18 ラグナリア王宮再び
三週間後。
エステルはヴィンセントと共に、ラグナリア王宮の王の間にいた。
前回ここにきたときは、もう二度とこの場所に足を踏み入れることはないと思っていたのに。
決められた挨拶のための口上を述べ、顔を上げる。
玉座にふんぞり返った国王は、エステルの姿を見て驚いたような顔をした。おそらく、前に会ったときと別人のようになっているからだろう。
この国を出る前のエステルは、やせっぽちでみすぼらしかった。でも、アルディオンの温かい環境のおかげで、エステルは見違えるように年頃の少女らしくなっている。
「ヴィンセント殿下。ようこそラグナリアへ。そしてエステル。よく帰ってきた」
うわべだけのいたわりと伝える父の横には、いつもより不機嫌な表情を浮かべた兄の王太子レオナルドが立っていた。
さすがにヴィンセントが一緒なので、うわべだけでも取り繕うようだ。王太子が口を開くことはない。これだけでも、彼についてきてもらって良かったのかもしれない。
きっと、エステル一人で戻ってきたら、あっという間に以前の扱いと同じに戻っていただろう。
父がエステルを呼び戻した理由を告げるかと思ったけれど、何も言わないまま、その場で挨拶は終わった。
ほっとしたようなそうでもないような。
今日は特に予定はない。明日以降、ヴィンセントは魔法騎士団の総帥である王太子と話をするようだ。
あとは部屋に戻るだけ。ヴィンセントの手前なのか、エステルにもきちんとした客室があてがわれている。
国王と王太子が去り、エステルもヴィンセントともに王の間を出ようとしたところで、案内役の宰相から声をかけられた。
「エステル殿下。あなたは残ってください」
宰相の細い目の奥には、エステルを下に見ているようなものが感じられる。ダリオと同じ目だ。
「宰相殿。私も一緒ではだめだろうか?」
エステルが答える前に、ヴィンセントが言った。
「あまり彼女を一人にはしたくない」
宰相が困惑した表情を浮かべる。
「いえ。これは我が国の話ですので、申し訳ありませんが他国の方には。エステル殿下もそれでよろしいですよね?」
「はい」
エステルはこくりとうなずく。
「わかった。じゃあ、話は聞かないので近くまでついて行ってもいいだろうか。彼女に縁談でも告げられないか不安なんだ。彼女に求婚中だから」
「は?」
宰相がぽかんとした。エステルに好意を持つなんて信じられないとでも言いたげだ。
「すでに書簡で連絡しているはずだが? あなたたちの話は聞かない。それでいいだろう?」
(すごく強引……でも正直助かる)
宰相は根っからのラグナリアの人間だ。魔法の『祝福』を持たないエステルは、どう扱ってもいいと思っている。
最悪、エステルが言うことを聞くまで監禁だってあり得る。
ヴィンセントは大国の王族だ。むげには扱えない。不本意であることをありありと顔に表しながら、ため息とともに宰相は言った。
「わかりました」
宰相に連れて行かれたのは、会議室の一つだった。ヴィンセントは言葉通り扉の外で待つらしい。宰相が苦い顔をしていたが、結局は何も言わなかった。
簡素な椅子に向かい合う形で座る。
「それで、話とはなんでしょうか? 急に私に帰国命令が下ったのと関係がありますか?」
エステルの方から尋ねられるとは思わなかったのだろう。宰相が目を見開く。
ごほん、と宰相が咳払いをした。
「そこまで把握されているのなら話は早い。あなたの『慧眼』を我が国のために使うことが有用だということが判明しました。今年の見習い騎士たちの出来が悪い――いえ、今までが異常だった。それは、グランヴィル公爵令息の力ではなく、あなたの力だったそうですね」
「……グランヴィル公爵令息に請われて、力を貸していたのは事実です」
「どうしてそのことを言わなかったのですか?」
「魔法以外の『祝福』には価値がないと切り捨てたのはそちらではないですか?」
エステルの反論に宰相はぐっと言葉に詰まった。
魔法以外の『祝福』だと判明した途端、幼いエステルの元からは誰もいなくなった。
話を仕切り直すためなのか、宰相が一つ息をつく。
「イリス帝国とも緊張状態にある今、あなたの力は国のために使うべきだ。グランヴィル公爵子息は王太子殿下が罰してしまいましたが、あれはやり方が悪かっただけだ」
そう言って、宰相は何人かの貴族令息の名前を挙げた。皆、上位貴族の次男か三男で、騎士だ。
「好きな男を選びなさい。あなたを嫁がせます」
――悪い意味で、予想通りの展開だった。
エステルは扉の方を少し盗み見る。姿は見えないけれど、ヴィンセントがいる。それだけで十分だった。
「そして、私の力を夫のために使え、ということでしょうか?」
まっすぐなエステルの言葉に宰相が言葉に詰まる。図星だったのだろう。
「お断りします」
「あなたには国を思う気持ちはないのですか? 私がわざわざ陛下を説得し、お膳立てをしてあげたというのに」
宰相は非難する。どうやら、この計画は宰相主導のようだ。
ラグナリアにはいい思い出など一つもない。
「ありません。あるわけがありません。この国での私の扱いを考えたら、想像することは簡単だと思います」
さっき宰相があげた貴族令息だって、エステルとの婚姻を了承するかはかなり怪しい。
宰相が言っている案は、ダリオが言っていることと変わらない。
「私が国のために力を使うとしたら、私の名前で私の言葉で聞いてくれる人のために使います」
「無能の言葉を聞くものがいるわけがないだろう!」
宰相が大声を出す。エステルは静かに言った。
「……それが答えです」
エステルは立ち上がるとわなわなと震えている宰相に一礼をした。
「だったら王命にしてやる!」
宰相が叫ぶ。そのとき、がらっと扉が開いた。
「何か、大声が聞こえたようだが」
「ヴィンセント殿下!」
ヴィンセントはさっと室内に視線を走らせると、エステルのとこへ寄ってきた。
エステルはほっと胸をなで下ろす。
「失礼。話の途中だったか?」
「いえ。ちょうど終わったところです」
エステルはそう言うと、ヴィンセントの腕を取った。ヴィンセントが目を丸くしている。
「エステル殿下。考えておいてください」
「早く、行きましょう」
宰相の言葉を振り切るように言うエステルの言葉に何かを悟ったのか、ヴィンセントはそのまま歩き出した。
ヴィンセントのためにあてがわれた客室で、エステルは宰相からいわれたことをヴィンセントに説明した。おそらく宰相主導で陛下に話がいったことも。
もちろん部屋にはハンナもいるし、ヴィンセントの侍従もいる。
「悪い意味で予想通りだったな……」
まったくもってその通りだと思う。
「とりあえず、ラグナリア滞在中はあまり離れない方がいいな。ある程度の抑止力にはなるだろう」
「でも、どうしていまさら私の力が必要だと言い出したんでしょうか。やっぱりグランヴィル公爵令息でしょうか」
「まあ、そうだろうな。あいつが君の力を自分の手柄として使っていた。君がいなくなってから騎士団ののびが悪くなった。ダリオ・グランヴィルは不正を行ったとして隊長職を剥奪され、地方に飛ばされたという話だ。不正の中身は明らかにされていないが、最近、指導力が落ちたことは知られていたから、そこに何かを感じることは難しくない」
「でも、やり口がグランヴィル公爵令息と一緒じゃないですか」
「選択肢を用意しただけでもマシじゃないか。そもそも、ダリオ・グランヴィルの態度から察するに、魔法系の『祝福』を持たない人間はどう扱ってもいいと思っているみたいだからな」
「……」
エステルはヴィンセントに返す言葉もなかった。
その通りの扱いを今までされてきたから。
「イリス帝国の脅威もあるし、魔法騎士団ののびが弱くなったと不安にかられたんだろう。だが、王命にされると厄介だな」
「そこなんですよね」
エステルはラグナリアの国民だ。王命と言われたら逆らうことはできない。
陛下に近い立場の宰相なら陛下を説得することも可能だろう。事実、エステルを国に戻すための書状は国王の名で出されている。
「それだけ切実にエステルの力が必要だということだろう」
「私はアルディオンに戻ることはできないんでしょうか?」
弱気な心が顔を出してしまいそうになる。そんなのは絶対に嫌なのに。
ヴィンセントと共にアルディオンに戻りたいのに。
(最悪の場合は逃げ出すしかない)
難しい顔で考え込んでいたヴィンセントが顔を上げた。
「いや、まだ可能性はあると思う」
「え?」
エステルは思わず顔を上げた。
「君の力が知られていないから利用しようとするんだ。だから、君の力を知らしめればいい」
確かにヴィンセントの言う通りかもしれない。でも。
「どうやってですか? この国では私の言葉なんて誰も聞いてくれません」
エステルが可能性を見たところで、誰も耳を傾けてはくれないだろう。
だからこそ、エステルはダリオの名前で力を使っていたのだ。
「そこなんだよな。まあ、俺は機会がある限り、君の能力について語ることにするよ」
ヴィンセントは『魔法』の『祝福』持ちだ。それなりに話は聞いてくれるだろう。
「ありがとうございます」
(私の力を知らしめる方法……)
そんなことできるのだろうか。ここはアルディオンではない。ラグナリアなのだ。
無能のエステルの話を聞いてくれる人はいない。




