21 魔法系以外の『祝福』
守備騎士団を国境に派遣してほしい。
エステルの言葉にレオナルドが形の良い眉をひそめる。
「守備騎士団を国境に派遣、だと?」
守備騎士団は魔法が使えない無能の集まり。街の巡回だけが彼らの仕事。きっと兄の頭の中はこれくらいの認識だろう。
大丈夫。隣にはヴィンセントもいる。
「はい。国境ではイリス帝国の魔法障壁に苦労していると聞きました。我が国の魔法騎士は魔法に重きを置いています。それをイリス帝国も知った上の作戦のはずです。ですが、守備騎士団は魔法を使いません。魔法を使わない彼らなら、何か風穴を開けることが出来るのではないでしょうか」
レオナルドの紫の目がすっと細められる。
「きれい事だ。守備騎士団に何が出来る」
切り捨てるようなその言葉にエステルはカチンときた。
「出来ます! 彼らは騎士として誇りを持って毎日訓練をしています。彼らは皆、十分な可能性を持っています」
エステルは目の前のテーブルに手をつくと、身を乗り出して大きな声で主張した。
何故、『祝福』の種類が少し違うというだけで、こうも下に見られないといけないのだろう。
本来『祝福』は神から与えられたもの。そこに優劣などはないはずなのに。
「彼らなら、アルディオンの援軍がつくまでの間の時間稼ぎをしてくれるはずです。いえ、それ以上の突破口を開いてくれるかもしれません。何より、彼らは、どんな環境におかれても腐らずに訓練を続けてきたものたちです。彼らの力を信じてあげてもいいのではないでしょうか」
「……」
「今は、国境を守ることが一番大切なことではないのですか? この国では魔法の『祝福』が重んじられてきました。それ自体は否定しません。でも、その魔法が通用しない今、魔法以外の『祝福』を認めてもいいのではないですか?」
レオナルドは答えない。
エステルとしてもここまで言うつもりはなかった。
だが、話したことに嘘はない。
エステルはじっとレオナルドの目を見据える。このように向き合って話すのは、思えばこれが初めてかもしれない。
ほんの少し、レオナルドの視線が揺らいだような気がした。エステルはさらに言葉を重ねる。
「王太子殿下。このまま、国に被害が出てもいいのですか? 魔法の『祝福』を持つ人間のちっぽけなプライドのために、国民を危機に陥れていいんですか!」
レオナルドは答えない。
エステルの訴えは彼の心を動かせなかったのだろう。
やはり自分が無能だから。そんな考えが頭をよぎり、エステルは慌てて首を振った。
違う。エステルは無能じゃない。ただ、『祝福』が魔法系ではないだけだ。
それを教えてくれたアルディオンのためにも、今ここでエステルは踏ん張らないといけない。
守備騎士団ならきっと時間を稼げる。エステルは彼らの可能性を信じている。
ここでエステルができることは。
「わかりました。守備騎士団は私の責任で国境に派遣します」
エステルの宣言に、レオナルドの表情がわずかに動いた。
「正気か?」
「正気です。何があったとしても私が責任を取ります。なので王太子殿下は命令だけしてください。何か不測の事態が起きたときには私の全責任にしていただいてかまいません」
「……」
にらみ合いが続く。
根負けしたのはレオナルドの方だった。
「わかった。守備騎士団の派遣を認めよう。だが、守備騎士団の立場が立場だ。他の騎士団の協力は望めないと思え」
「わかりました」
エステルは深々と頭を下げた。
それでもいい。これが大きな一歩だ。
レオナルドは部屋を出て行ったところで、エステルはようやく身体の力を抜く。
どうやら知らぬ間にガチガチに力を入れていたらしく、身体がこわばっている感じがする。
(説得、できた……)
けんもほろろに追い返されることも覚悟していたのだ。エステルが責任を取る形とは言え、兄が派遣を認めてくれただけで大きな成果だ。
「よくやったな。エステル」
ヴィンセントがぽん、とエステルの頭を撫でた。
「俺も少しは口添えしようと思ったんだが、何も口を挟む隙がなかった。がんばったよ。エステル」
ヴィンセントの言葉がエステルの心にしみる。
「でも、派遣は勝ち取りましたけどそれだけです」
守備騎士団の皆に遠征のノウハウがあるとは思えない。
「まあ、その辺りは俺が手伝うよ。護衛として来ているアルディオンの騎士たちもいる。彼らそれなりに経験がある。大丈夫だ」
「ありがとう、ございます」
「いや、ラグナリアの国境を突破されて困るのはアルディオンだから、そこは気にしなくていい」
「はい」
ヴィンセントの手がエステルの背中に回る。抱き寄せられるような形になった。
ヴィンセントの体温が心地よい。そっと目を閉じる。
――が、今はそんなにゆっくりしている場合でもないのも確かだった。
ほんの少しだけ彼に身を委ねたあと、すぐにエステルはぱちりと目を開けるとヴィンセントに言う。
「とにかく時間がありません。守備騎士団に行って、国境へ行く準備をしましょう」
守備騎士団の皆には、レオナルドと直接話をすることは既に伝えてある。
彼らは皆、自分の力が役に立つのならば、国境へ行く、と答えてくれていた。
しかし、今までの経験から、半ば諦めてもいたのだろう。
守備騎士団の訓練場にエステルとヴィンセントが姿を現すと、皆がはじかれたように集まってきた。
「結果はどうでしたか?」
団長が代表してエステルに問いかけてくる。
エステルは意を決して伝えた。
「派遣が……決まりました!」
騎士たちが一様に目を見開く。信じられないとでも言いたげだ。
「ただ、派遣が決まっただけです。遠征についてはこちらのヴィンセント殿下とアルディオンの騎士たちの方が手伝ってくれます」
騎士の一人がエステルに問いかけてくる。
「俺たちが、本当に国境に行けるんですか?」
「もちろんです。王太子殿下の許可をとりました」
責任はエステルが取るのだけれど、そこまでは言わなくてもいいだろう。
「苦労もあるかもしれませんが、この国のために頑張っていただけますか?」
エステルは訓練場にいた守備騎士団の皆に問いかける。
帰ってきた返事は肯定だった。
「エステル殿下。あなたは一体どんな魔法を使ったのですか?」
団長が驚いたように尋ねてくる。
「どういった形であれ、上が私たちの存在を公に認めるようなことするとは思いませんでした」
「私は、ただ、あなたたちのことを伝えただけです」
エステルは緩く首を振った。
エステルだって、彼らの頑張りを知っていたから説得を考えたのだ。最初から力がないとわかっていたら、こんなことはしていない。
「いえ。ありがとうございます。せっかく殿下にいただいたチャンスですからね。あいつらがぐうの音も出ないような戦功を挙げてやりますよ!」
団長はにやりと笑う。彼らの士気は高い。きっとうまくいくはずだ。
そこからの準備は慌ただしかった。
ヴィンセントがいて本当によかったと思う。魔法騎士団の協力は望めないので、ほとんどがヴィンセントに頼るような形になってしまった。
超特急で準備を済ませ、翌日には国境に出発する。
ヴィンセントとエステルも帯同することにした。エステルは邪魔になるのがわかっていたので辞退しようとしたのだけれど、ヴィンセントに説得された形だ。
彼曰く「エステルがいると士気があがる」らしい。
守備騎士団の騎士たちは、皆真面目に訓練していたものの、こうして重要な任務につく日はこないと思っていたらしい。
士気は高かった。五日間かけて国境につくと、驚く第二師団の騎士たちを尻目に獅子奮迅の活躍を見せる。
魔法障壁を操っている魔法師たちのところへ果敢に攻めていったのだ。
イリス帝国側も、ラグナリアに魔法を使わない騎士団があるとは思ってもみなかったのだろう。
魔法対策はきちんとしていたが、それ以外に対しては正直手薄だった。動揺をうまくつけた形になったのは幸運だった。
守備騎士団の活躍により、魔法障壁の一角が崩れた。
そこからは、魔法騎士たちの本領発揮だった。もともとラグナリアの魔法騎士団は大陸最強の名前をほしいままにしている。
そしてアルディオンの援軍が無事に到着し――イリス帝国を無事に退かせることができた。




