20 守備騎士団
ラグナリア自慢の魔法騎士団の魔法攻撃が通用しない。
その事実にラグナリアの王宮は大騒ぎになっていた。
過去の実績もある第二師団が行けば大丈夫。そんな雰囲気が王宮に広がっていたからなおさら。
そちらの対応にかかりきりなのか、宰相が動きを見せてくることはない。
エステルと結婚した者に爵位を与える、という噂は実際に流れていたらしいが、今はすっかり下火になっている。
だが、宰相が諦めたとは思えない。また接触してくる可能性は十分にある。今がそのときではないだけだ。
先日の議会で、追加で第三師団も派遣されることになった。第三師団は剣術と魔法のバランスが取れている。
「が、おそらく無理だろうな」
ヴィンセントの評価はばっさりだった。
魔法騎士団内はピリピリしているらしく、ヴィンセントは守備騎士団の方に避難している。有事のときに困らないかと聞いてみたら、どこにいるかは告げてあるし、定期的に様子を見に行っているから大丈夫だ、と言葉が返ってきた。
訓練場では、守備騎士団の騎士たちが剣術の練習をしている。模造剣で打ち合う音が響く。エステルとヴィンセントはそれを並んで見ていた。
彼らは国の危機でも自分たちの出番がないことを悟っている。それでも少しの可能性に賭けて、こうして訓練を続けている。
「ラグナリアの魔法騎士団は騎士という名はついているものの、他国だったら魔法師団に近い。魔法偏重なんだよ」
確かにそれはエステルも思ったことがある。
アルディオンの魔法騎士たちは、あくまで剣が主体。魔法は強くなるための道具の一つだ。だが、ラグナリアの魔法騎士たちは、魔法が主体。剣はお飾りに近い。
第三師団は比較的マシというだけで剣術についてはまだまだ足りないようにヴィンセントには見えるらしい。
アルディオンの騎士団の応援が来るまであと一週間はかかる。それまでラグナリアの騎士たちは持つことが出来るのだろうか。
「イリス帝国は何度かラグナリアと剣を交えて、その魔法に偏った魔法騎士団のことを知っていた。その対策が見えたから、満を持して仕掛けてきた、ということだろうな。ちらちら姿を見せて、前と同じように挑発して――絶望に落とす」
魔法が通用しないのであれば、歯が立たないのではないか。そう思っているから魔法騎士たちはピリピリしているのだろう。
今まで信じていたものが壊されてしまったような形なのだ。
「ある程度私が魔法騎士の剣の可能性を見ることができるかもしれませんが……間に合うわけがありませんよね」
そもそも魔法騎士の可能性を見たところで、プライドの高い彼らがエステルの言うことを聞くとはとても思えない。
「そうだな。アルディオンの応援が来るまでなんとか持ちこたえてほしいものだが」
(どうにかする方法はないの?)
エステルは懸命に考える。
イリス帝国との本格的な戦争は避けたい。その影響はラグナリアだけでなく、アルディオンにも及ぶからだ。
アルディオンの騎士たちがついたら、ヴィンセントだって国境へ行くことになる。
「守備騎士団の皆は出陣しないんでしょうか?」
彼らなら、そもそも魔法を頼りにしていない。ある程度時間を稼ぐことができるのではないだろうか。
足りないところもあるだろうが、それでもなすすべもない魔法騎士よりはましにも思える。
「ああ。俺も同じことは思ったんだ。団長も国のために出来ることはしたいって言っていたし。だから俺も軽く話題に出してみたんだが、一笑に付されたよ。無能と馬鹿にしている者たちが何かを成し遂げられるはずがない、と思っているようだった」
エステルが思いつくことは、当然ヴィンセントも思いついていたようだ。
「ヴィンセント殿下から見て、守備騎士団のみなさんの腕はどうなんですか?」
「環境を考慮に入れれば十分過ぎるほどだよ。うちの騎士団と比べてもトップクラスの人間も数人いる。が、そう訴えても誰も聞く耳を持たない。無能が役に立つわけがない、といった調子だな」
エステルはその話を聞いて、だんだんムカムカしてきた。
今は有事だ。国を守る騎士団なのだから、使えるものは何でも使って国を守るべきではないのだろうか。
守備騎士団は拒否しているわけではなさそうなのに。
「だったら、アルディオンに頼るのはありなんですか? アルディオンの騎士たちだって、魔法系の『祝福』を持っているのは魔法騎士以外は一部でしょう?」
「まあ、それはそれで別ものなんだろう。それに、こちらも派遣する騎士たちについては、魔法騎士を前面に押し出すつもりだ。そうしないと厄介だから」
他国にこんな余計な気を遣わせるラグナリアが情けない、とすら思う。
「でも、それでアルディオンの騎士たちは納得するんですか?」
「ああ。納得したよ。君の祖国での扱いを知っているから」
「――え?」
国で冷遇されていた話を声高に広めた覚えはない。
ヴィンセントが慌てて手を振った。
「あ。誤解しないでくれよ。俺が話したわけじゃない。そうじゃなくて、君みたいな貴重な『祝福』の持ち主を国が手放すことがまず考えられないんだ。しかも君は、俺たちが普通に話を聞いただけで喜んでいただろう? それだけじゃない。アルディオンにもラグナリア出身の優秀な人間が何人かいて、何故この国に来たのかと尋ねると帰ってくる答えは同じだ。魔法系の『祝福』を持っていないから。君も彼らと同じだったと容易に推測できる」
「……」
「面倒だが、自国を守るためにも割り切ったって感じかな。ラグナリアが落とされたら、次に目をつけられるのはアルディオンだ」
エステルは大きくため息をついた。
本当に恥ずかしい。
この国で、魔法系の『祝福』を持つ人間が大きな顔をするのを許されていたのは、それはあくまで魔法によってこの国が守られていたからだ。
それはわかるけれど。
(どうにかしなくちゃいけない)
「私も守備騎士団のみんなにも国境へ行ってもらうべきだと思います」
だが、既に騎士団に掛け合ってだめだったとヴィンセントは言う。
だったらもっと上の人間に。
エステルの脳裏に思い浮かんだのは、王太子であるレオナルドの姿だった。
無能だと蔑まれていたとしても、エステルは王女なのだ。この国の危機を見過ごすわけにはいかない。
「ヴィンセント殿下。守備騎士団のみんなは、国境に派遣されることを拒否しないんですよね」
「ああ。団長に確認はとるが、皆、国のために出来ることはしたいと言っていた」
「だったら、私が王太子殿下に掛け合います。一応王女ですから」
「エステル……」
驚いたような表情を浮かべていたヴィンセントだが、エステルの決意に満ちた目を見て考えを変えたのだろう。にやりと笑った。
「そうだな。俺も、らちがあかないと王太子殿下に直談判しようかと思っていた。一緒に行こう。エステル」
翌日。
約束の場所にレオナルドは少し遅れてやってきた。後ろには侍従も連れている。
王宮の応接間の一つだ。
銀髪紫目の冷徹な隙のない美貌が、今日は少しやつれているように見える。魔法障壁のことで王宮がばたついているせいだろう。
レオナルドはまっすぐ歩いてくると、エステルとヴィンセントに向き合うようにして座った。
「それで話とは何かな。ヴィンセント殿下」
レオナルドはヴィンセントの隣にいるエステルには目もくれずに言った。エステルとしては存在を無視されるのは予想通りの行動だったので特に気にならない。
「国境の状況についてです。イリス帝国の生み出した魔法障壁に苦戦していると聞きました」
レオナルドが苦い顔を浮かべる。
「それについては、我が国の魔法師が全力で解析中だ」
「めどは立ちましたか?」
「……」
すぐに答えが返ってこないのが答えなのだろう。
「アルディオンの騎士団の状況はどうだ?」
「予定通りです。もちろん急がせてはいますが、何しろ隊の規模が大きいのでうまくいかず。おそらく予定通りでしょう。先に小隊をよこすことは出来るそうですが」
ヴィンセントが淡々と答える。
「それでもかまわない。出来るならお願いしたい。――話というのはアルディオンの騎士団のことか?」
レオナルドの問いかけに、いえ、とヴィンセントは首を振った。
「俺は付き添いです。エステル」
ヴィンセントが名前を呼んで、初めてレオナルドの視線がエステルに注がれる。
冷たい瞳。いつもならひるんでいたかもしれない。
でも、今は怯えている場合ではないのだ。
(大丈夫。私は正当なお願いをするだけ)
自分にそう言い聞かせる。
「お前が、何を?」
ひんやりとした声音。でも、エステルは言わなければならない。
エステルはしっかりと目の前にいるレオナルドに視線を合わせた。
「王太子殿下。国境への守備騎士団への派遣を検討ください」




