第15話:鑑定人の眼と論理の審判
河原での襲撃事件から数日。村の入り口には、不吉なほど豪奢な馬車が停まっていた。
村の大人たちがついた「自警団が迅速に対応した」という場当たり的な嘘の綻びを、領主の側近が容赦なく突きに来たのだ。
村長の家の応接室には、胃が焼けるような沈黙が満ちていた。
中央の椅子には、冷徹な灰色の目を持つ領主の側近、アルリッヒ。その隣には、鑑定人ガラムが、現場から回収された石の礫を手に控えていた。
対面に座らされたのは、私とアルノ。そして背後には、カイル、エラ、アルノの父・バルト、母・ミラの大人たち。さらには私の兄・ジークまでもが、処刑を待つ罪人のような面持ちで立っていた。
「……さて。カイル殿、バルト殿」
アルリッヒが、静かに、しかし抗いようのない威圧感を持って口を開いた。
「自警団の報告書によれば、あの日、河原に現れた刺客を追い払ったのは、お前たちの迅速な連携によるものだとなっていたが……ガラム。鑑定結果を述べよ」
ガラムが、一歩前に出る。その手にある石の礫は、刺客が放った物理弾だ。
「……現場を精査しましたが、閣下。結論から申し上げます。村の報告は、事実と食い違っております。刺客が放ったのは、魔法かなにかによって加速された石の礫。本来なら、アルノ殿の未熟な土壁など容易く貫き、背後のテラ殿に届いていたはずのものです」
ガラムが、鋭い眼光を私に向けた。
「ですが、土壁は一切崩れることなく、この礫を完全に弾き返していました。……さらに不可解なのは、アルノ殿が持っていたあの小石です。あれには本来、土壁を僅かに硬くする程度の術式しか刻まれていなかった。それが、あの瞬間だけ、飛来する石を完璧に防ぎきるほどの強度を発揮した。……これは、ただの偶然や幸運で片付く話ではありません」
ガラムの声は低く、逃げ場を塞ぐような響きを持っていた。
「カイル殿。自警団の若者が、これほど鮮やかに攻撃を防ぎきれるとは到底思えん。……この背後に、一体誰がいる?」
アルリッヒが、卓上に『真理の秤』を置いた。
「嘘をつけば、この秤が即座に反応する。……アルノ。お前がやったのか? お前が、あの石を止めたのか?」
重圧に耐えかね、アルノが真っ先に口を開いた。
「……違います! 僕は、テラを守りたくて、必死に願っただけなんです。壁が硬くなれって……それだけなんです!」
天秤の針は動かない。アルノの言葉は真実だ。だが、アルリッヒの視線は私を射抜いたままだ。
「……テラ。お前だ。お前があの日、アルノに渡したというあの小石。お前はあそこに、何をした?」
私は、3歳の幼女らしい、無垢な首の傾げ方をしてみせる。
「……私は、石さんに書いてあった文字を、ちょっとだけ綺麗にしてあげたの。足が足りなかったり、逆さまだったりして、とっても気持ち悪かったから。アルノが痛い思いをしないように、一番綺麗な通り道を作ってあげただけ」
背後でカイルとジークが息を呑む。天秤の針は――やはり、一ミリも揺れなかった。
「……確定です。閣下。現場で起きた不可解な現象。あれを成したのは、この童です。嘘を吐いていないのではない。彼女にとって、術式を整えて魔法を強くすることは、散らかった部屋を片付ける程度の、あまりに『当然の処置』だったのです。……アルリッヒ閣下。この村には、魔導の常識を覆す天才がおりますぞ」
アルリッヒは沈黙した。3歳の私と、6歳のアルノ。そして、震えながらも私たちを庇おうとする家族たちを、値踏みするように見つめる。
「……隣町の支部長め。己の無能と権威の失墜を恐れ、この至宝を抹消しようとしたか。ガラム、支部長の動きは?」
「……はい。支部長はルッツを使い、テラ殿の暗殺に失敗した後は、公会の権威を使って村を封鎖し、証拠隠滅を計る構えです。このままでは、テラ殿の身に次なる魔の手が及ぶのは時間の問題かと」
アルリッヒは不敵に笑い、立ち上がった。
「ならば、テラ。そしてアルノ。お前たちを領都へ連れて行く。一ヶ月後、領都にて正式な『魔導適性試験』を行う。そこで合格すれば、お前たち二人を王立学院への推薦枠として私が保護しよう」
王立学院。その言葉に、部屋中の空気が弾けた。
私は、背後の家族を振り返った。エラが、青ざめた顔で立ち尽くしている。代書屋である母様にとって、私の「設計」が公に認められることは、自分の仕事を否定されることと同義かもしれない。
「……閣下。私は、領都へ行きます。でも、家族も一緒じゃなきゃ嫌です」
私がそう告げると、アルリッヒは眉を跳ね上げた。
「……3歳の童が、私に条件をつけるか。だが、家族を連れて行ってどうする。バルトはまだしも、羊皮紙職人の男や代書の女、その助手まで連れて行って、何ができるというのだ」
その時、私の横でずっと拳を握りしめていたアルノが、床に膝をついた。
「……閣下! 僕からもお願いします! テラの描く魔法を、世界で一番うまく扱えるのは僕です。でも、僕を一番強くしてくれるのは、僕の家族とテラの家族が笑い合っている場所なんです。僕の家族も一緒に連れて行ってください。僕が、領都でその全員を守る盾になります!」
アルノの必死の直訴に、アルリッヒは呆気にとられたように彼を見つめた。
沈黙の後、アルリッヒは愉快そうに喉を鳴らした。
「ふん。……いいだろう。まとめて面倒を見てやる。バルト、お前は領都の警備兵に。カイル、お前たち親子には、領都の工房でさらに質の良い羊皮紙を作成してもらおう。エラ、お前には代書屋としての腕を振るってもらう。……ただし、領都では相応の結果を出してもらうぞ。我が投資に見合うだけのな」
アルリッヒの冷徹な、しかし確かな「契約」が成立した。
3歳の幼女の皮を被ったエンジニアは、カイルの腕の中で静かに思考を回す。
隣町の支部長という「バグを抱えた旧いシステム」。そして領都という「巨大な開発環境」。
(……古い権威を守るためにデバッグを邪魔するなんて、最悪のマネジメントね。いいわ。領都に行くのは、ちょうどいい。村の環境じゃ、これ以上のハードウェア開発は限界だったもの)
私は、ジークを見た。お父さんを助けながら彼が村で培ってきた羊皮紙作りの経験と、私の前世の記憶を混ぜれば、魔法を定着させる「最高密度の媒体(紙)」が作れるはずだ。
そして、お母さんの芸術的な「筆」を、私が設計する「型」に落とし込む。印刷という名の魔導革命。
(お母さんの仕事を奪わせたりしない。お母さんには、新しい技術の『マイスター』になってもらうんだから)
私は、隣で誇らしげに胸を張るアルノの手を、ギュッと握り返した。
魔力ゼロの幼女エンジニアと、その専用実行機たる少年。
二つの家族を巻き込んだ、世界を書き換えるための大移動が、今、幕を開ける。
第15話までお読みいただき、ありがとうございます。
魔力0のテラが、いかにして王国の常識を塗り替えていくのか。
続きが気になる!と思っていただけましたら、
下部の 【☆☆☆☆☆】 を 【★★★★★】 にして応援いただけると嬉しいです!
ブックマークもぜひ、よろしくお願いいたします!




