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前世デザイナーの3歳幼女、ゴミみたいな魔法陣を直したら規格外の威力になった  作者: 千早 巽
第1章:覚醒・立身編

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第7話:その「正義」は、ただのクソデザインだ

「失礼する。魔導公会・隣町支部調査員、ルッツ・フォン・ベルンだ。……ここの主、エラはいるか?」


 平和な代書屋に、冷淡な声が響いた。

 父・カイルが丹精込めて磨き上げた羊皮紙の香りが漂う店内に、場違いな鉄とインクの臭いが混じる。

 ルッツは、不機嫌そうに鼻先を動かしながら、鋭い視線で店内を見回し、棚に並ぶ代書品や、作業台の上の道具を値踏みするように睨みつけた。


「最近、この辺境の代書屋が、公会の教本にない『奇妙な形』で魔導具をいじくり回しているという不穏な噂を耳にしてな。……ふん、これか」


ルッツは、カウンターに置かれた『豊穣の魔法陣』の正本を一瞥し、勝ち誇ったように鼻で笑った。


「エラ・クラフト。この魔法陣は数百年前、聖者様がこの土地に遺した救いの業だ。これを書き写し、大地の息吹を整えるのは、公会の魔導師だけに許された聖務。無資格の、それもただの代筆屋がこれに触れるなど、魔導の秩序を乱す不遜な禁忌はっと。今すぐそれを差し出せ。没収させてもらう」


 母・エラは、筆を握ったまま静かに立ち上がった。その指先は、領主から預かった領地の至宝を汚さぬよう、常に清潔に保たれている。


「没収は認められません。これは領主様が、昨年の不作を憂い、我が家の筆に望みを託して預けてくださったものです。代書屋として、受けた依頼を完遂する義務があります」


「望みだと?」


 ルッツは侮蔑の混じった笑い声を上げた。


「代書屋の綺麗な字が、大地の怒りを鎮めるとでも思ったのか? 領主も焼きが回ったな。公式な儀式を経ていない、ただの『絵』を聖堂に置くなど、呪いを招くだけだ。いいか、魔法とは選ばれし者が魂を削って形にするものだ。素人の引いた綺麗なだけの線に、何ができる!」


「不完全な修復、か。お兄さん、面白いこと言うね」


 踏み台の上で、棚の整理をしていたテラが、ひょいと顔を覗かせた。

 彼女の瞳には、かつて前世で徹夜続きの校閲作業をこなしていた時のような、冷徹なまでの「プロの光」が宿っている。


「ねえ、お兄さん。公会が書き直した魔法陣のせいで、去年みんながお腹をすかせた理由、本当はわかってるんでしょ?」


「……子供か。分かったような口を叩くな」


「あ、わかってないんだ。あはは、変なの!」


 テラは踏み台から飛び降りると、エラの隣に立ち、小首をかしげた。


「お兄さんたちが『すごいでしょ』って書き足したキラキラした飾り、あれ、ただの邪魔なゴミだよ? 線のウェイトが重すぎて、魔力が隣の線とくっつきそうになってるもん。 そんなに線を太らせて渋滞を起こしたら、摩擦熱がノイズになって、土地が焼けちゃうに決まってるじゃない。デザインのセンスがなさすぎるよ。装飾を優先して機能を殺すなんて、典型的な設計ミスだよね」


「……ウエイト? ノイズだと? わけのわからぬ出鱈目でたらめで煙に巻くつもりか! 我ら公会が何代にもわたって積み上げてきた荘厳な装飾をゴミと呼ぶとは……無知なガキが、魔導の深淵を語るなど片腹痛いわ!」


 ルッツの顔が怒りで赤黒く染まる。だが、テラは止まらない。一度スイッチの入ったデザイナーを止められる者は、この世界にはいない。


「だって、ゴミだもん。お母さんが今やってるのはね、お兄さんたちが汚しちゃったところをお掃除して、情報の階層ならびを整理してるだけだよ。お兄さんたちの線には、中心のズレがあるんだよ。コンパスを使っても、重心が右に寄ってる。ゼロコンマ数ミリだけどね。だから、魔法を動かした時にバランスが崩れて、一箇所に負荷がかかるんだ」


「貴様……なぜそれを……」


「見ればわかるよ。お母さんは魔法なんて使えないけど、お兄さんみたいに嘘はつかないよ。黄金比きれいなバランスに基づいて、一ミリも間違えないで、一番スムーズな線を写してるんだ。お兄さんの汚い線より、こっちの方がずっと力が通りやすいって、見ればわかるでしょ?」


 ルッツは奪い取るように、エラが書きかけの正本を凝視した。

 最初はせせら笑うつもりだった。だが、そこに描かれた圧倒的な可読性と、一点の濁りもない「線の正解」を見た瞬間、彼の専門知識が悲鳴を上げた。


(……ありえない。一介の代筆屋が、ここまで正確に……。これではまるで、積み重なったよどみが完全に削ぎ落とされ、数百年前に聖者が描いた『原典の鼓動』がそのまま蘇ったような……!)


「お兄さんたちは、自分たちが偉そうに見えるように描くけど、お母さんは、村の畑が元気になるように描いてるんだよ。領主様だって、お兄さんの難しい顔より、お母さんの『良い仕事』を信じたんだね」


「……っ、そんなはずは! 資格なき者の線に、魔法が宿るはずがない!」


「ふーん。じゃあ、試してみる? お兄さんの『ダメなデザイン』がどうしてダメなのか、わたしが今から教えてあげる」


 テラは迷いのない手つきで、カウンターの端に置かれた古い魔導灯を引き寄せた。隣町の公会が「保守管理」しているはずの、旧式の灯火だ。


「これもお兄さんのところでしょ? 角が鋭角すぎ。これじゃ魔力が角で跳ね返って、呼吸できないでしょ。ここを数ミリ単位で削除トリミングして、重心を真ん中に戻してあげれば……」


 テラは炭の欠片を手に取り、魔法陣の外枠に、ほんの一筋の線を「添えた」。


 ――シュン。


 不快な駆動音が消え、魔導灯は透き通った、温かみのある光を放ち始めた。その光量は、先ほどまでの三倍以上に跳ね上がっている。


「…………嘘だ。ほんの少し触れただけで、ここまで輝きが変わるのか……? 魔力を注いだわけでもないのに、なぜ……」


「これがデザインの力だよ、お兄さん。あ、デザインっていうのはね、『ちゃんとした形にする』ってこと!」


 テラはにこっと笑って、トドメを刺した。


「自分のバッジが大事なら、隣町に帰って支部長に言ってきたら? 『もう、お兄さんたちの下手っぴな書き写しには、誰もお金を払ってくれないよ』って。あはは!」


 ルッツは言葉を失った。

 正本を没収する名分は、テラの放つ光と、目の前にある「絶対的な正解」の前に霧散していた。彼が信じてきた公会の権威は、一人の子供が口にした「デザイン」という名のナイフで、完膚なきまでに切り裂かれたのだ。


「……今日は、引き上げる」


 ルッツは震える声で言った。


「だが、これで終わりだと思うなよ。これは、公会への反逆行為だ。支部長が……この『不祥事』を黙って見過ごすはずがない……!」


 逃げるように店を飛び出していくルッツ。

 テラはその背中を冷ややかな目で見送りながら、小さく息を吐いた。


「テラ……。あんな風に言い切っちゃって、大丈夫なの?」


 エラが不安そうに、だがどこか誇らしげに問いかける。


「大丈夫だよ、お母さん。わたし達は、領主様に頼まれた『良い仕事』をしてるだけだもん。それに……」


 テラは、エラが描き上げた魔法陣を見つめた。


「お母さんの引いたこの線が、一番の『正解』だってことは、あの公会の人も心の中では気づいてたよ。プライドが高すぎて、認められなかっただけ」


 テラは窓から見える、広大な領地の畑へと目を向けた。


「さあ、仕事に戻ろう? 収穫期までに、この村のシステムを全部アプデして、最高に『綺麗な』秋にしてあげなくちゃ」


 店内に、再びカイルの磨き上げた紙の音と、エラのペンが走る音だけが響き始めた。それは、新しい時代の「魔法」が刻まれる音だった。


第7話をお読みいただきありがとうございます!


今回は、テラが「デザイン」の力で公会の古い権威を切り裂く、爽快な「ざまぁ」回でした。魔法を「回路」として捉える彼女の視点が、いよいよ村全体の運命を変え始めます。


次回の第8話からは、敗走したルッツがもたらす不穏な影と、テラによる「村のOSアップデート」が始まります。アルノや家族、村の人々を巻き込んで加速していく物語を、どうぞお楽しみに!

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