56 これから
「セリーナ、私も手伝うよ」
「ありがとう、シェラ」
茶器が置いてある場所に近寄ると、セリーナが振り返って笑いかけてくれた。
今日初めての笑顔を見たかもしれない。
今日のセリーナは初めて見る表情ばかりを浮かべていた。
気恥ずかしそうで、ちょっと嬉しそうで、でも戸惑いがあって、それでもユリウス兄様を嫌がっているようには見えなかった。だから、先にダン子爵家の報告を聞かなければいけないと思ってあの時は様子を見ることにしたのだけれど。まあ、あの時はユリウス兄様の瞳が有無を言わさないくらい強くてどうしてああなったのか聞けなかったけれど、今なら聞けるかもしれない?
「セリーナ、どうしてユリウス兄様の膝の上に座わることになったの?」
セリーナに近づけるだけ近づいて、小声で問いかける。
すると、カチャンと茶器の触れ合う音がして、普通だったセリーナの顔が一瞬で真っ赤に染まった。
そして私よりももっと小声で焦ったように言い募ってきた。
「あれは私がしたくてしていたわけではないのよ?」
「わかってるよ」
「──そう、よね。シェラなら分かってくれるわよね」
「うん。でも……どうしてああなったの?」
「それは…、私にも分からないのよ。ユリウス…様は私と二人きりになることがあるとすぐに抱き寄せて離してくれなくなって、どんなにお願いしても離してくれないのよ。しかも今日はみんなが来るって分かっているのに、部屋に入ってきた途端私を抱き上げてそのまま椅子に座ってしまうのだもの」
その時を思い出したのか、セリーナの顔には恥じらいが浮かぶ。
セリーナがすごく可愛く見える。いつもは冷静沈着でどちらかというと綺麗な大人びた女性みたいに見えるのに。
「どんなに身じろぎしても、ユリウス…様の力が強くて抜け出せなくて力尽きたときにシェラ達がやって来たのよ」
「そうだったんだね」
「可愛すぎるのがいけないんだとか、もう離せないんだよとか、からかうようなことばかり言って。イタズラの対象を私にすると言っていたから私をからかって反応を楽しんでいるのかもしれないけれど、どうすればユリウス…様を止められるのかわからないのよ」
そういうセリーナはどこか疲れているように見えた。
ユリウス兄様の暴走をどうすれば止められるのか悩んでいるみたいだった。
セリーナが困っているようなら手助けしたいけれど、私の言うことなんてユリウス兄様聞いてくれるかな?
セリーナの言葉にも聞き入れないようなのに、どうだろうか?
それと、セリーナのユリウス兄様の呼び方も気になっていた。
「さっきから気になっていたんだけど、いつからユリウス兄様のことユリウス様って呼ぶようになったの?」
「それはユリウス…様の奇行が始まったときに、ユリウス…様って呼ぶまで離してくれなかったから」
「そうなんだ。確かにいつも兄様で呼んでいたのに突然様付けで呼ぶように言われたら、私でも戸惑うよ。だからセリーナは言いにくそうにユリウス兄様の名前を呼んでいたのね」
セリーナがユリウス兄様の名前を呼ぶときに、恥じらいを持っているように感じていた。
公の場では同じように『ユリウス様』って呼んでいるはずなのに、私達の前で呼び方を変えるのは恥ずかしくなるわよね。
「もう、私のことはいいのよ! それよりもシェラこそ、その左手の指輪は──」
セリーナに突然話題をふられて今度はシェラルージェが顔を赤くする番になってしまった。
「……ハリー様に頂いたの」
「やっぱり! じゃあ、ハリス様に想いを伝えられたのね?」
「うん」
「良かったわね。じゃあ、婚約するの?」
「そうなると思う。……ただ、侯爵夫人としてやっていけるのかちょっと不安で……」
「シェラなら大丈夫よ」
セリーナがあまりにも自信満々に言うので、驚いてしまう。
「どうして?」
「私達と一緒に勉強していた内容。あれ、王太子妃になる為の勉強だったのよ。マリーがどこに嫁ぐか分からなかったからマリーの為の勉強内容だったのだけれど、それを一緒に受けていたのよ。私もシェラも」
「そうだったの?!」
「だから、侯爵夫人としてもやっていけるわよ」
「それは、シェーラも王太子妃になる可能性があったということですか?」
いつの間にかハリー様の腕の中に囚われて身動きが出来なくなっていた。不機嫌そうな声音に、見上げた先ではハリー様がユリウス兄様を睨みつけていた。
「可能性の問題だよ。今はそれはない。私にはセリーナがいるからね」
いつの間にかセリーナを腕の中に囲っていたユリウス兄様はハリー様の睨みを受け流していた。
「「えっ?」」
シェラルージェは自分が王太子妃候補として思われていたことに驚き、セリーナはユリウス兄様の『私にはセリーナがいるからね』の言葉に驚いていた。
「なんでセリーナが驚いている? もしかして気づいてなかったのか?」
後ろから抱きついていたユリウス兄様はセリーナを覗き込む。
そして、セリーナの耳元に口を近づけて囁く。
「好きだよ、セリーナ」
ユリウス兄様の告白を聞いたセリーナは、耳を押さえ顔を真っ赤にして絶句していた。
側でユリウス兄様の告白が聞こえたシェラルージェも当てられて顔が赤くなってしまった。
「セリーナは私のために王太子妃の勉強をしてくれていたのだろう?」
「え? ──えっ?! 違います!」
「そんなに照れなくてもいいんだよ? セリーナ」
「照れているわけではありません」
ユリウス兄様の腕の中から逃れようと、身じろぎしているセリーナはやはりユリウス兄様から逃れることが出来なさそうだった。
シェラルージェはセリーナの手助けをする間もなく、ハリー様の手でハリー様と向き合うように顔を向けられる。
瞳があったハリー様は不機嫌そうに眉をひそめていた。
「なぜシェーラも赤くなっているのかな?」
「えっ?」
「まさか王太子殿下が好きなんていうわけではないよね?」
「違います」
「シェーラは私だけを見ていればいいと伝えたよね? 他の男なんて見てはいけない」
ハリー様の分かりすぎる嫉妬にシェラルージェはこれ以上ないくらいに真っ赤に染まった。
衝撃が強すぎて言葉を無くしていると、ハリー様の瞳がどんどんと鋭くなっていく。
「シェーラ?」
甘く響く低音の声にシェラルージェの身体が震え出す。
「ハリー様だけしか見てません」
シェラルージェはもう誰が周りに居るのかを忘れて、ハリー様に告げる。
シェラルージェの言葉を聞いたハリー様は、満足そうに笑ってシェラルージェのこめかみに口づけを落とす。
「ズルイー。マリーもアーサーとイチャイチャしたいーー!」
マリーが私達を見て騒いでいる声も、シェラルージェには届いていなかった。
「私も婚約者が欲しくなった」
ユリウス兄様とセリーナ、ハリー様とシェラルージェの端から見ればイチャイチャしているだけにしか見えない姿に当てられたカミル兄様は羨ましそうにして肩を落としていた。
混沌と化した状況はしばらく続き、誰も止めることはなかった。
終わり
これにて一応終了です。
今後はおまけの話などを不定期に上げていくかもしれません。
その際は宜しくお願いいたします。




