第12話:仕様外の投石
鼓膜を突き刺すような鋭い音。
アルノが反射的に展開した『六角形』の盾。その表面で、激しい火花が散っていた。
「……ひっ、あ、ああ……っ」
アルノの腕が、見たこともないほど激しく震えている。
盾の向こう側、地面には握り拳ほどの「ただの石」が転がっていた。しかし、その威力は尋常ではない。着弾した地面はクレーターのように抉れ、周囲の草は衝撃波でなぎ倒されている。
「アルノ、腕を下ろさないで! そのまま、この形を維持して!」
私の声に、アルノがビクンと肩を揺らした。
「テ、テラ……今の、何!? 魔力が見えなかったのに……っ!」
「落ち着いて。敵は魔法を使っていない。ただの『石』を投げているだけよ」
私は銀のペンを握りしめ、視線を前方――数百メートル先の茂みへと固定した。
そこに立つ男、暗殺者ゼノス。
彼は杖も持たず、ただ足元の石を拾い上げ、再びこちらへ向けて構えている。その動作には一点の魔力も籠もっていない。
(なるほど……。この世界の防御魔法は、魔力のある攻撃を消すためのもの。でも、あいつが投げているのはただの石。魔法の網をすり抜ける、誰も知らない『物理攻撃』ってわけね)
本来なら、既存の魔法の盾をすり抜けて、私たちの体を容易く貫いていたはずだ。
それを今、アルノの盾が辛うじて止めているのは――。
「アルノ、今手に持ってるその石……さっき私が直した『六角形』のままでいて! それは魔法を消すんじゃなく、硬いハチの巣の形をした『本物の壁』を作る設計なの。だから大丈夫、その形を信じて!」
「……壁。そうか、これ、本物の壁なんだ……!」
アルノの瞳に、絶望ではない光が宿る。
しかし、敵もプロだ。こちらの盾が石を止めたのを見るや、すぐさま攻撃のパターンを切り替えてきた。
シュッ、という短い風切り音。
今度は一つではない。三つの石が、時間差をつけて放たれた。
ガガガンッ!
盾の表面に、激しい衝撃が走る。
その瞬間、アルノの手の中で小さな悲鳴のような音がした。
「テラ、石が……石にヒビが入ったよ!」
(やっぱり……! あの小石は練習用の低出力な媒体。あんな高質量の衝撃に耐えられる設計じゃないんだ……!)
アルノの魔力は十分でも、それを形にする「石」が物理的に限界を迎えている。次の直撃で魔法陣ごと砕ければ、私たちは無防備になる。
敵は、こちらを「仕留める」必要さえないと考えているのだろう。
何度も石を投げ、盾を叩き、媒体が壊れるのを待っている。あまりにも合理的で、冷酷な追い詰め方。
(思考しろ。分析しろ。デザイナーの目は、飾りじゃないはずよ)
私は膝をつき、足元の河原から手頃なサイズの平らな小石を拾い上げた。
今のアルノの盾は「正面で受ける」ことしか想定していない。だから負荷がすべて石にかかる。
これを、負荷を逃がす仕組みに書き換える必要がある。
「アルノ、その石はもうすぐ壊れるわ! こっちに切り替えて!」
私は銀のペンを走らせる。
描くのは、ただの盾の回路ではない。表面に「傾斜」のパラメータを加えた、受け流し専用の設計図。
「今よ!」
私が放り投げた新しい石を、アルノが左手で必死にキャッチする。
それと同時に、今まで使っていた石が粉々に砕け散った。
「……っ、展開!」
新しい小石にアルノの魔力が流れ込む。
ゼノスが放った、先ほどまでより数倍はあろうかという巨大な岩が迫る。
ズザザザァッ!
正面から受け止めるのではない。
飛来する岩の軌道に対し、展開された盾の面がわずかに「斜め」に構成されていた。
岩はアルノの盾を粉砕することなく、その表面を滑るようにして後方へと受け流された。
「……流した? 重くない、これならいける……!」
「まともに相手をしなきゃ、石も腕も疲れなくて済むわ」
遠くで、敵が動きを止めたのがわかった。
黒い覆面の奥で、彼の目が驚愕に見開かれている。
彼にとって、魔法使いとは「動かない標的」だったはずだ。
だが、今目の前にいる子供たちは違う。
現場で次々と設計を修正し、戦場のルールを書き換え始めている。
ゼノスが立て続けに小石をバラ撒く。苛立ちが、投擲の速度を上げている。
私は次の石を拾い、また書き込む。今度は「守る」ためだけじゃない。
(リスク管理が必要ね。どれほど効率化したところで、3歳と6歳だけで暗殺者を撃退するのは現実的じゃない。……なら、システムを『公開』するしかないわ)
私は、新しい小石の余白に、本来の魔法には不要な「ノイズ(不純物)」を意図的に組み込んだ。
それは、物理的な衝撃を「音」に変換する、バグのような回路。
「アルノ、次の石はこれ! 弾く瞬間に、わざと大きな音が出るようにしてあるわ!」
「音を? ……わかった、やってみる!」
石が切り替わる。
ゼノスの次の一投が、新しい盾に接触した瞬間――。
キィィィィィィィィィィィィン!!
河原に、まるで巨大な鐘を乱れ打つような、耳を劈く破壊音が轟き渡った。
静かな午後の空気。この音は、ここから数百メートル離れた村にまで確実に届く。
「いいわ、その調子。どんどん鳴らして!」
私は次の石を、また次の石を拾い、ペンを走らせ続ける。
これは「盾」じゃない。村全体に異常を知らせる、私たちにしか出せない「救難信号」だ。
暗殺者ゼノスの顔色が、目に見えて険しくなった。
隠密裏に処理するはずだった子供二人が、あろうことか戦場そのものを「拡声器」に変えてしまったのだ。
「……ッ、小賢しいガキが!」
焦ったゼノスが、再び岩を掴み、投擲しようとする。
だが、その向こう側、村の方角から、微かに「声」が聞こえ始めた。
「なんだ今の音は!?」
「河原の方だぞ! 誰かいるのか!」
猟師たちの怒号。村の自警団が異変に気づき、こちらへ駆け出してきている足音。
複数の人間の気配。それは、暗殺者にとって最も忌むべき「目撃者」の群れだ。
(さあ、聞こえたはずよ。父様、村の皆……!)
私はペンを握る手に力を込め、土煙の向こうを睨み据えた。
勝利の確信ではなく、生還への執念。
前世でいくつものデスマーチを乗り越えてきた私の魂が、3歳の幼い体の中で激しく燃えていた。
お読みいただきありがとうございました!
ついにアラートが鳴り響きましたが、果たして間に合うのか――。
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