05 伸ばす場所
『慧眼』――自分の能力を生かしたい。
ヴィンセントに連れてこられたのは、彼が所属する騎士団の見習い用の訓練場だった。その名の通り、魔法騎士を目指す見習い騎士たちが訓練をしている。
「彼ら一人一人の可能性を見てほしい。見習いの方が伸びしろもたくさんあるだろう?」
隊長が来たからだろうか。騎士たちの間に少し緊張が走る。
ヴィンセントは気にせず彼らに訓練を続けるように告げた。
「わかりました!」
エステルはとりあえず目に入った一人の騎士をじっと見つめる。懸命に水魔法の練習をしているが、結果は芳しくないようだ。
『慧眼』の発動はそんなに難しくない。
力を使うつもりで人を見ると、なんとなく頭の中にぼんやりとその人の可能性が浮かび上がってくるのだ。
(彼は水魔法は水魔法でも、大量の水を出すのはあまり向いていないわ)
量を出すよりも、少ない水量を緻密にコントロールする方が合いそうだ。そして、それに向いている訓練方法は。
「ヴィンセント殿下」
隣に立つヴィンセントに声をかける。
「早速見たのか?」
「あそこで水魔法の練習をしている彼についてです」
「わかった。ロランだな。……その前にあなたを紹介しておくか」
ヴィンセントの言葉にエステルは驚いた。
「どうして私を紹介するんですか?」
「だって、あなたの力だろう? あなた自身が伝えるべきだ」
当然のことのように言うヴィンセントにエステルは目を丸くする。
「ヴィンセント殿下から伝えるわけではなく?」
「は?」
エステルの何気ない問いにヴィンセントの顔がこわばった。
祖国ではエステルの言うことなど誰も聞かない。そう、ダリオに言われ続けてきた。
冷気さえ漂ってくるその雰囲気に、エステルは思わず後ずさった。
「私、何か変なことを言ったでしょうか……」
エステルがびくびくしていることに気づいたのだろう。ヴィンセントが大きく深呼吸をした。
「すまない。ラグナリアの事情はある程度俺も知っていたんだが、ここまでとは……」
「え?」
戸惑うエステルにヴィンセントがまっすぐな視線を向ける。
「エステル殿下。『慧眼』はあなたの力だ。その力はあなたの口で伝えるべきだ。そして、それはあなたの責任でもある」
エステルは紫色の瞳を見開いたまま固まった。その発想はなかった。
『お前の力を俺が有用につかってやっているんだ』
ダリオはいつもそう言っていた。
『慧眼』で見た可能性により、力が伸びたことに対する感謝は、いつもダリオがもらっていた。
それが当然だった。
だって無能のエステルが言っても誰も聞いてくれないのだから。
「ここは、ラグナリアとは違う」
ヴィンセントはきっぱりと断言した。
「わ、かり、まし、た」
途切れ途切れにエステルが答えると、ヴィンセントが小さくうなずく。
「じゃあ、ロランを呼ぼうか」
エステルの目の前には、見習い騎士用の制服を着たロランが立っている。
「ロラン。彼女はラグナリア王国第一王女のエステル殿下だ」
「ラグナリアの?」
戸惑っていたロランが驚いたような声を出す。
ラグナリアの魔法騎士団は他国でも評判が高い。魔法を求められている……? と頭をよぎったそれをエステルは慌てて振り払った。
「ああ。彼女は『慧眼』という貴重な『祝福』を持っている。人間の可能性を見る『祝福』だ。それで、君の可能性を見てもらった」
「はあ」
なんとなくわかるようなわからないような。そんな表情だ。
「じゃあ、エステル殿下」
ヴィンセントがエステルに水を向ける。
当然、不安はある。
でも。ヴィンセントがつくってくれた機会だ。ここで逃げてはいけない。
エステルはロランの方を見て先ほどの可能性を述べた。
「はい。ロランさんは水魔法が得意なんですよね。たぶん、量を出す――水球を出すような魔法よりも、量は絞って細かな制御をする方が向いていると思います。例えば、水の縄を出す、ような。なのでまず量を絞って制御に集中した訓練をするのがよいかと。最初は糸のような細さでもかまわないので」
「はあ」
ロランの表情は先ほどと変わらない。
やはり、聞いてもらえないのだろうか。
「ロラン。とりあえず、やってみたらどうだ? さっき、君が水球を出そうとしてうまくいっていなかったのを俺は見ている」
「ですが、隊長。水魔法の基本は水球ですよ? 俺はまだ小さなものしか出せなくて……」
「水球自体は出せているんだろう? 基本は出来てる。そして小さなものしか出せないことが、量を出すのに向かない証拠なんじゃないか?」
ヴィンセントの指摘にロランが小さくうめき声をもらした。
「わかりました」
ロランは、少し離れたところで魔法の呪文を唱え始める。
さっきまでは小さな水の球しか現れていなかった。なのに。
ロランが目を大きく見開く。
すっと水の糸のようなものが現れたのだ。
「操れるかやってみたらどうだ?」
ヴィンセントの声にロランがうなずいた。
くるくると糸が回り始めた。
水球はすぐに消えてしまったのに、こちらはずっと形を保っている。
手応えのようなものを得たのだろう。ロランの目が輝き出す。
水の糸はぐるぐると辺りを漂い――消えた。
「すごいです。ありがとうございます! 新しい可能性が見えました!」
ロランがエステルに向かって勢いよく頭を下げた。
(私の力が役に立った……!)
「いえ。少しでもお役に立てたら嬉しいです」
ロランはスキップとともにその場を去って行く。
じわじわと喜びに浸るエステルにヴィンセントが笑いかける。
「さすが、エステルだな。……あ」
「どうかしましたか?」
「その、エステル、と呼んでもかまわないだろうか?」
さっきの「あ」は呼び捨てにしてしまった、の「あ」だったらしい。
気にしなくていいのに。エステルはくすりと笑った。
「かまいませんよ。好きに呼んでください」
そもそも殿下をつけてもらうのがむずがゆかったのだ。だって、国ではずっと呼び捨てだったから。いや、名前を呼ばれるだけマシだったか。
「ありがとう。俺のことも好きに呼んでくれてかまわないよ」
「と、とんでもありません」
エステルが慌てて手をふると、ヴィンセントが少し残念そうな顔になった。
「まあ、気が向いたらでかまわない。と、話がずれてしまった。エステル。他の見習い騎士たちも、見てくれないか。さっきみたいなヒントになる内容でかまわないから」
「はい!」
エステルは元気よく答えた。
翌日。
エステルがヴィンセントと共に訓練場へ向かうと、一人の見習い騎士がこちらに駆けてきた。
「エステル様! 俺の可能性も見てもらえませんか!」
「え?」
「昨日、ロランの可能性を見たって聞きました。ロランのやつ、ずっと水球の大きさで悩んでいたのに、吹っ切った感じがして。話を聞いたら、エステル様に可能性を見てもらったおかげだって。だから、俺も見てほしくて」
「私で、いいんですか?」
「もちろんです。お願いできますか?」
「はい!」
エステルから笑顔がこぼれる。
他人から、このように丁寧に力を使ってください、とお願いされるのは初めてだった。
力を頼りにされることが、こんなに嬉しいことだったなんて。
ヴィンセントを見ると、彼はまるで自分のことのように嬉しそうにしている。
なんだかエステルは恥ずかしくなって、慌てて先ほどの見習い騎士へと視線を移した。
見たとおりの可能性とアドバイスをする。
どうやら、昨日エステルが可能性を見た騎士たちから、エステルの力の評判が伝わっていたらしい。
エステルの元にはひっきりなしに見習い騎士たちがやってくる。
彼らはみんな、エステルの話を熱心に聞き、礼を言ってくれた。
(ラグナリアでは、こんなこと考えられなかった……)
『慧眼』がこんな風に感謝される日がくるなんて。
「ヴィンセント殿下。なんだか付き合わせてしまってすみません……」
小一時間ほど見習い騎士たちの可能性を見たところで、「あまり無理をしない方がいい」というヴィンセントの言葉もあり、切り上げることにした。
ヴィンセントの隊長室まで二人で並んで歩く。
「いや、俺の部下のことだから。部下のことをよく知るのは大事だから、気にしなくていい。――あなたこそ、無理していないか?」
「はい。大丈夫です。私の力が役に立つのが嬉しくて! ありがとうございます。ヴィンセント殿下のおかげです」
「全部あなたの力だ」
「でも、自分の口で伝えるべきだ、と言ってくださったのは殿下です」
だからこそ、エステルは見習い騎士たちに感謝され、そして力を求められた。
今まで通り、誰かに頼む選択肢をとっていたら、こうはならなかっただろう。
「だから、本当にありがとうございます」
エステルはとびきりの笑顔をヴィンセントに向ける。
ヴィンセントは立ち止まると、手の平で自分の顔をかくし、はあ、とため息をついた。
「どうしたんですか?」
「いや、なんでもない。俺が言ったのは当然のことだ。だから、気にしなくていい」
慌ててヴィンセントの顔を覗き込んだエステルに、彼が緩く首をふる。
「あなたが喜んでくれたなら何よりだ。見習い騎士は今日一通り見たな。しばらくはその方針で訓練をすればいいだろう」
その言葉をエステルは少し残念に思う。
とはいえ、毎日のように可能性を見たところで、劇的に変わる何かがあるわけではない。
ヴィンセントの言う通りだ。
誰かのために直接力を使うのは、とても楽しかったのだけれど。
しょんぼりとするエステルの頭を軽くぽんとヴィンセントが撫でる。
人に触れられた経験があまりないエステルは、驚いてしまった。けれど、不快感はない。
「ヴィンセント殿下?」
「すまない。その、つい」
慌ててヴィンセントが手を離す。
「あ。いえ。気にしないでください」
「そうか。あなたが悲しそうな顔をしていたからつい」
ほんのり耳の端を赤く染めたヴィンセントが、ごほんと咳払いをした。
「その、俺も、あなたに頼みたいことがあるんだ」
「本当ですか?」
ヴィンセントのためになることなら是非是非協力したい。
「明日、話をしてもいいか?」




