55 問題
「そして、実行犯である行商人についてですが──」
ここで言葉を区切り、カミル兄様はマリーとセリーナを窺う。
カミル兄様が何に躊躇しているのか理解できた。
マリーとセリーナは行商人が自害したことを知らない。今回の事件で死人が出たということをマリーやセリーナに伝えるべきか悩んでいるのかもしれない。
「事実のまま伝えてくれ。マリーもセリーナも知っているべきだ」
「わかりました」
ずっと聞き役に徹して、セリーナを膝の上に乗せてご満悦そうだったユリウス兄様が、王太子然として真面目な顔でカミル兄様を促す。……セリーナを膝に乗せている時点で何もかも台無しな気もするのだけれど。
2人のやり取りに、マリーと恥ずかしそうに俯いたままだったセリーナがカミル兄様を見つめる。
「実行犯の行商人は捕らえた時点で服毒して自害しました」
「「──!」」
自害したという言葉にマリーとセリーナは驚いていた。
今回の事件で死人が出るとは思っていなかったのだろうし、自害するほどの犯罪を犯しているわけでもなかったように思えるからだろう。
シェラルージェ自身も行商人達が自害したことには驚いていた。
「シェラを襲った男2人を捕らえたところで隙を突かれて自害されてしまったのですが、その男2人が行商人本人と従者として同行していた男でした」
「シェラ、襲われたの?!」
「大丈夫なの? 怪我は?」
悲鳴のような驚いた声を上げて、マリーとセリーナはシェラルージェを心配そうに見つめる。
「大丈夫。ハリー様に護っていただいたから。それに私にはお護りもあるから」
耳を飾るイヤリングと左手にはまった指輪を見せて、安心してもらうために笑顔を見せる。
すると、マリーとセリーナの瞳が引き寄せられるかのように指輪を凝視した。
(あっ……、そういえば、この指輪のことはまだ2人は知らないんだった)
創術の威力を知っている2人はシェラルージェが無事な事に安堵していた。
しかし、2人の瞳の奥に好奇心が覗いていることが見てとれて、この後質問攻めされそうな予感に今から顔が熱くなりそうだった。とりあえず今は話を戻してもらおうと上げていた左手をテーブルの下に戻す。
「話を続けてもいいですか?」
私達が落ち着いたのを見計らってカミル兄様は確認するように問いかける。
「「「はい」」」
息がぴったりと合った返事に、カミル兄様は微笑む。
「行商人と従者の他に、行商人の関係者として捕らえた者達は我が国で雇われたらしく、品物の調達と運搬を担っていて行商人を装うために使われていただけでした。クラリッツェ嬢と直接会っていたのは行商人の男1人だけだったようで他の者は事件については何も知りませんでした」
行商人の男の行動が全て計算し尽くされているように感じる。シェラルージェに向かってきた時も冷静に判断して攻撃してきていた。
あの時もハリー様とアルム兄様がいなかったら、確実に私の命はなかったように思えたくらい追い詰められた。
「それで行商人と従者の男についてですが、アルムからもたらされた情報によって隣国のスパイなのではないかという結論に達しました。行商人と従者の男の靴底に可動部分があり、そこには隣国ヒュドネスクラ国のスパイ活動をしているといわれる組織の紋章が刻まれていました。そして、その男達がシェラを狙ったことから推察して導き出された答えは、我が国の国防の要であるランバルシア家の弱体化を狙ったものだと思われます。クラリッツェ嬢を隠れ蓑にしてご令嬢方を襲ったのは、内乱もしくは国内を混乱状態にして隙をつくり、我が国に攻め込む足がかりにしようとしていたのではないかと推察しました。しかしアルムとハリスに捕まり逃げられないと悟ったため、身元がバレないように自害したのだと思われます」
カミル兄様は淡々と報告していたのだけれど、顔はどんどんと苦々しくしかめ面になる。
「今のところ全て推察ですが、国境付近ではヒュドネスクラ国のならず者達が我が国と行き来している旅人や商売人を襲っているようです」
「近年、食糧不足で国内が荒れていると聞くからな」
「ええ、我が国は創術結界で被害がありませんが、ヒュドネスクラ国と国境が接している他国は盗賊による被害が出ていると聞きます。自国で解決せず略奪を考えるのは昔と変わらないと父も言っていました」
「そして、今回の件で我が国にもスパイが入り込んでいた事が分かったということだ……」
「はい。どのようにして入国したのかの手段が掴めていません。バロットナイト公爵家はこのまま調査を続行する予定です」
「そうか。私からも陛下に報告しておこう。カミル、頼む」
「お任せください」
ユリウス兄様は現状の我が国の情報を私達に話して聞かせた後、ぐるりと座っている私達を見回した。
「……さて、今回の事件は一応これで終わったわけだけれど、また新たに問題が浮上した。まだ水面下での攻防になるが、確実に我が国が狙われている。我が国の平和を護るために、次代として国を護っていく皆の協力を願う。手を貸してくれるだろうか」
「ユリウスの右腕ですから、当然です」
「2人だけだと心配だから、私は裏から手を貸すよ」
カミル兄様とアルム兄様は次期当主として、ユリウス兄様を支えていくようだ。
「もちろんだよ、ユリウス兄様」
「当たり前ですわ、ユリウス…様」
「私の持てる力の限り、力を尽くします」
マリーは王女としての責任感から、セリーナは公爵令嬢として、シェラルージェは創術で国を護ってきたランバルシア家の娘としてユリウス兄様に応える。
国を護ることは貴族として生まれた時から父親から教えられてきた。娘として生を受けたけれど、陛下もバロットナイト公爵もシェラルージェの父親も嫡男と同じ教育を私達に受けさせてくれた。
平和ボケしてはならないと。国民を護るのは貴族として生まれた役目だと。それは男であろうとも女であろうとも変わらないのだと。
だから、マリーもセリーナもシェラルージェも当然のこととして答えた。
「私も微力ながら精一杯務めさせていただきます」
「ハリスの実力は申し分ない。頼むよ」
「はっ」
最後にハリー様が答えると、ユリウス兄様は王太子として頼もしく私達に頷き返してくれた。
「それでは一息入れましょうか」
カミル兄様の声にセリーナが声を上げる。
「ではお茶を用意しますわ」
セリーナはユリウス兄様の膝の上から逃げるように立ち上がる。
ユリウス兄様が引き留めようと手を伸ばしたけれど、流石にお茶の用意はセリーナしか出来ないことが分かっているだけに諦めたようだった。
セリーナはやっとユリウス兄様から解放されてホッと息をついていた。




