01. 無能王女
「頼まれていたもの、まとめました」
エステルは離宮を訪ねてきた金髪の青年――ダリオにおずおずと一冊のノートを渡した。
ノートには、エステルが『祝福』を使って調べた内容が細かく記録されている。
――ダリオが所属する王国騎士団の騎士たちが、どういった訓練をすれば能力を伸ばせるか。
ダリオがぱらぱらとノートをめくる。さらっと目を通していた彼が、とあるページで手を止め眉をひそめた。
「どうして、無能のやつらについてもあるんだ?」
「その、ついでに伝えていただければ、と」
「もったいない。次からは不要だ」
「ですが……っ」
エステルが口にしかけた反論は、ダリオにぎろりと睨まれたことで止まってしまう。
「いいか。魔法以外の『祝福』なんてないも同然なんだ。無能のやつらに割く時間ほど無駄なものはない」
ダリオはそう言うとびりっとノートのページを破り捨てた。
あ、とエステルは小さく息を呑む。
「無能なお前の力を俺がこうして役立ててやっているんだ。俺に感謝だけして余計なことはするな」
高圧的に言い捨てると、ダリオはノートを持ったままくるりときびすを返した。
エステルは床に散らばったノートの切れ端を見つめて唇を噛む。
幸い、破られたノートの写しはある。あとでこっそり届けておこう。
人間が神から与えられるスキルを『祝福』と呼ぶ。
このラグナリア王国は魔法至上主義で、魔法以外の『祝福』を持っている人間は基本的に無能扱いだ。そこに身分は関係ない。
――魔法以外の『祝福』だって、みんな役に立つのに。
* * *
「――私がアルディオンへ、ですか?」
ラグナリア王国第一王女エステル・ミラ・ラグナリアは、紫色の目を大きく見開いた。
久しぶりに王の間に呼ばれた時点で、あまりいい話ではないだろうとは思っていたのだけれど、どうやら予感は当たっていたらしい。
玉座に座った父がいかめしい顔でうなずく。
「説明はレオナルドがしてくれる」
父の言葉に、玉座の横に立っていた王太子である兄レオナルドがすっと前に出る。銀髪紫目の美青年だが、エステルに向けられる視線は限りなく冷たい。
「イリス帝国が我が国を狙っているのは知っているな。最近、きなくさい動きがある。そこでアルディオン王国と軍事同盟を組むことになった。その同盟の証として、エステル、お前がアルディオンへ行くことになった」
ラグナリア王国は貴重な鉱石が取れる鉱山があり、歴史上いろいろな国から狙われてきた。
南に面するアルディオン王国はイリス帝国とほぼ同規模の大国なので、同盟を組めたのなら心強い。
ただ、問題は。
「ですが――私でよろしいのですか?」
エステルはぎゅっと拳を握って一段高いところに立つ兄を見つめた。
同じ両親から生まれたのに、兄とは瞳の色しか似ていない。エステルのまっすぐな髪は落ち着いた金色だ。
王族らしいきらびやかな服に身を包む兄と、王女とは思えない古いシンプルなドレスを着るエステル。
「何故そう思う?」
「我が国は大陸最強と名高い魔法騎士団を誇る国。アルディオンが求めているのは、我が国の魔法に関する知識なのではないでしょうか」
「つまり?」
兄がエステルに何を言わせたいかはわかる。本当は言いたくない。言いたくないけれど。
「私のような……『無能』は向こうが求めているものではないと思います」
「自分のことをよくわかっているではないか。エステル」
兄が酷薄な笑みを浮かべた。だがそれも一瞬。
「だが、アルディオンからは魔法が使える人材を、と求められているわけではない。それに、お前にも悪い話ではないと思うが? この国で、『無能』なお前を嫁にもらおうだなんていう奇特な人間はいないのだから」
「……」
兄の言うことは悔しいが正論だった。
ラグナリア王国では、魔法系の『祝福』を持っていないものの地位は低い。どんな名家の生まれだって、ある程度の年を取ったら家を出て自立する道を選ぶしかない。いないものとして扱われることもざらだ。
そして、それは王族のエステルも同じだった。
表向きは病弱な第一王女として、普段は離宮に押し込められている。受けた教育も、割り当てられる予算も最低限。殺されなかっただけマシなのだろう。
公爵家の子息にしかすぎないダリオがエステルに高圧的な態度を取れるのも、ダリオが『上級魔法』という『祝福』を持っているのに対し、エステルは魔法系の『祝福』を持たないからだ。
「王家に生まれた人間として、これくらいの責任は果たしてもらわないと困る。何のために貴重な予算をかけてお前を生かしていたと思うんだ。いいか。これは決定事項だ。お前のような『無能』にこのような機会を与えてやっただけでもありがたいと思え」
「承知、しました」
エステルに許された回答はこれしかない。エステルは兄に向かって深々と頭を下げた。
(アルディオン、か)
離宮の自室は、一国の王女のものとは思えないほどものが少ない。
部屋に戻ったエステルは、自室の質素なソファに座って大きくため息をついた。
兄は同盟の証などと言っていたけれど、おそらくこれは体のいい追放だ。
やんわりと結婚したいなら向こうで相手を探せ、と言われている。
エステルも十七歳。このまま離宮に閉じ込めておくよりもよい、と兄は判断したのだろう。最低限とはいえ、エステルがここにいる限り予算はかかる。
(たしかに、この国で、魔法が使えない私は『無能』だもの。この国で私は王女という役割は果たせない)
国外へ行く。
いつか王宮の外に出る。それは閉じ込められて育ったエステルの夢だったといってもいい。
これが同盟の証などではなく、普通の婚姻だったら、もう少し気持ちは明るかったのかもしれない。
ラグナリア以外の国では、魔法以外の『祝福』を持つ人間でも、差別されることなく、その力を生かして仕事をしていると聞く。
だったら、とエステルだって希望を持てたはずだ。エステルの『祝福』だって役に立てるかもしれない。
でも、今回は同盟の証。
先ほど兄に言ったようにアルディオンが求めているのは、魔法の知識ではないか。
小国のラグナリアが歴史上、数々の侵略を退けることができたのは大陸最強の魔法騎士団のおかげというのは有名な話。
その場合、エステルは求められていない存在になってしまう。
(ただ、アルディオンは大国よ。人道的な問題もある。期待外れの王女が来たとしても、そんなにすぐに追い出すようなことはしないはず)
エステルは、自分にそう言い聞かせる。
どちらにしろ、エステルのアルディオン行きは翻らないだろう。
(どのみち、この国に私の居場所はない)
だったら。
アルディオンが魔法が使えないエステルを見てどういう反応を示すかわからない。でも。
(私は、アルディオンで居場所を作るしかない……!)
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