19 王太子レオナルド
宰相の思惑にはまらないように、エステルの力を知らしめる。
口にするのは簡単だけれど、なかなか具体的な方法は思いつかない。
アルディオンのように、一人一人に声をかけて少しずつ力を知ってもらう、という方法は使えない。
この国で話を聞いてもらうには、魔法系の『祝福』を持っていることが必須条件だからだ。
だからといって、話を聞いてもらうために魔法系の『祝福』を持っている人間に協力を仰いだら、結局は宰相がやろうとしていることと同じになってしまう。
なかなか突破口が見つかりそうにない。それはヴィンセントも同じようだった。
ヴィンセントが側にいるおかげで、宰相が具体的に接触してくることはないが、時間稼ぎにすぎないことも自覚している。
油断はできない。
ラグナリアに来て五日。
エステルは、ここ数日、王宮にある騎士団の敷地内にある小さな訓練場に来ていた。
ここにいるのは、エステルと同様に魔法系の『祝福』を持たないものたちだ。守備騎士団と呼ばれている。
たとえ名家の生まれだったとて、この国では魔法系の『祝福』を持たないと当主になることができない。
組織上は魔法騎士団と同じ王国騎士団に所属しているが、割り当てられている予算も非常に少なく、軽視された存在だ。
今だって有事だというのにここの団長は団長会議に加わっていないのがその証拠だろう。
彼らは、巡回や警戒などの地味な仕事を任されている。
中には剣術系の『祝福』を受けており、他の国だったらとても重用されていただろう者もいる。
――同じように魔法系の『祝福』を持たないひとであれば、ラグナリアの人間でも話を聞いてくれるのでは?
そう思ったエステルは、ヴィンセントが魔法騎士団で話をしている間、この騎士団で可能性を見ようと思ったのだ。
団長は思いの外歓迎してくれた。
「あのノートはエステル殿下のものだったんですね」
団長はエステルがこっそり届けていた可能性を見たノートの存在を知っていた。それどころか、訓練にそれぞれ取り入れていたらしい。
届いていたと聞いて、エステルはとても嬉しくなる。
それから、毎日エステルは騎士たちの可能性を見ていた。同じ魔法系の『祝福』を持たない同士、親近感のようなものさえ生まれている。
ただ、彼らに思いの外悲壮感はなかった。何故かと聞くと、巡回で出会う街の人々には感謝されているからだという。
魔法至上主義のラグナリアとて、平民には魔法系の『祝福』を持たない者も多い。
平民にとって魔法系の『祝福』は憧れであって、持っていないからといって差別対象にはならないのだという。
ラグナリアに戻ってきて、唯一よかったと思えるのが、彼らとの出会いだった。
エステルは彼らと話しながら、一人一人の可能性を見ていく。
彼らは自分たちの境遇に負けることなく、前向きに頑張っている。そういった人材だけが残っているのだと団長は笑った。
「エステル!」
ヴィンセントの声がして、エステルは振り返る。どうやら打ち合わせが終わったらしい。
イリス帝国の国境付近での動きが活発になってきたらしく、ヴィンセントも忙しいようだ。既にアルディオンの騎士団とも連絡を取っていると聞く。
エステルは騎士たちに別れの挨拶をして、ヴィンセントの隣に並ぶ。
「今日も楽しかったようだな」
「はい。もっと前から話をしておけばよかったと思ってます」
「仕方ないよ。君は、自分の話を聞いてくれる人がいる、という発想がなかったんだから」
ヴィンセントの言う通りだ。無能の話なんて誰も聞いてくれないと思っていた。だからこそ、そっとノートを残すのが精いっぱいだったのだ。
今日会った出来事などを話しながら部屋へと向かう。もっとも、ヴィンセントの話は機密が多いので、エステルが話す時間が長くなる。
もう少しで王宮の本殿に近づく、というところで。
「ヴィンセント殿下!」
ヴィンセントの名前が呼ばれて、二人は足を止めた。こちらに駆けてきたのはラグナリアの若い魔法騎士二人だった。
魔法騎士はエステルには目もくれず、ヴィンセントに告げる。
「すみません。国境付近でまた新たな動きがあったようです。一緒に来てもらえるでしょうか?」
ヴィンセントが困ったようにエステルを見る。
「エステル殿下を送ってからじゃだめか?」
「エステル殿下については、彼が責任を持ってお送りしますので」
騎士のうち一人が頭を下げる。その表情からは珍しくダリオのようなあからさまなさげすみは感じられなかった。
「ヴィンセント殿下。騎士団に戻ってください」
エステルのためにヴィンセントの評判を下げるわけにはいかない。
「わかった」
ヴィンセントが声をかけた騎士とともに去って行く。
「では、お送りしましょう」
エステルは黙って頭を下げた。
ラグナリアの人間――魔法系の『祝福』を持つ人間は基本的に信用しないようにしている。
しばらく無言のまま歩いていると、急に騎士が立ち止まって、エステルの方を向いた。
「エステル殿下。私を選んでもらえませんか? 宰相があなたの夫を探していると聞きました。選ばれれば爵位がもらえるとか」
突然の話にエステルはきょとんとしてしまう。
「お飾りせずきちんと愛します! まあ、子供を作るのだけは諦めてもらわなくてはいけませんが、でも、その辺りは殿下もご理解されていますよね?」
口調が若干好意的なだけで、言っていることはダリオと同じだ。むしろ、これでエステルに優しくしてやってると思っているのだとしたら、たちが悪い。
すうっとエステルの頭が冷えていく。
「私は、その話はお断りしています」
王宮までもう少し。一人でも大丈夫だろう。
さっさと戻ろうとすると、思いの外強い力で手首を掴まれる。
「離すものか。こっちだって必死なんですよ。爵位を手に入れるチャンスを……」
ぞわりとしたものが全身に広がる。
「何をやっている!」
鋭い声が響いた。騎士の顔色が面白いくらいに蒼白になっていく。それもそうだろう。
「王太子、殿下」
騎士が震える声で言う。
そう、現れたのは、この国の王太子でエステルの兄であるレオナルドだった。
相変わらず氷のような冷たい表情を浮かべている。
「ところ構わず女性を口説くのは感心しない。しかも……」
兄はエステルをちらりと見た。おそらく騎士はその先の言葉を悟ったのだろう。――無能王女。ぱっと手が離れる。
「あと一つ。宰相が何を言っているかは知らないが、無能のために用意する爵位はない」
騎士が目をまん丸にする。爵位をもらえるのでなければ、エステルを妻にするメリットなどないのだろう。
「爵位がほしかったら、地道に努力することだ」
「も、申し訳ありませんでした!」
騎士は頭を下げると、逃げるようにその場を去って行った。
(まさか、王太子殿下に助けられるだなんて)
いつも蔑むような視線で見られていた記憶しかない。今だって、その記憶と表情はほぼ変わらないというのに。
ただ助けられたことは確かだ。礼は言っておくべきだろう。
「ありがとうございました。困っていたので助かりました」
「――お前が戻ってくるとは思わなかった」
「え?」
レオナルドから発せられた言葉に、エステルは瞬きをした。思わず彼の顔を見つめてしまうが、やはり感情は読めない。
「どうして、戻ってきた」
まるでエステルが戻ってきたことを責めるようにも聞こえた。
(やっぱり、今回の件に、王太子殿下は絡んでいない)
「私が命令を無視することで、ラグナリアとアルディオンの関係を悪くしたくなかったからです」
エステルは正直に述べる。
じっとレオナルドの紫の瞳がエステルに向けられる。思わず構えてしまったが兄は短く「そうか」と言っただけだった。
失礼します、と一度頭を下げて、エステルは自分の部屋へと向かう。呼び止められるようなことはなかった。
翌日。エステルは守備騎士団にいた。なんだか朝から騎士団がざわついている。
もっとも、そのざわつきから、守備騎士団は完全に切り離されていた。
「イリス帝国関連で動きがあったみたいですね。魔法騎士団が遠征準備に入っているようです」
情報を探ってきた騎士がそんな報告を持ってきた。彼らも騎士だ。イリス帝国との緊張状態への関心は高い。騎士たちにも緊張感が流れる。
国境で怪しげな動きをしていたらしいけれど、踏み込んでしまえばそれは開戦したことになる。挑発と開戦は違う。そう簡単に攻め込むことは出来ないはずなのだ。
おそらく見過ごせない何かは起きたのだろう。
「まあ、何があったとしても、俺たちは今まで通り訓練をするだけだよ」
一人の言葉に、少し雰囲気がやわらぐ。
守備騎士団が遠征する可能性はない。そもそも戦力に入っていないのだ。
それらをわかっていながらも、前を向ける彼らはすごいとエステルは思う。
いつも通り訓練をする彼らのために、エステルは『慧眼』をつかって可能性を見る。
そんな中、ヴィンセントが守備騎士団にやってきた。
「やはり、イリス帝国が動いたんですか?」
声をかけたのは騎士の一人だ。ヴィンセントは『祝福』に関する差別をしないので、守備騎士団の騎士たちともうまくやっている。
ヴィンセントがうなずく。
「ああ。もう既に知っていたか。その通りだ。ひとまず、魔法騎士団第二師団が国境に向かうことになった」
第二師団はこういったときに先遣隊になることが多い。もちろん、ラグナリアの魔法騎士ということで実力も折り紙付きだ。
彼らが行くなら大丈夫だろう、という雰囲気が騎士たちに広がっていく。
知りたいことを知った彼らは訓練に戻っていった。
エステルとヴィンセントがその場に残される。
「ヴィンセント殿下はどうされるんですか?」
「俺はまだ待機だ。ただ騎士団の詰所の方にいなくてはいけなくなるだろうな」
こうなってしまうと、エステルの力を知らしめる、なんてことを考えている余裕はなさそうだ。
ひとまずはイリス帝国との緊張状態がうまく緩和されることを祈るしかない。
が、結局、一週間後、イリス帝国はラグナリアの魔法騎士団が国境に現れたのを見計らったかのように攻撃を仕掛けてきた。
もちろん、魔法騎士団は応戦する。
しかし、大陸最強の魔法騎士団は苦戦していた。
その理由はすぐにわかる。
イリス帝国はかなり強力な魔法障壁を開発していたのだ。
ラグナリアの魔法騎士団の魔法を跳ね返してしまうような丈夫な障壁を。




