16 転落
(無能のくせに、俺のことを拒否しやがって)
ダリオのはらわたの中は煮えくり返っていた。
さっきからイライラが止まらない。こんな状態で魔法騎士と接したら絶対にぼろが出てしまいそうなので、早々に王宮の客室へと戻った。ちなみに、長期滞在のエステルの客室とは遠く離れているらしい。場所も教えてもらえなかった。
手当たり次第、目につくものを投げつけてやりたい気分だったが、客室の惨状で変な噂を流されるのも困るのでぐっとこらえる。
(何が、ラグナリアに戻るつもりはない、だ)
正妻にしてやるといえば、エステルは尻尾を振って喜んでついてくると思っていたのに。
(俺はどうすればいい?)
エステルを正妻にして、『慧眼』で彼女が見た可能性をダリオ名義で発表する。
計画は完璧のはずだった。なのに。
(いや、まだ時間はある)
理解しようとしないなら、わからせてやればいいのだ。手段などいくらでもある。
この国で少しちやほやされているようだが、エステルは魔法系の『祝福』を持たない無能。それを改めて教えてやらなければ。
そうだ。そうしよう。
大人しくついてくるといえば、ひどいことはしなくて済んだのに。ダリオの神経を逆なでしたエステルが悪い。
頭をフル回転させて計画を練っていると、部屋の扉がノックされた。
食事の時間を告げに来たメイドだろうか。ダリオが扉を開けると、そこに立っていたのはヴィンセントだった。
エステルの全面的な味方になっている王子だ。きっとこの国で彼女を増長させたのもこの男だろう。
本当に余計なことをした。苛立ちしか感じないが、相手は王子なので形だけでも丁寧に接しなくてはいけないのが面倒くさい。
「ヴィンセント、殿下」
「ちょっといいか」
ダリオの返事を聞かないまま、ヴィンセントが部屋の中に入ってくる。
「突然なんでしょうか」
「その口調は不本意なんだろう? 別に素で話してもらってもかまわないよ。――エステルの件で釘を刺しに来たんだ」
にっこりとヴィンセントが微笑む。しかし目は笑っていなかった。
「何のことでしょうか」
「君がエステルの身柄と引き換えに魔法騎士の派遣をするって団長に言っていた件について」
ああ。そういえば、そんな交渉をした。流石に半年も経たないうちに人質であるエステルを連れ帰るのはまずいだろう。自分の隊から適当に使えない面子を代わりに送り込めばいいと思っていた。
「念のために、ラグナリアに問い合わせたんだ」
「は?」
「当然だろう。エステルをアルディオンに滞在させるのは、二国間の総意だ。それを覆そうという人間が現れたんだから」
嫌な汗が背筋を伝っていく。
アルディオンの滞在自体は魔法騎士団に許可をもらっている。だが、それだけだ。あくまでダリオは交流のために来たことになっている。
「貴国の王太子殿下からすぐに返事がきたよ。――そんなことは知らない、と。王太子殿下は君の勝手な行動にかなりご立腹のようだ。君宛にも書簡を預かってるよ」
そう言うと、ヴィンセントは懐から封筒を一通出した。
押しつけられたそれには、確かにレオナルドの封蝋が押してある。ダリオの顔から血の気が引いていく。
エステルさえ連れ帰ればどうにでもなると思った。レオナルドだって、エステルの嫁ぎ先がないから国外に出しただけで、国内にあれば文句は言わない。そう思っていたのだけれど。
(それは間違いだったというのか……?)
ダリオは震える手でレオナルドからの書簡に目を通す。
そこに書かれていたのは、ダリオの資質に著しく疑問が出たため隊長の地位を剥奪する、との文言。
もし言い分があるのであれば、十日以内に直接報告せよ、とある。
「何が書いてあった?」
ヴィンセントは妙に楽しげだ。おそらく中身を知っているのだろう。
脂汗がだらだらと流れる。
(十日後……だと)
アルディオンとラグナリアの道のりは馬車で二週間。
単騎で飛ばせば間に合うだろう時間ではある。
「早く帰った方がいいんじゃないか?」
「うるさい!」
(だが、無能王女はどうする? あいつがいないと駄目だ。だが、だが……)
「エステルを連れて帰ったら、資質に疑問を抱かれるだけだぞ」
はじかれたようにダリオはヴィンセントの顔を見た。口もとに薄く笑みを浮かべている。
「まさか、お前……」
ダリオがエステルの力をもって名誉を得ていたことをレオナルドに告げたとでも言うのだろうか。
レオナルドは魔法系以外の『祝福』を嫌っているが、それ以上に不正を嫌っている。
相手が王子であることを忘れ、そんな風に呟いてしまう。
ヴィンセントの笑みが深くなる。
「急に出発したいなら、こちらからそのことを伝えておくよ」
ダリオは盛大に舌打ちをした。とにかく今は急いで国に戻らなければならない。それが最優先だ。
最年少隊長の地位は何が何でも死守しなければならない。
猛然と帰り支度を始めたダリオを確認して、ヴィンセントは彼の部屋を出た。
ダリオがこちらに来ると聞いたときから、嫌な予感しかしなかったのでラグナリアの王太子に手紙を送っていたのだ。
エステルをアルディオンに預けることに積極的だったのは王太子だと聞く。
まともな国であれば、半年程度で前言を撤回することはない。そして、ラグナリアは多少排他的ではあるが、国としてはきちんとしている。
おそらく手紙を見て、すぐに返事をくれたのだろう。
やはり、今回の件はダリオの暴走だった。
(ほんと、仮にエステルが国に戻ると言ったら、どうするつもりだったんだ)
いくら公爵子息とはいえ、一隊長が隣国へ魔法騎士を送り込むことなどできるわけがない。
それをわかっているから、団長たちは非常に困惑していた。
「まあ、せいぜい急いで国に戻るといい」
ヴィンセントは廊下を歩きながら一人つぶやく。
レオナルドの手紙を受け取ったのは五日前。つまり、あと五日しかないのだ。まあ、馬を取り替えるなりすれば頑張れないわけではないし。
もちろん、それを彼に教えてやるつもりはない。
二週間後、王太子レオナルドから、ダリオの処遇について手紙が来た。
不正を行ったことにより、隊長職は剥奪。特に勝手にアルディオンの騎士団と交渉を進めていたことが越権行為と見なされたようだ。
不正の具体的な内容は発表されなかったが、皆が薄々ダリオの群を抜いた指導力に何かからくりがあったと察しているらしい。
地方の警備隊に飛ばされたらしい。貴族育ちのダリオには過酷な場所のようだ。逃げ出す者も多くいると聞く。
実家の公爵家からも勘当されたので、彼に逃げ道はもうない。
当然の報いだ。むしろ温すぎるくらいだ。
心の中で毒づくと、ヴィンセントは手紙をそっとしまった。
* * *
ダリオは何か急な用事が出来たらしく、急いでラグナリアに戻っていってしまった。ろくな挨拶もなかったと聞く。
アルディオンとの関係にヒビがはいったらどうするんだろうとエステルは不安になったが、ヴィンセントは気にしなくていいと鷹揚に笑ってくれた。
エステルとしては、連れ戻されることなくほっとしている。
なので――。
「エステル殿下! この前教えていただいた魔法を使えるようになったんです。次の可能性を見てもらえますか?」
見習い用の訓練場にエステルが姿を見せると、早速魔法騎士がエステルに声をかけてくる。
ダリオと話をして一週間。エステルは再び魔法騎士見習いの訓練場に足を運ぶようになった。もちろん『慧眼』で彼らの可能性を見るためだ。
見習い魔法騎士たちは何事もなかったかのようにエステルを歓迎してくれた。
『最近、エステル殿下に頼ってばかりでは駄目だなとみんなで反省したんです』
『特別協力者の仕事もあるから、力ばかり使わせては申し訳ないな、と』
ただ、ダリオが自分の方が素晴らしいと言っていたことも確かなようで、それも彼の目を気にしてエステルのところには行けなかったと謝罪をもらった。
「もちろんよ」
この騎士は、火と風両方同じくらい使うことができたため、どっちつかずになっていた。エステルの『慧眼』で風の方により可能性をみえたので、ひとまずそちらに絞ることにした。
いろいろな魔法をまんべんなく使えるのは悪くないが、魔法騎士はあくまで騎士だ。剣を主体とし、魔法は攻撃力をあげるためのもの。となると、一つの明確な武器がほしい。
エステルが見えるのはあくまで可能性とその可能性に近づくための道筋だけだけど、みんなに喜んでもらえるのが嬉しい。
同盟の証として追放同然でアルディオンに来たけれど、今では追放してくれた兄に感謝したい気持ちすら芽生えている。
エステルは改めて思う。
(私は、この国で生きていく)
読んでいただきありがとうございます。
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