第16話:静かなる包囲網
領主の側近であるアルリッヒ様から言い渡された、一ヶ月後の正式な適性試験。それは私、テラにとって、この3歳という幼い身体に宿った力が本物であることを証明し、家族全員の未来を勝ち取るための、人生最大のテストを意味していた。
村長の家での張り詰めた話し合いを終えた夜、我が家の食卓には二つの家族が集まっていた。私の父・カイル、母・エラ、兄・ジーク。そしてアルノの父・バルトさんと母・ミラさん、そしてアルノだ。薄暗いランプの火が、大人たちの不安げな顔を交互に照らしている。
「……あのね。まずは私とアルノの二人だけで、先に領都へ行くことにしたの。試験に合格して、みんなが安心して暮らせる場所をちゃーんと作ったら、すぐに呼びにくるからね」
私が努めて幼い声でそう切り出すと、エラが耐えきれないといった様子で身を乗り出した。
「そんな、テラ! まだ3歳なのよ? アルノ君だって6歳になったばかり。子供二人だけで領都へなんて……そんなの、親として放っておけるわけないわ」
「だいじょうぶだよ、お母さん。あのおじ様――アルリッヒ様が、合格すれば家族の場所も用意してくれるって約束してくれたもん。これは私たちが自分たちで選んだ、とっても大事なチャンスなんだよ」
私はエラの震える手を小さな手で握り、真っ直ぐに見つめた。中身の理性がどれほど冷徹に状況を分析していても、表に出すのは3歳の子供としての純粋な決意でなければならない。
先行部隊がリスクを背負って道を切り拓き、安全を確認してから本隊を呼び寄せる。この一ヶ月は、家族という一つのチームが領都という未知の環境で生き残るための、大切な「準備期間」なのだ。
「テラが言う通りだよ。お母さん、僕はこの一ヶ月を無駄にはしない。テラの考えた新しい羊皮紙を、この村で絶対に形にしてみせる。領都の大人たちがみんな腰を抜かすような、世界で一番魔法が書きやすい紙をね」
兄のジークが、私の意図を完璧に汲み取って力強く宣言してくれた。
紙の素材を極めるカイルとジーク。魔法を美しく定着させる文字を書くエラ。元兵士としての腕でみんなを守るバルトさん。そして、私の設計図通りに魔法を実行してくれる唯一のデバイス、アルノ。この「家族」という開発チームさえ揃っていれば、領都の古臭くて非効率な魔法体系なんて、全部作り変えてしまえるはずだ。
――それから数日、私たちは慌ただしく準備を進めた。
カイルは最高の羊皮紙を選別し、エラは私のペンとインクを何度も確認してくれた。私もアルノと、移動中の馬車で想定される振動やノイズの中での「魔法実行」を繰り返し練習した。
しかし、運命は非情だった。
領都への出発を明日に控えた、まさにその前日の夜のことである。
家の扉が勢いよく開き、村長が飛び込んできた。その顔は、まるですべての血の気が引いたかのように真っ白だった。
「大変だ! カイル、バルト! 隣町の支部長が動きおった。あやつ、公会の権威を悪用して、この村に『未知の魔力汚染の疑い』があるとして即時の封鎖命令を出しおったぞ!」
食卓が、まるで時間が止まったかのように凍りついた。
隣町の支部長。己の無能と、暗殺失敗の証拠を消すために、ついに「公的な力」による物理的な排除に踏み切ったか。検疫を名目に村を物理的に遮断し、私という存在をこの世から消し去るつもりなのだ。
「……汚い真似を。魔導結界を張って、誰も外へ出さないつもりか」
バルトさんが悔しそうに拳をテーブルに叩きつけた。窓の外を見ると、街道の先で隣町の魔導兵たちが掲げる松明が連なり、不気味な光を放つ結界の杭を打ち込み始めているのが見えた。
「アルリッヒ様からは、明日の朝、村の外にある『古の祠』に迎えの馬車と護衛を出すと伝言があった。だが、村の出口はもう魔法で固められている。子供二人でそこまで行くなんて、とてもじゃないが……!」
絶望する村長を尻目に、私は静かに思考を加速させた。迎えの馬車が来るのは「明日」の朝。支部長はその直前に、強制的な「ロックアウト」を仕掛けてきたわけだ。
その時、影の中から一人の男が足音もなく現れた。鑑定士のガラムだ。
「……ならば、私が付き添おう。アルリッヒ閣下の名代としてな」
家族たちが息を呑む中、ガラムは冷徹な、しかしどこか熱を孕んだ瞳で私を見下ろした。
「支部長の暴挙は閣下も予測されていた。だが、公会相手に正面から兵を動かせば領内の内乱になりかねん。ゆえに、この村の封鎖を『鑑定作業の一環』として潜り抜け、子供らを馬車まで届けるには、私の権限が必要だ」
ガラムは私の方へ歩み寄り、膝をついて視線を合わせた。
「テラ。お前のその『片付け』……私にもう少し近くで見せてみろ。お前が領都へ行く価値があるかどうか、道中の四日間、私が一番特等席で鑑定してやる」
バルトさんがガラムの前に進み出た。
「俺も行く。親として、子供らだけを公会の人間には預けられん。ガラム殿、あんたが公的な盾になるなら、俺は子供たちの身の回りと物理的な不測の事態を担う」
ガラムはふっと鼻で笑った。
「よかろう。護衛の馬車まで辿り着ければ、あとはアルリッヒ閣下の私兵が守る。……だがテラ、村を抜けるための『穴』は、お前自身で見つけてもらうぞ」
私は窓の外で揺れる魔力の光を見つめ、そっと目を細めた。
(……見える。封鎖結界の“継ぎ目”。完全じゃない。設計が甘いわね)
村を覆う魔力の結界には、ほんのわずかな“揺らぎ”があった。
そこを通れば抜けられる。
――ただし、その継ぎ目は「人間が通ること」を前提に設計されていない。
(……普通なら「通れないように作る」のが正解。でも、この結界は違う。「通れるけど壊れる」設計になってる)
私は目を細めた。
(つまり、試験ね)
「アルノ、バルトさん。それにガラムさんも。今夜は寝ちゃダメだよ」
私は小さく息を吐く。
「脱出ルート、見つけた。……でもこれ、「通る」じゃなくて「壊しながら抜ける道」になるかもしれない」
静かな村を飲み込もうとする包囲網の中で、私は愛用のペンを強く握りしめた。
運命の歯車が、ゴトゴトと重い音を立てて動き出す。
最後までお読みいただきありがとうございます!
家族との別れを前に、敵の妨害が牙を剥きます。
テラとアルノ、そしてガラムとバルトを加えた脱出劇がいよいよ始まります。
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