第14話:小さな騎士の誓いと、大人たちの苦渋
秋の陽光は、昨日の嵐のような騒動が嘘だったかのように、穏やかに中庭を照らしていた。空は高く、どこまでも透き通っている。だが、その青さがかえって、私たちの日常にぽっかりと開いた「亀裂」を際立たせているようだった。
家の裏手、私とアルノがいつも魔法の練習に使っている場所に、彼の背中があった。アルノは昨日の激闘を物語るように、指先に少しだけ火傷のような赤みを残し、泥の落ちきっていない服のまま、地面に座り込んでいた。その手には、河原に転がっているような何の変哲もない小石が握られている。
彼はじっと、自分の掌を見つめていた。まるで、昨日そこから放たれたはずの『魔法』の感触を、必死に手繰り寄せようとしているかのように。
「アルノ……」
私が声をかけると、彼はビクンと肩を揺らした。振り返った彼の顔は、いつもの元気な「お兄ちゃん」の顔ではなかった。
「……テラ、ごめん。俺、昨日は……すごく、怖かったんだ」
絞り出すような声だった。
「足がガタガタして、動けなくて。テラが『あの形を出して』って言ってくれなかったら、俺、立っていただけだった。あいつの投げた石、すっごく速くて……当たったら、僕、もうテラに会えなくなってたかもしれない」
6歳の子供にとって、向けられた殺意はあまりに重い。彼は自分が何もできなかった恐怖と、私がいなくなるかもしれない恐怖に震えていた。
「そんなことないわ。アルノは立派に私を守ってくれたじゃない」
「違うんだ! テラはすごかった。あいつが次に何をするか、全部知ってるみたいで……。でも、俺はテラに言われた通りにするだけで、精一杯で。……俺、情けなくてさ。テラの方が小さいのに、俺、守ってもらってばかりだ」
アルノの拳が白くなるほど強く握られる。
「テラは時々、僕の知らない遠くを見てる。あいつが言ったことも……難しいことはわかんないけど、あいつが狙ってたのは、テラだったんだよね? 悪いやつが、テラを連れていこうとしたんだよね?」
核心を突く問いに、私は言葉を詰まらせた。この子は、私が隠し通そうとしていた「異質さ」の正体はわからずとも、その「危うさ」だけは本能で嗅ぎ取っていた。
「だから、俺、もっと練習するよ。テラが教えてくれた『石の描き方』、もっともっと練習して、誰にも壊されないくらい強くする。あいつがまた来ても、俺が今度は一歩も動かないで、テラを後ろに隠してやるから。テラには、指一本触れさせない」
それは、恋心と呼ぶにはまだ幼い、けれど一生を捧げるに足るほどの、純粋な決意の言葉だった。
「俺が、テラの盾になる。……だから、テラ。これからも、魔法のこと教えてくれる? 俺、テラを守れるくらい強くなりたいんだ」
私は、彼の言葉を静かに受け止めた。前世で孤独にシステムを構築していた頃には、決して得られなかった温かさが胸に広がる。この子は、私の正体も、私が抱える「異質さ」の理由も何も知らない。それでも、目の前にいる私をただ信じて、「守るべきもの」として真っ直ぐに受け入れてくれたのだ。
「……うん、お願いね、アルノ。アルノが私の盾になってくれたら、私、とっても安心だわ」
私が微笑むと、アルノは照れ隠しに鼻を擦り、ようやく昨日までの彼らしい笑顔を見せた。中庭に、二人だけの「秘密の共犯関係」が結ばれた瞬間だった。
――だが、そんな子供たちの清らかな誓いの裏で、大人たちの世界はドロドロとした現実に飲み込まれようとしていた。
同じ頃、村長の家の奥。重苦しい空気が漂う部屋では、大人たちが顔を突き合わせていた。出席者は村長、父・カイル、そしてアルノの父であり自警団員のバルトだ。
「……信じられん。自警団の精鋭でも手に負えんような暗殺者を、3歳と6歳の子供が追い返したというのか?」
村長が報告書の素案を机に叩きつけ、頭を抱えた。
「カイル、バルト。お前たちの話が真実だとしたら、これはもはや『神童』という言葉では片付かんぞ。国や魔法公会が黙っていない。そうなれば、この村はどうなる?」
カイルは、青ざめた顔で唇を噛んでいた。職人の手は、不安で細かく震えている。
「村長、テラをこれ以上、騒動に巻き込みたくないんです。あの子は、ただ少し知恵が回るだけの、普通の女の子であってほしいんだ……」
だが、その横でバルトが重く首を振った。
「カイル、気持ちはわかる。だが、俺が駆けつけた時のあの惨状を見たか? アルノが展開していた盾……あれは村の自警団に伝わる型とは根本的に違っていた。あいつらが、既存の魔法をその場で『作り直した』としか思えない痕跡があったんだ」
バルトの言葉は重かった。自警団員として、彼は「ありえない事象」を目の当たりにしてしまったのだ。
「隠し通すことはできん」
村長が断腸の思いで口を開く。
「暗殺者が出た以上、領主様への報告は義務だ。だが……『子供たちが自力で撃退した』とそのまま書いて、誰が信じる? むしろ、何か不吉な力が働いたと疑われ、テラ君が不吉な存在として裁かれる恐れがある。それは避けねばならん」
大人たちは、沈黙の中で必死に「嘘」の出口を探した。村を守るため、そして何より我が子を守るために。
「……こうするしかないだろう。『子供たちが必死に抵抗し、そこへ自警団が奇跡のタイミングで駆けつけた。暗殺者は自警団の放った発火札に驚き、撤退した』……。現場の不自然な魔法の痕跡については、発火札による魔力の乱れ、ということにする」
それは、あまりにも脆い嘘だった。熟練の魔導師が調べれば、すぐにでも矛盾が露呈するような、切実な虚飾だ。
「領主様が、この程度の報告で納得してくださればいいが……」
カイルのその予感は、数日後、最悪の形で的中することになる。
村の入り口に現れたのは、領主の紋章が刻まれた、重厚で豪奢な一台の馬車だった。
降りてきたのは、冷徹な眼差しを持つ領主の側近、そして――以前テラを鑑定した、あの公会の鑑定人・ガラムだ。
馬車を出迎えた村長たちの顔から、血の気が引くのがわかった。側近の男は、村長が差し出した報告書を一瞥もせず、河原の方角を指差して冷たく言い放った。
「報告書の内容と、現地の魔力残滓が一致するか。我が公会の鑑定人に、再調査を命じる」
庭の隅でその様子を見ていた私は、銀のペンをポケットの中で握りしめた。
(……やっぱり、あの程度の報告で誤魔化せる相手じゃないわね。専門家を連れてくるなんて、確実に見抜くつもりだわ)
嵐の前の静けさは終わりを告げた。
ついに「大人のプロ」による、容赦のない追求が始まろうとしていた。
第14話までお読みいただき、ありがとうございます。
ようやく一息ついたテラたちですが、領主側の容赦ない調査が始まろうとしています。
もし「続きが気になる!」「テラを応援したい」と思っていただけましたら、
下部の【☆☆☆☆☆】からの評価や、ブックマークで応援いただけると、執筆の大きな励みになります!




