22 確実な一歩
国境の戦いでラグナリアとアルディオンの連合軍が勝利を収めて十日。
ラグナリア王宮では戦勝報告会が行われることになった。活躍した騎士たちを表彰する会でもある。
ラグナリア王宮の大広間。エステルはヴィンセントや守備騎士団の団長と共に立っていた。
チラチラと周囲の視線を感じるのは、あまり見慣れない顔の人間がいるからだろう。
魔法系の『祝福』を持たない人間はほとんど社交界に出てこない。
エステルだけではなく、守備騎士団の団長も同様だ。
一段高いところには国王と王太子レオナルドがいる。
まずは国王から騎士たちへの労いと賞賛の言葉が贈られたあと、各騎士団の代表に褒美が与えられることになった。
国王の賞賛はほぼ魔法騎士団に対してのものだったが、この国に根付いたものを考えれば仕方ないのだろう。
宰相が表彰する人間の名前を読み上げていく。
最初に呼ばれたのは、先陣を切った魔法騎士団第二師団の団長だ。褒美が読み上げられる。
それからも騎士団長を中心に表彰が行われる。
(まさか、無視するなんてことはない、わよね……)
確かに大きな活躍をしたのは魔法騎士団だろう。だが、それも、守備騎士団の皆が魔法障壁の一角を崩し突破口を作ったからだ。その功績は非常に大きい。
「守備騎士団団長オスカー・ヴァレリー」
宰相から団長の名前が読み上げられる。会場がわずかにざわついた。
名前からはヴァレリー伯爵家の者だとわかる。しかし、無能である団長はほとんどいないものとして扱われてきたのだ。
そもそも守備騎士団の名前を知っている人間がどれだけいるかも怪しい。
守備騎士団団長が、堂々と赤い絨毯の上を歩き、国王の前に跪く。
「よくやった」
いたわりの言葉は他の騎士たちに比べると短かった。
けれど、魔法系の『祝福』を持たない人間が、こうして公の場で表彰されたのだ。
もちろん、手柄が認められたからといって、すぐにこの国の文化を変えるのは難しい。
それでもこれは、確実な一歩になるはず。
エステルとしても、自分の責任で送り出した彼らが、こうして表彰されることは非常に誇らしかった。
守備騎士団団長が表彰の最後だった。最後に王太子レオナルドの方から挨拶がある。
レオナルドはまず魔法騎士団の騎士たちに賞賛の言葉を述べる。
「魔法障壁という困難があったものの、最終的にイリス帝国の兵を押し戻すことができたのは、魔法騎士団の皆の力があったからだ」
そして、レオナルドがこちらを見た、気がした。
「だが、その裏で守備騎士団の活躍も伝えたい。魔法系の『祝福』を持たない彼らだが、腐ることなく鍛錬を続けていた。今回、魔法障壁を突破することができたのは、彼らの力があったからだ。その活躍の影には第一王女エステルの力があったことも伝えたい」
(――え)
レオナルドが守備騎士団の活躍を貴族の皆に伝えたことも意外だったけれど、まさか、エステルのことを口にするとは。
ずっといないものとして扱われていたのに。
今度はレオナルドの視線がしっかりとエステルに向けられる。
同時に会場からも注目が集まったのがわかった。
「守備騎士団の力を軽視した私に、守備騎士団の派遣を進言してくれたのは、他でもない第一王女エステルだ。彼女の『祝福』である『慧眼』は、人の可能性を見る力だ。エステルは守備騎士団の可能性を諦めなかったのだ。今回の戦いは確かに魔法騎士団が華々しい活躍をしたことは認める。ただ、その影にエステルや守備騎士団と言った、魔法系の『祝福』を持たずとも動いたものたちがいたことを忘れないでほしい」
まさか、こんな風に認めてもらえる日がくるなんて。
胸に熱いものがこみ上げてくる。
レオナルドの話が終わると、大広間は貴族たちの拍手に包まれた。
「よかったな。エステル」
エステルはヴィンセントの言葉にこくりとうなずいた。目頭に熱いものがこみ上げてくる。
今日はきっと、忘れられない日になる。
「エステル殿下」
式典のあと、エステルはヴィンセントと共にいるところを宰相に呼び止められた。
そう言えば、ラグナリアにエステルが呼び出された件は宙に浮いたままだった。
エステルの身体がこわばる。
そんなエステルを支えるように、ヴィンセントがぽんと肩を叩いてくれた。
「グランヴィル公爵令息の件で、私はあなたの力が有用だと思いました。だからこそ、国に残るべきだと考えました。ですが、あなたの力は先ほどレオナルド殿下が発表してしまった」
あ、とエステルは思う。
その通りだ。エステルたちが考えていた「エステルの力をみんなに知らしめる」ことは、今回図らずもレオナルドが達成してくれた形になる。
これで誰かがエステルの力を利用することは難しくなった。
「であれば、あなたにアルディオンとの架け橋になっていただいた方が、有用なようです」
エステルは宰相の言葉に目を見開いた。
「陛下には私からそう伝えておきましょう」
宰相は頭を下げると去って行った。
「ヴィンセント殿下。私、ラグナリアに残らなくてもいいってことですよね?」
エステルはくるりと振り返るとヴィンセントに尋ねた。
「ああ。――よかったな。エステル」
「はい!」
一番の憂いが晴れたエステルは、とびきりの笑みを浮かべた。
その夜、勝利を祝う夜会が行われた。
エステルにとっては初めての宴といってもいい。
といっても、ドレスなどを新調する余裕はなかったので、アルディオンを訪れた日に着ていたラベンダーのドレスだ。
違うのはハンナにしっかり髪の毛を編んでもらい、化粧をほどこしてもらったこと。
きらびやかなドレスに身を包む令嬢に比べたら、少し地味かもしれないが、祖国で夜会を経験できたことだけで十分だった。
そして何より、隣にヴィンセントがいてくれる。
もっとも――。
「ヴィンセント殿下。わたくしと踊っていただけませんか?」
さっきからひっきりなしにヴィンセントの元に令嬢からのワルツの申し込みが来ている。
ラグナリアでは珍しい黒髪。空色の瞳にすっと通った鼻筋。顔立ちが整っているのはもちろんのこと、どこか親しみやすい雰囲気なのもよいのだろう。
エステルをエスコートしているということで、祖国に婚約者はいないと令嬢たちはふんだようだ。
隣のエステルは、彼女たちには見えていないらしい。長らく社交界に出ていなかった無能王女だ。多少王太子が公の場で褒めたところで、その立場は変わらない。きっと簡単に蹴落とせると思っているのだろう。
もっとも、ヴィンセントの答えは決まっている。
「今日は踊らないと決めているんだ」
エステルはワルツを踊ることができない。そもそも習っていないからだ。
そう打ち明けるとヴィンセントは自分も今日は踊らないと言い切った。
「エステル殿下に遠慮なさってるんですか?」
食い下がる令嬢。確か彼女は侯爵家の令嬢だと名乗っていた。ヴィンセントが軽く首を振る。
「いや。俺が彼女以外と踊りたくないだけだ」
軽く抱き寄せられて、エステルは驚いた。
恥ずかしいけれど、少し照れくさい気持ちになる。
「そういうことだから」
令嬢はすさまじい形相でエステルをにらみつけると、きびすを返していった。
「……まったく。だから夜会は面倒なんだ」
そうぼやくあたり、アルディオンの夜会でも同じように令嬢たちに迫られているのかもしれない。
そう考えると、エステルの胸がもやもやした。
「エステル?」
そのモヤモヤがどうも表情に出てしまっていたらしい。ヴィンセントが不思議そうな顔をする。
エステルはいたたまれなくなって、視線をそらそうとして――まさかの人物が近づいてくることに気づいて固まった。
「レオナルド殿下」
ヴィンセントがかしこまる。そう、こちらへやってきたのは、レオナルドだった。
(何故に王太子殿下が)
「ヴィンセント殿下。今回はありがとう。アルディオンには改めて正式な礼状を出そう」
レオナルドの言葉がヴィンセントに向けられたことに気づいて、ヴィンセントに挨拶をしに来ただけと気づく。
二人は穏やかな雰囲気で会話を交わした。アルディオンとラグナリアの関係はこれからもよいままでいてくれるだろう。
「それで、エステル」
「は、はい」
すっかり油断していたエステルは、レオナルドに名前を呼ばれて慌てて姿勢を正した。
「借りは返した。お前の能力が知られた今、陛下や宰相も変な企みはできないだろう」
あ、とエステルは気づく。
レオナルドはそこまで考えてあの発表をしてくれたのだ。
「はい。宰相も諦めたようです。先ほどそんなことを言われました」
そうか、とレオナルドが短く言う。紫色の目がこちらに向けられた。
「改めて聞く。エステル。お前はどうしたい?」
「私は――アルディオンで生きていきたいです。私の力を生かせるところで」
レオナルドからの問いにエステルは迷わず答える。
「そうだな。私もそれがいいと思う。魔法系の『祝福』を持たないお前では、この国では生きづらい」
レオナルドが真面目な顔でうなずく。まさか寄り添ったことを言われるとは思わなかった。
「また何か言ってきたときは私に任せろ。魔法系の『祝福』を持たない人間からその力を搾取することは許されない」
きっぱりと言い切る。それがレオナルドの考えなのだろう。
「ヴィンセント殿下も妹を頼む」
「はい。任せてください」
エステルは思わず目を見開いた。
妹。そんな風にレオナルドが言ってくれるとは思わなかったのだ。
だから、エステルも少しだけ勇気を出してみる。
「ありがとうございます。お兄様」
「ああ。――幸せにな」
レオナルドがほんの少しだけ口角を上げた。初めて笑顔を見たような気がする。
ただそれも一瞬で消えてしまった。
「じゃあ。私はこれで失礼する」
レオナルドが去って行く。エステルはその後ろ姿をじっと見つめていた。
兄には兄なりの魔法系の『祝福』を持つプライドがあるのだろう。
(もしかして、お兄様は私のことを考えてアルディオンに行かせてくれたのかもしれない)
レオナルドに面と向かっていうつもりはない。でも、そう考えることは勝手だから、都合のよい解釈といわれようとも、エステルはそう思うことにした。
宴の雰囲気は十分に楽しむことができた。
これ以上会場にいても、ヴィンセントが令嬢たちに囲まれるだけであまり得もない。
エステルたちは少し先に会場を抜け出すことにした。
夜の庭。冷たい夜風がとても心地よい。二人でのんびりと歩く。
「私、アルディオンに帰れるんですね」
憂いは全部なくなったと考えていいだろう。エステルの気持ちはとても明るい。
ヴィンセントにそう微笑むとヴィンセントはくすぐったそうな顔をした。
「エステルにとって、アルディオンはもう帰る場所なんだな」
「あ」
そうだ。エステルの祖国はこのラグナリアだというのに。
「そうですね。いつのまにか、そうなっていたみたいです」
「俺は、エステルが我が国をそこまで気に入ってくれて嬉しいよ」
「はい。アルディオンの皆さんのおかげで、私は強くなれましたから」
アルディオンの経験がなければ、エステルはきっと兄に啖呵を切ることなんてできなかっただろう。
「そうか。だったら」
ヴィンセントがふと立ち止まった。二歩ほど進んでしまってから、エステルはそれに気づく。
「ヴィンセント、殿下?」
振り返ると、ヴィンセントがまっすぐにこちらを見ていた。
「エステル。アルディオンにいられる揺るがない理由を作ろうとは思わないか?」
エステルはヴィンセントの顔をはじかれたように見る。
ひゅうと冷たい風が吹いて、ヴィンセントの黒い髪を揺らした。
「理由、ですか?」
確かにエステルは同盟の証としてアルディオンに来ている。
それだけで十分揺るがない理由だと思うのだけれど、それ以上にあるのだろうか。
ヴィンセントは緊張した面持ちでうなずいた。
「ああ。エステル。俺と結婚してほしい」




