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03 侍女選定

 ヴィンセントは早速部屋に控えていたメイドに声をかけた。メイドは頭を下げると部屋を出て行く。おそらく候補者たちを呼びに行くのだろう。


「じゃあ、候補者たちが来るまでの間に、簡単にこれからのことを説明しようか。オーヴェル伯爵からだいたいの話は聞いているみたいだけど」


 ソファーに座り直したヴィンセントが言う。はい、とエステルは居住まいを正した。


「まず初めに伝えておきたいんだが、アルディオンは、あなたに何かを強要するつもりはない」

「……え?」

「だから、もし、あなたが何かを強要されそうになったら、私に伝えてほしい。もちろん、あなたが何かをやりたいと思ったなら別だ。そのときは私も全力で支えよう」


 ヴィンセントの言葉にエステルは思わず瞬きをした。


(やっぱり、この人、私が魔法の『祝福』を持たないこと知ってる?)


「エステル殿下?」


 ヴィンセントに名前を呼ばれて我に返ったエステルは、慌てて微笑んだ。


「いえ。すみません。思ってもみなかったことだったので。そのお言葉、心に刻んでおきます」


 思ったより悪いことにはならなそうだ。アルディオン行きを告げられた一月前の自分に教えてあげたい。エステルはひとまず安堵した。


 あとは——エステルの力で侍女を選ぶ。

 扉がノックされた。どうやら侍女の候補者たちが来たらしい。




 

 部屋に入ってきたのは、紺色のお仕着せを着たエステルと同じ年頃の少女三人だった。

 扉の前に三人が並んで立つ。おそらく皆良家の出身なのだろう。たたずまいに品がある。


「エステル殿下。あなたの侍女の候補者たちだ。皆、女官長のお墨付きなので、あなたが一番よいと思った者を選んでかまわない」


 女官たちの横に立ったヴィンセントが、三人の簡単な紹介をしてくれる。

 エステルはソファーから立って、候補者たちの前に出た。


「ラグナリア王国第一王女、エステル・ミラ・ラグナリアと申します」


 そう名乗ると、ぐるりと候補者たちを不躾にならない程度に見つめる。


(侍女として誰が向いているか……)


 一人目。二人目。三人目。


「……」


 皆、悪くはない。お墨付きというだけあって、侍女にとても向いている。でも決め手がない。

 どうしようかと考えあぐねていると、ふと先ほどヴィンセントが声をかけたメイドが目にとまった。

 年齢はやはりエステルと同じくらい。茶色の髪をきっちりと編んだ少女は、静かに扉の側にたたずんでいる。


 ――決めた。


「ヴィンセント殿下。その、申し訳ないのですが、別の方でもよろしいでしょうか?」

「どういうことだ?」


 エステルが不躾な申し出をしたにもかかわらず、ヴィンセントのその口調はどこか楽しげだ。


「私の侍女は、扉のそばに立っていらっしゃる使用人の方にお願いしたいです」


 エステルがきっぱりと言い切る。

 自分に振られると思わなかったのだろう。少女が茶色の目を見開いた。


「もちろん、他の三人が劣っているというわけではありません。例えば、トアさんは服飾のセンスがよろしいので、高貴な方の衣装係が向いているのではないかと思います」


 エステルは他のふたりについても、向いている仕事について説明をする。

 人の顔を覚えるのが得意だから、社交の補助をさせたらきっと役に立つ。とても綺麗な文字を書けるから、手紙の代筆に向いている。


「三人とも侍女として素晴らしい能力をお持ちなのですが、私の元ではきっとその能力を生かせないと思うのです」

「つまり、消去法で彼女を選んだ、と?」


 試すようなヴィンセントの問いかけに、エステルは首を振ってきっぱりと断言した。


「違います。彼女が私の侍女に一番よい能力を持っていたからです」


 その回答にヴィンセントは満足そうにうなずくと、ポカンとしている使用人の少女に問いかけた。


「君、名前は?」

「ベ、ベネット子爵が次女、ハンナと申します」

「ありがとう。で、エステル殿下。ハンナの持っている能力とは?」

「観察系の『祝福』を持っているのではないかと思います」


 図星なのだろう。え、とハンナが小さく息を呑んだのがわかった。


「ハンナ。エステル殿下はそう言っているが、君は侍女になるつもりはあるか?」

「え? は、はい。機会をいただけるのであれば、誠心誠意お仕えさせていただきます」


 王子からの問いかけにハンナが気をつけをする。エステルはその回答にほっとした。


「わかった。他でもないエステル殿下の望みだ。ただ、その前に、ハンナ、君の力を証明してくれないか? エステル殿下の言う通り、君が侍女に向いていることがわかれば、私の方から口添えしよう」




 


「これでいいでしょうか」


 どこか居心地悪そうにおずおずと尋ねてくるのは外務大臣だ。

 ハンナの『祝福』を証明するにはどうすればいいか。考えたのが簡単な間違い探しだった。

 外務大臣に協力してもらい、まず今のたたずまいをハンナが見る。それから外務大臣には別室に行ってもらい、証人としてヴィンセントが立ち会う形で、少し先ほどと格好を変える。そして、ハンナにどこを変えたか当ててもらうのだ。


 外務大臣はヴィンセントとともに別室から戻ってきたばかりだ。

 ハンナはじっと外務大臣の格好を見つめている。その隣に立ったエステルも外務大臣の姿を観察した。


 茶髪に茶色の目の外務大臣は、黒い上着とズボンを着ている。服装自体は前と変わらない。

 上着の胸ポケットに刺さっていたペンがなくなっていることには気づいた。あと、さっきと髪型が違っている。こちらはあからさまだ。

 ただ、エステルがわかる程度の変化では、ハンナの能力の証明にはならない。ヴィンセントが何か考えるはずなのだけれど……。


(でも、きっと彼女なら大丈夫)


 ハンナの『祝福』を信じるのは、自分の『祝福』を信じることにも繋がる。


「よし、時間だ」


 ヴィンセントは部屋の中を見回した。ハンナやエステルの他にも三人の候補者たちが残っている。

 ヴィンセントは侍女候補だったトアを指名して尋ねた。


「トア、オーヴェル伯爵はどこが変わっている?」

「髪型と、胸ポケットのペン、あと上着の第二ボタンが変わっているようです」


 トアは少し考えるそぶりを見せた後、慎重に答える。

 エステルは目を見開いた。服飾に強いだけある。全然気づかなかった。

 同じ黒のボタンだが、言われてみれば質感が少し違う。

 ボタンを替えた。ここが今回一番のポイントだったとしたら。トアとハンナに違いがなかったら。


(いや、大丈夫よ。殿下がここで終わらせていないということはまだ何かある)


 それに、隣に立つハンナは動揺したそぶりを見せていない。落ち着いている。


「さすがだな。じゃあ、ハンナ。どうだ? もちろん、さっきあげられた変化点はなしだ」


 一呼吸置いたあと、ハンナは静かに述べた。


「おそらくですが、ズボンのポケットの中身を入れ替えられたかと。膨らみが違います」


 オーヴェル伯爵の茶色の目が少し大きくなった。

 ポケットの中身! 驚いたのはエステルや他の候補者たちも同じだ。


「あと……」


 ハンナはそう言って言葉を濁した。何か言いづらいことがあるのだろうか。


「気づいたことなら何でも言ってもらって大丈夫よ。ヴィンセント殿下。そうですよね?」

「ああ。もちろん」


 エステルが確認すると、ヴィンセントがうなずく。

 ハンナがどこか申し訳なさそうに言う。


「その、ヴィンセント殿下の上着のカフスボタンが外れているかと」


 ハンナの指摘にヴィンセントがにっこりと笑った。


「正解だ。さすがだな。私のことまで気づくとは」


 ほうっとハンナが安心したように息を吐く。


「ハンナ・ベネット。エステル殿下の侍女としてがんばってほしい」

「は、はい」


 ハンナは深々と頭を下げた。


(よかった……)


 ハンナは期待以上の力を見せてくれた。エステルはほっと胸をなで下ろした。




 


 女官候補者たちとハンナ、そして外務大臣は応接室を出て行った。

 ハンナは侍女としての教育を受けていないため、その準備もあるのだという。

 部屋にはヴィンセントとエステルが残る形になる。


「すみません。もしかして、余計な手間をかけさせてしまいましたか?」


 ハンナが一番侍女に向いていると思ったのは確かだ。けれど。

 やはりあの三人のうちから選ぶべきだっただろうか。


「いや、そう仕向けたのは私だから。気にしないでほしい。それに、あの三人にも可能性を教えてくれただろう。彼女たちには母上の元で向いている箇所を伸ばしてもらおうと思う。悪いようにはしないよ」


 エステルは向かい側のソファに座るヴィンセントをじっと見つめた。


(――やっぱりこの人は)


「ヴィンセント殿下」

「何かな?」


 微笑みさえ称えてヴィンセントが尋ねてくる。おそらく、彼は次にエステルが口にする言葉を予想しているのだろう。

 そしてたぶんエステルはその予想通りの言葉を口にする。


「――殿下は私の『祝福』をご存じなんですか?」


 ヴィンセントが口元を緩めた。


「ああ。あなたの『祝福』は『慧眼』だろう?」


 ヴィンセントの言葉に迷いはない。やはり、知っていたのだ。

『慧眼』――人の可能性を見抜く力。

 侍女を選定させたのも、彼がエステルの『慧眼』を見たかったのだろう。

 でも。


「その通りです。でも、どうして殿下がご存じなんですか?」


 『慧眼』は魔法系の『祝福』ではない。ラグナリア王家にとって魔法系以外の『祝福』は等しく無能なので、エステルの『祝福』は公言されていなかった。

 だから、彼が知るはずもないと思うのだけれど。

 ヴィンセントが微笑む。


「それは――俺もあなたの『慧眼』に救われた一人だからだよ」




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