02 アルディオン
(なんとか無事に終わった……)
アルディオン国王に謁見の間で挨拶を済ませたエステルは内心大きく息をついた。
ずっと離宮に閉じ込められていた王女にしては、及第点の挨拶もできたはず。とりあえず第一の難関はクリアしたといっていいだろう。
アルディオン王は柔和な雰囲気を持つ中年男性で、エステルを歓迎するような口ぶりだった。
(特に魔法についても言われなかったし……)
ラグナリアからアルディオンまで馬車で約二週間の道のり。馬車の中で、魔法について聞かれたらどう答えるか、ずっと頭を悩ませていたのだけれど杞憂だったらしい。
ラグナリアとアルディオンの架け橋になってほしい。国王に言われたのはそれだけ。
一つ懸案をクリアしたことで、エステルはほんの少しだけ気分が軽くなっていた。
(ここでなら、本当に私の居場所がつくれるかも)
無事に国王への謁見を済ませたエステルは、到着時から出迎えてくれた外務大臣の後ろをついて、アルディオンの王宮を歩いていた。
心に余裕が出来てくると、あちらこちらを見回したくなる。十七年間ラグナリア王宮の敷地内で過ごしてきたエステルにとって、外は未知なる世界なのだ。
だが、うずうずする好奇心をぐっと抑える。自分の居場所を作るには最初の印象が大事だろう。挙動不審はいけない。
エステルが通されたのは、王宮の応接室の一つだった。
「エステル殿下には客人として王宮に部屋を用意しております」
人のよさそうな外務大臣が、笑みを浮かべながらエステルの待遇について細かく教えてくれる。
移動も特に制限はないらしい。聞く限りかなり自由だ。衣食住も保証される。
(でも、だからこそ気を引き締めないと)
エステルの行動が、ラグナリアの評価に直結する。
一応体裁こそそれなりに整えているものの、ラグナリアで放っておかれたエステルは、いろいろなものが付け焼き刃だ。容姿も、知識も、マナーも。立派なのは今日のために慌てて誂えたラベンダー色のドレスだけ。
「以上ですが、何かご質問はありますか?」
「いえ。特にございません」
外務大臣の質問にエステルは軽く首を振った。
「身に余るご配慮、感謝いたします」
ふと部屋に沈黙が落ちる。外務大臣がちらりと部屋にある時計へ視線を向けたことに気づいた。
(特に話は聞いていないけど、他に誰かくるのかしら?)
そんなことを思っていると、外務大臣がこちらを向いて笑う。
「そういえば、ラグナリアといえば、魔法騎士団が有名ですな。王太子殿下は魔法騎士団の総帥を務めているとか」
(あ。あからさまに世間話に移った)
やはり誰か来るのだろうか。と、そんなことを分析している場合ではない。魔法騎士団。話の流れがエステルの望まない方向へ行く可能性は高そうだ。
「え、ええ」
「我が国にも魔法騎士団はあるのですが、貴国には及びません。我が国の騎士団にもご指導いただきたいところです。同盟を組んだことですし、殿下からも王太子殿下に口添えいただけないでしょうか?」
「……私でよければ」
期待に満ちた外務大臣の目に、エステルはこう返すしかなかった。
「ありがとうございます!」
外務大臣が顔を輝かせる。が、彼の期待に沿えないことはわかりきっているので心が重い。
兄はエステルのことを妹だなんて思っていないのだ。エステルの頼みをきくことなどない、と断言できる。適当に濁しておくしかないだろう。
「ラグナリアと言えば魔法で有名ですからね。私は『中級魔法』の『祝福』を持っているんですが、火炎魔法以外はからきしで。エステル殿下はいかがです?」
外務大臣はどうやらエステルも魔法の『祝福』持ちだと思っているようだ。茶色の目が期待に満ちている。
ラグナリア出身ならすごい魔法を使えるに違いない。そんな目だ。
エステルは言葉に詰まった。
おそらく、ラグナリア側はエステルの『祝福』は魔法に関係しないことを伝えていないのだろう。
(でも、正直に言うしかないわ)
どう転んだって、エステルが魔法を使えるようになるわけではないのだから。
エステルは膝の上においた拳をぎゅっと握った。
「もうしわけ……」
「遅れてすまない!」
エステルが口を開いたのと同時に、焦ったような男性の声が耳に飛び込んできた。
部屋の扉を開けたのは、黒髪の青年だった。
年齢はエステルより少し上くらいだろうか。空色の瞳が印象的だ。甘めの整った顔立ちがとても目を引く。品のいい黒の上下に身を包んでいた。
彼の姿を見た外務大臣が、あからさまにほっとした顔をする。
「ヴィンセント殿下」
「すまない。支度をしていたら遅れてしまったんだ。さすがに汗だくのままここにくるわけにはいかないだろう?」
「謝罪は私ではなくエステル殿下にしてください」
それもそうだな、と青年がエステルの方に視線を向ける。
空色の瞳をまっすぐに向けられて、同年代の男性にあまり免疫がないエステルの心臓がとくんと跳ねた。
空色の瞳は、アルディオン王族の証。
エステルが慌ててソファーから立つと、青年が軽く表情を引き締めた。
「遅れて申し訳ない。エステル殿下。ようこそアルディオンへ。私はヴィンセント・ロイ・アルディオン。アルディオン王国第二王子で、騎士団に所属している」
先ほどの彼の口ぶりだと、直前まで訓練に参加していたのだろうか。
「私はエステル・ミラ・ラグナリア。ラグナリア王国第一王女です。これからよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。慣れない国で大変だろう。困ったことがあったら何でも言ってほしい。滞在中はあなたの力になるよう陛下より申しつかっている」
ヴィンセントが表情をやわらげる。
「お気遣いありがとうございます」
挨拶を終えて再びソファーに座る。ヴィンセントは外務大臣の隣だ。
「それでオーヴェル伯爵。話はどこまで?」
オーヴェル伯爵――外務大臣にヴィンセントが尋ねる。
「一通り私からの説明は終わりました。殿下がなかなかいらっしゃらないので雑談をしていたところです」
「雑談?」
「はい。ラグナリアといえば魔法ですから、魔法について少し」
エステルは、外務大臣の言葉にヴィンセントがきゅっと一瞬顔をしかめたことに気づいた。
ヴィンセントは外務大臣の話に乗ることなく、そうか、とさらりと流し、エステルの方を向く。
てっきり、外務大臣の話に乗ると思ったエステルは意外だった。
「――エステル殿下。一つお願いがあるんだ」
「お願い、ですか?」
「ああ。多忙であなたに仕える侍女を選ぶことができなかった。なので、候補者の中からあなたに選んでもらいたい」
「――え?」
エステルは思わず正面に座るヴィンセントの顔をまじまじと見つめてしまった。
(私に侍女を選べなんて、まるで――)
エステルの『祝福』を知っているかのようだ。
外務大臣もヴィンセントの申し出を知らなかったらしく、目を丸くしている。
「もちろん、難しいというのであれば、私の方で責任を持って選ばせてもらう。だが、この国にいる間、おそらくあなたの一番近くにいる人間になるだろう。あなたが選ぶのがよいと思うのだが、どうだ?」
――侍女。
離宮でも使用人はいた。けれど、侍女と呼べるような使用人はいなかった。
アルディオン側も身一つでよいという話だったので、同行した使用人も国へ戻ることになっている。
まさか、侍女をつけてもらえるなんて。
「いいのですか?」
思わずエステルが尋ねると、ヴィンセントは優しい目でうなずいた。
「もちろん。早速候補者たちに来てもらおうか」




