06 班長候補
翌日。
「ハンナってとっても髪の毛を結うのが上手なのね」
鏡に映るエステルの金色の髪は、可愛らしくハーフアップに編まれている。今までずっと後ろに流すだけだったので、どこか新鮮だ。
しっかりとくしけずられた髪は、艶を増している。
「妹の髪の毛をよく編んでいたんです」
にっこりとハンナは笑う。
昨日からハンナはエステルの侍女として仕えてくれている。とはいえ、昨日の夕方に顔合わせをしたので、こうして身支度を手伝ってもらうのは今日が初めてだ。
ハンナはあまり裕福ではない子爵家の二女らしい。『祝福』のこともあり、最終的に侍女を目指していたらしいが、こんなに早く叶うとは思ってもみなかった、と目をキラキラさせながら語ってくれた。
「ありがとう。ハンナ」
「いえ。今日もヴィンセント殿下のところに行かれるんですか?」
「ええ。そうよ」
エステルは笑顔で答えた。
(ヴィンセント殿下の頼みって何だろう……?)
「今日は、髪型が違うんだな」
隊長室。机に向かっていたヴィンセントは、エステルの姿を見るなり、書類を書く手を休めてそんなことを言う。
気づいてもらえたことが嬉しくて、エステルは顔を輝かせた。
「はい。ハンナに編んでもらいました」
「ハンナ――昨日から正式に君の侍女になったんだったな。うまくやっていけそうか?」
「はい」
ハンナはまだ見習いのようなものなので、昼間は王妃付きの侍女たちのもとで勉強をするらしい。
立ち話もなんだ、とヴィンセントは、エステルに打ち合わせ用のソファーに座るよう勧めてくれた。
エステルが黒革のソファーにちょこんと座ると、ヴィンセントはその向かい側に腰掛ける。
「それで、ヴィンセント殿下。頼みというのはなんですか?」
エステルが早速切り出すと、ヴィンセントは苦笑を浮かべた。
「新しい班長を決めるために力を貸してほしいんだ」
「班長、ですか?」
アルディオン王立騎士団第五師団魔法騎士第三隊。これがヴィンセントが指揮をする隊の正式名称だ。
隊の下にはいくつかの班がある。今回、班長が一人別の隊に異動することになったので、新たな班長を決める必要があるのだという。
「候補者は三人いる。それぞれ一長一短といった感じで決めあぐねているんだ。だから、エステルにも一緒に見てほしい」
(班長、ということはリーダーになる可能性を見ればいいのね)
「わかりました」
うなずくエステルに、ヴィンセントは立ち上がって言った。
「じゃあ、早速候補者を見に行こうか」
候補者の三人とも、今はちょうど合同訓練をしているという。
見習い用のこぢんまりとした訓練場とは違い、広々としている。五つある師団にそれぞれ訓練場があるのだという。
見習い騎士たちはヴィンセントの登場にざわめいたものだが、正規の騎士となるとさすがにそんなこともないらしい。
ヴィンセントが現れても、皆黙々と訓練をしている。
訓練場を見渡せる場所で立ち止まると、ヴィンセントが言った。
「まず一人目。ガストンだ」
黒い髪を短く刈った大柄な騎士は、ちょうど他の騎士と手合わせ中だった。周りより少し大ぶりな剣を巧みに扱っている。
力押し。確かに戦うには向いていそうだ。けれど。
力任せに相手を剣をぶつけ相手を弾き飛ばすと、大柄な騎士は馬鹿にしたような目を向けた。
地べたにしりもちをついた相手は悔しそうにしているが、手を貸すようなこともせず、他の騎士のところへ行ってしまう。
(たしかに、大剣の才能はすごくある。でも、班長になれる力はあまりなさそう)
「見たか?」
ヴィンセントに問われて、エステルは「はい」と返事をした。
「じゃあ二人目。アベルだ」
黒髪の中肉中背の騎士だった。周囲の騎士たちと声を掛け合いながら、訓練をしている。
彼の周囲の雰囲気はとても和やかだ。
先ほどガストンにやられた騎士にも声をかけて、仲間に引き入れている。
(魔法騎士としての可能性は……中の上ってところ。班長としての可能性は……)
それなりにある、といったところだろうか。先ほどのガストンと比べるのは間違っているが。
「そして最後はレニエだ」
茶髪の細身の騎士だった。他の騎士に混じらず、訓練場の隅で一人で黙々と素振りをしている。
(魔法騎士としての可能性はずば抜けている。このまま訓練を重ねたら、きっと剣術大会での優勝も夢ではないはず)
エステルが可能性を見ている間にも、彼は、剣に炎をまとわせると、また素振りを始めた。
(班長になる可能性は……意外と向いていそう。たぶん背中で語るタイプね)
念のため、もう一回、それぞれの場所で訓練する三人の候補に視線を走らせる。
魔法剣士としての実力なら、ガストンが抜けている。けれど、今後を考えるとレニエになるだろう。
そして、肝心のリーダー適性。これはアベルもいいけれど、やはりレニエに軍配があがる。
エステルの中では答えが決まった。
「確認、終わりました」
「じゃあ、隊長室に戻るか。そこで話を聞かせてくれ。エステル」
隊長室。再び先ほどのソファーに向かい合って座る。
「じゃあ、エステル。三人を見て、どう思ったか教えてくれないか?」
「わかりました」
エステルは先ほど見たことをそのまま話すことにした。
「ガストンさんは、確かに大剣の才能はありそうです。このまま大剣の扱い方を伸ばせば、かなり強くなる可能性はあります。ただ、あまりリーダーには向きません」
きっぱり言い切ると、ヴィンセントは半ば予想していたのか苦笑を浮かべた。
まあ、ガストンの態度は横柄だった。あの姿を見てリーダーに向いていると思う人間はいないだろう。
「次にアベルさんですが、彼は班長適性はそれなりにあります」
「なるほど。で、レニエは?」
顎に手をあてながら、ヴィンセントがエステルを促す。
「レニエさんは、魔法騎士としての可能性、そして、班長としての可能性、どちらもずば抜けています」
エステルは前のめり気味に話した。
「もう少し、人と交流する必要はありますが、リーダーとしては背中で語るタイプかと」
「……なるほど。ありがとう。参考になった」
ヴィンセントは微笑んだ。
「班長、決まったんですか?」
「ああ。――アベルにする」
「――え?」
アベル。確かにそれなりに可能性はある。ただ、あくまでそれなりだ。ずば抜けた可能性ならレニエになる。
エステルは思わず瞬きをした。その様子に気づいたヴィンセントが慌てる。
「あ。すまない。別にあなたの力を疑っているわけじゃない。あなたが可能性があるというのであれば、レニエは可能性があるんだろう。ただ、今すぐ班長に任命するには時期尚早に感じる。レニエはあまり人と群れるのを好まないんだが……それだけで人はついてこないだろう? あなたも人と交流する必要がある、と評価した」
「――あ」
エステルは思わず声を漏らした。確かにその通りだ。
班長。つまりリーダーなのだ。リーダーは人と接することが大事だ。
そして、今ヴィンセントが求めているのは、すぐにでもリーダーになれる人材。
そう言われると、ガストンに負けた騎士にすかさず声をかけていたアベルは周囲の隊員とのコミュニケーションも取れている。今すぐ班長になることができそうだ。
「ただ、レニエに班長の可能性があることはわかった。そうだな。アベルの下につけて様子を見てみるか。有能な副官がいればいいんだが……」
(ヴィンセント殿下はすごい……)
今も、この先も両方考えている。
ヴィンセントが、一番エステルの力を有効に使ってくれるのかもしれない。
エステルの言葉を鵜呑みにするわけではなく、きちんと考えて。
ヴィンセントはエステルを見るとにっこりと笑った。
「参考になったよ。俺の人を見る目がそんなに間違っていないこともわかったし。ありがとう。エステル」
エステルは小さく首を振った。
「私も、ためになりました」
「これからどうするんだ?」
「とりあえず自室に戻って、図書室にいこうかな、と」
「なるほど」
ヴィンセントと共に隊長室を出る。
そのときだった。
「隊長! エステル殿下が来ているって本当ですか?」
ヴィンセントの姿をみとめた騎士がこちらに駆け寄ってくる。どうやらヴィンセントの部下らしい。
「おい。どうした。いきなり」
「いや」
ヴィンセントに眉をひそめられて気まずげにした騎士だが、さまよわせた視線の先にエステルを見つけて表情を輝かせた。
「見習い騎士から聞いたんです。エステル殿下に見てもらうと、自分に合った練習方法を教えてもらえるって。それで、見てほしいってやつがけっこういるんですよ」
え、とヴィンセントに隠れるように立っていたエステルは紫色の目を見開く。
(私の力が、求められている?)
ヴィンセントはどこか申し訳なさそうに言った。
「そういうことのようなんだが……頼めるか?」
「もちろんです!」
エステルは笑顔で答えた。
この国で居場所、つくれるかもしれない。




