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前世デザイナーの3歳幼女、ゴミみたいな魔法陣を直したら規格外の威力になった  作者: 千早 巽
第1章:覚醒・立身編

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第6話:【リデザイン】のガイドライン

 銀のペンが完成してから数日。

 私の生活は一変した。といっても、表向きは相変わらず「積み木遊びが大好きな3歳のテラ」のままだ。けれど、母・エラが席を外す昼下がりの代書屋は、今や異世界で最も先進的な「デザイン事務所」へと変貌していた。


「……お母さん、ここ。この文字の『足』、長すぎるよ。お隣の線とくっついて、魔力が『ノイズ』になっちゃう」


「……ノイズ?」


 エラは、私の指示通りに銀のペンを握り、困惑したように眉を寄せている。


 あの日、私たちが結んだ「秘密の共同作業しごと」。

 それは、エラが外部から受注してきた魔法陣の依頼を、私が裏で『添削』し、リデザインした上で、エラが清書するというワークフローだった。


 私は、エラの横に並べた踏み台の上に立ち、炭で汚れた小さな指で羊皮紙を指差した。


「魔法陣は、ただの絵じゃないの。魔力を正しく運ぶための『道』なんだよ」


「道……。テラ、あなたは時々、本当に不思議なことを言うわね」


「テラ、お利口さんだから。本に書いてないこと、いっぱい見えるの」


 危ない。ついプロの顔が出てしまう。私は慌てて子供らしい言い訳で誤魔化した。

 けれど、目の前の魔法陣――隣町の有力者から持ち込まれた、古臭い『魔導灯』の修理案――を見つめる私の目は、どうしても冷徹なデザイナーのそれに戻らざるを得なかった。


 ひどいレイアウトだ。

 情報の優先順位ハイエラルキーが全く整理されていない。

 伝統という名の「ヒゲ」のような装飾が、魔力の流れを邪魔して、行き場を失ったエネルギーが熱になって漏れ出している。このままでは点灯から数分で本体が焼き切れるだろう。


(……典型的な、クライアントの『全部盛り要求』に負けた設計ミスね)


 私は、エラの手元に置かれた教本を、3歳の短い腕でバサリと閉じた。


「お母さん。この本、もう見なくていいよ。……これ、線が多すぎて、テラ、目が疲れちゃう。もっと、すっきりさせなきゃ」


「えっ? でも、これは魔導公会が定めた正典よ?」


「だめ。……これじゃ、魔力が『渋滞』しちゃう。テラが直してあげる」


 私は、銀のペンを手に取ると、羊皮紙の余白に、一切の無駄を省いた「サンセリフ体」のような魔導文字をさらさらと書き込んだ。


 ――カツ、カツ。


 銀のペン先が、心地よいリズムを刻む。

 重心を低く設計したおかげで、3歳児の未発達な握力でも、驚くほど正確なベジェ曲線が引ける。


「お母さん、これが『決まり』だよ。魔法陣を『四角いお部屋グリッド』で区切って、みんな同じ広さにするの。そうすれば、魔力さんは迷子にならないで、すぐにお外に出られるよ」


「決まり……お部屋……。テラ、あなたの言っていることは難しいけれど、でも……」


 エラが、私が描き出した「リデザイン案」を見つめ、ゴクリと唾を呑み込んだ。

 そこにあるのは、異世界の住人が見れば「素っ気ない、子供の落書き」にさえ見えるかもしれない、究極のミニマリズム。

 けれど、そこには黄金比に基づいた完璧な均整バランスと、魔力の流体ダイナミクスが同居していた。


「……美しいわ。魔法陣が、生きているみたい」


「さあ、お母さん。ここにお手本を描いたから、同じように描いて。テラ、隣で見てるから」


 ここからが、私たちの本当の「共作」だった。

 アートディレクターとしての私と、オペレーターとしての母。


「そこ、あと少しだけ狭くして。線が太って見えるよ」


「あ、あと……これくらい?」


「うん、いいよ。そこで魔力を『すーっ』て流して。……ほら、きれいな線になった」


 3歳児にダメ出しをされる母親、という異様な光景。

 けれど、エラの銀のペンから紡ぎ出される線は、彼女自身のこれまでの二十数年のキャリアを軽々と凌駕し始めていた。


 私の「理論」と、エラの「熟練」。

 二つの才能が、3歳児の小さな手のひらの上で、完璧に同期リンクしていく。


 数時間後。

 リデザインされた『魔導灯』が、作業机の上で完成した。

 エラが、震える指で魔力を流し込む。


 ――シュンッ。


 瞬間。

 代書屋の薄暗い工房が、これまで見たこともないような「透明な白光」に包まれた。


 眩しくはない。けれど、部屋の隅々のチリひとつまで見えるほどの、圧倒的な明るさ。

 そして何より驚くべきは、数分経っても本体が全く熱を帯びないことだった。


「……ありえないわ。熱が全然出ないなんて。これ、理論上は不可能よ」


「ちがうよ、お母さん。これが『正しい形』にした結果だよ」


 私は満足げに鼻を鳴らした。

 魔力を光に変える際、不必要な「装飾」という名の抵抗をすべて排除した結果だ。

 前世で、無駄なエフェクトを削ぎ落としてUIの応答速度を極限まで高めた時の、あの快感に似ている。


 けれど、この「オーバークオリティ」は、やがて平穏を乱す火種となる。


 数日後。

 修理された魔導灯を隣町の有力者に納品したエラは、これまでにないほどの高額の報酬と、そして……何とも言えない困惑の表情を浮かべて帰ってきた。


「……テラ。大変なことになったわ」


「どうしたの? お金、少なかった?」


「ううん、その逆。……あまりの性能の良さに、隣町に駐在している『魔導公会の調査員』が興味を持ってしまったみたいなの」


 エラの顔が、不安で強張っている。


「辺境の代書屋が、公会の知らない『変な形の文字』で、すごい魔導具を作ったって……。彼らはそれを、悪い魔法か、なにかの間違いじゃないかって疑っているわ。明日、ここに調べに来るって」


(……市場のレスポンスが早すぎるわね)


 私は、積み木を積み上げながら、内心で冷たく笑った。

 伝統という名の「ノイズ」に浸りきった魔導師たちが、私のデザインを見た時、どんな顔をするのか。


「大丈夫だよ、お母さん。テラ、お利口さんにしてるから」


 3歳児の無垢な笑顔の裏で、私は脳内のキャンバスに、次なる「対抗デザイン」を描き始めていた。

 相手が権威を振りかざしてくるなら、こちらは「圧倒的な品質」という正論で黙らせるまで。


 リデザインのガイドライン。

 それは、この世界の古臭い魔法体系を根底から書き換える、宣戦布告でもあった。


 ――翌日。

 代書屋の扉が、不躾に、かつ威圧的にノックされる。


「失礼する。魔導公会・隣町支部調査員、ルッツ・フォン・ベルンだ。……ここの主、エラはいるか?」


 いよいよ、最初のアプデ(更新)の時が来たようだ。

 私は積み木を崩し、その音を合図に、3歳児の仮面を深く被り直した。


お読みいただきありがとうございます!


ついに不穏な影「ルッツ」が登場しました。

古い伝統を重んじる彼に、テラの「新しい魔法の形」は通用するのか。

次回、いよいよ専門知識でエリート魔導師を圧倒する展開が始まります!


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