに用事があるというのは?」
ヴィンセントの問いかけに、クラーク伯爵令嬢が目を輝かせながら言った。
「はい。私、エステル殿下に可能性を見てもらいたいんです!」
令嬢は、ナタリー・クラークと名乗った。伯爵令嬢で、二番目の兄が魔法騎士第三隊に属しているらしい。
ヴィンセントの計らいで借りることができた会議室。ナタリーとエステルは向かい合って座っていた。ヴィンセントは訓練場で騎士たちの訓練をしている。ドアの側にはハンナが控えていた。
「それで、クラーク伯爵令嬢は、私に何を見てほしいんですか?」
こういったパターンは初めてで、エステルは緊張しながら切り出す。
「私の治癒魔法の可能性を見てほしいんです。兄も氷魔法が使えないことが悩みだったんですが、エステル殿下のアドバイスで使えるようになったと聞きました」
ナタリーは身を乗り出すようにして訴えかけてくる。
氷魔法、と言われてピンとくる顔はあった。確かに面差しがナタリーと少し似ている。
「治癒魔法を使えるようになりたいんですが、全然使えなくて……」
「恐れ入りますが、クラーク伯爵令嬢の『祝福』は?」
前提条件として、魔法系の『祝福』を持っていないと魔法は使えない。エステルがそうであるように。
「『魔法』です」
なるほど。『治癒魔法』や『聖魔法』ではない、と。
一般的に、具体的な魔法系統がつけられた祝福は、その決まった系統しか使えないがその分威力は強い。
ナタリーのような『魔法』は、一般的に威力は弱いものの使える魔法は限定されない……となっているが、人ぞれぞれ得意不得意があり、使えないものはまったく使えない。
「『祝福』としては使えるはずなんですが、全然発動しないんです。だから、どういった訓練をすれば使えるようになるか教えていただきたくて」
ナタリーの表情はあくまで真剣だ。
「わかりました。ただ、私の『慧眼』はあくまで可能性を見るものです。絶対使える保証はありません。それをご了承ください」
「はい」
エステルの言葉にナタリーが神妙な顔でうなずく。
エステルはすうと息を吸い込むと、ナタリーの可能性を見ることにした。
(治癒魔法についての、クラーク伯爵令嬢の可能性……)
向かい側の椅子に姿勢良く座るナタリーの姿を見つめると、いつものようにその可能性がエステルの頭の中に浮かんでくる。
浮かんでくるのだけれど。
「……」
もう一度、やり直してみよう。
胸に手を当てて、深呼吸。再びナタリーを見つめる。
「……」
(どうしよう)
可能性がまったく見えない。
つまり、この先どう頑張っても、ナタリーが治癒魔法を使える可能性はほぼない。
あくまで可能性だから絶対とは言わないが、今エステルがナタリーに伝えられることはない。
初めてのケースだった。
今まで見てきた騎士たちは、あくまで魔法騎士としての可能性をみていた。
もともと魔法騎士の試験に合格してきた者たちだ。何かしらの可能性はあった。
でも、ナタリーは違う。
ナタリーは、エステルのアドバイスを聞けば治癒魔法が使えると思っているのだろう。目をきらきらさせながらこちらを見ている。
心苦しい。
「そ、その」
「見えましたか!」
ナタリーがこちらに身を乗り出してくる。その表情全体が期待に満ちている。
(どうしよう。でも、言わなきゃ)
エステルは早口で叫ぶ。
「申し訳ありません! クラーク伯爵令嬢には、治癒魔法の可能性は、私には見えませんでした!」
「――え?」
ナタリーが茶色の目を見開いて固まる。
その表情がじわじわと絶望に染まっていく。
「私の力は、あくまで可能性を見ることなんです。現時点で可能性がない場合には、どうがんばっても練習方法などは提案できないんです」
エステルは慌てて言葉を継ぐが、すべて言い訳めいて聞こえるな、と自分でも思う。
ナタリーに可能性はない、と通告するのはとても苦しい。
「どうしてよ! あなたは可能性を見るんでしょ!」
「はい。そうです。だから、ない可能性は見ることができないんです。すみません」
「嘘よ!」
ナタリーは立ち上がると会議室を出て行ってしまった。
エステルはその後ろ姿を見送るしか出来ない。
(クラーク伯爵令嬢、泣いていた、気がする……)
ずきり、と胸が痛む。
おそらくナタリーは一縷の望みをかけてエステルのところへ向かってきたのだろう。
なのに。エステルの答えは彼女の意に沿うものではなかった。
でも、それはどうしようもない。
だって、ここでエステルが嘘をつくのもそれはそれで違うから。
ちくちくと痛むのは良心だろうか。
「ハンナ。私はどうすればよかったと思う?」
「エステル様……」
「ごめん。答えづらいわよね。私としては、『魔法』の『祝福』を持っているだけで素晴らしいと思うんだけど」
ラグナリアにいるとき、喉から手が出るほどほしかったそれ。
治癒魔法は使えないかもしれないが、他の魔法は使えるのだ。
「エステル様は、誠実に対応されたと思います」
ハンナが慰めてくれる。
「ありがとう」
でも、気持ちはすっきり晴れない。




