54 結末
お城に到着して、護衛として一緒に来ていたハリー様にエスコートされて馬車を降りた時には、ハリー様を落ち着いて見られるようになった。というよりもハリー様がいつも通りの態度でシェラルージェに接してくれたので、落ち着いていられるだけなのかもしれない。ときおり絡み合うハリー様の視線には僅かに甘さが含まれていて、その瞳を見てしまうと嬉しくなってまた魅入ってしまう。
けれど、アルム兄様にも諭されたように今日は話を聞くために来たのだから、そちらに集中しようと気合いを入れ直した。
アルム兄様の後ろについて、シェラルージェはいつもの部屋へ向かった。
部屋の前に着くと、アルム兄様がノックする。中からマリーの声で入室の許可が出たのでアルム兄様から部屋へ入っていく。
シェラルージェは部屋に入る前に一度深呼吸して、気持ちを落ち着けてから入った。
「おはようございます。マリー、セリー…ナ……」
いつになく緊張して部屋に入ったシェラルージェは、ある場所というか、ある人物がと言えばいいのか、それが瞳の中に入ってきて、強烈な破壊力を持ってシェラルージェに衝撃を与え、その為に動揺してしまった。
せっかくアルム兄様のお陰でどんなことも受け止める心構えが出来たのに、早くもそれが崩れそうになる。
救いを求めるようにアルム兄様やハリー様を見ても、何の変化もなかった。
──なぜ、アルム兄様もハリー様も動揺しないの?
シェラルージェの衝撃を共有してくれる人を捜して、視線を回らした先にマリーとカミル兄様を見つける。
けれどマリーとカミル兄様は、呆れたような諦めたような瞳でユリウス兄様を見つめていた。
────シェラルージェを動揺させた光景。
それはユリウス兄様の膝の上に囲い込むように腕を回されて囚われたセリーナが座っていたのだ。
セリーナは顔を真っ赤にして俯いていた。
シェラルージェが挨拶して入室していても返事を返せないくらい平常心でいられないのが見て取れた。
それにセリーナの顔には諦めの色が滲んでいた。セリーナが今の状況を看過する筈はないけれど、セリーナの疲れた様子と俯いている様子に、セリーナでもどうにも出来なかったのだと理解できた。シェラルージェが部屋に来る前にひと攻防あったのが窺える。
セリーナは令嬢の鑑と言われているほど礼儀作法に厳しいのに、それを抑え込んでセリーナを腕の中に閉じ込めたユリウス兄様はどのような手段を使ったのだろうか。
なぜそのような状態になっているのか、聞きたくても誰も答えてくれそうにない。
先ほどチラリとユリウス兄様と視線が合ったときに、前と同じような逆らってはいけない圧力を感じた。
シェラルージェは物理的な攻撃には防御力は高いけれど、精神的なものは防御出来ない。
今のユリウス兄様を敵に回してはいけないと悟るには十分な眼力だった。
誰も、何も、言わない、……いや、言えない状況に、シェラルージェも言葉をかけられなかった。
セリーナが迷惑そうにしているのは分かっていたけれど、嫌がっているわけではなさそうなので様子をみることにした。
「コホン、……全員が揃ったので捕縛作戦の結果を報告いたします」
わざとらしく咳払いをした後、カミル兄様はユリウス兄様をチラリと見てから、立っていた私達を椅子に座るように促した。
全員が着席すると、カミル兄様はセリーナを視界に入れないようにして話し始める。
「今回捕らえたダン子爵、クラリッツェ嬢、行商人の関係者を取り調べしたところ、ダン子爵は犯罪については何も知らなかった事が判明しました。娘のクラリッツェ嬢の我が儘を聞き入れ、全てやりたいようにさせて、クラリッツェ嬢のいいなりだったようです」
ダン子爵家の父親と娘の関係性に驚きを隠せなかった。
娘のいいなりになるなんて、何がどうなればそんな状況になるのか想像すら出来なかった。
「クラリッツェ嬢はダン子爵家に出入りしていた行商人を使って、自分の邪魔に思ったご令嬢を傷つけていたようです。しかし、本人は行商人が勝手にやったことだと言い続けています。使用人からの話では、行商人を部屋に呼んで、独り言を呟いている風を装って邪魔に思うご令嬢の名前を伝えていたそうです。クラリッツェ嬢は使用人を人として見ていなかったらしく、本来なら口にするのも憚られる内容の言葉も言っていたようです。その、……いなくなればいいのに、と言うような存在を消して欲しいと受け取れるような言い回しをしていたそうで、邪魔に思っていたご令嬢の事を口汚く罵って喚き散らしていたようです。そんな中、シェラの事だけは行商人に直接声をかけ、消すように命令していたと証言していました」
それを聞いて、あの時の憎悪に染まったクラリッツェ嬢の瞳を思い出した。
あそこまで憎まれるほど、クラリッツェ嬢に何かをした覚えはないのに、クラリッツェ嬢から殺したいほど恨まれていたことに恐怖を感じる。
ただ、クラリッツェ嬢の言動を振り返ると、〖消えてなくなればいいのに〗が〖人を殺す〗と同意語にはなっていなかったように思えた。本当にただシェラルージェがいなくなればいいと思っただけで、簡単に口にした言葉なのかもしれなかった。その安易な考え方が恐ろしかった。
「証拠も証言も揃いましたので処罰を下すことになったのですが、今回の件は陛下と宰相から公にはしないと通達がありました。ですので、ダン子爵は娘の監督不行き届きと行商人を招き入れたことによって犯罪への加担に繋がったため、本来なら領地を没収するところを監視ということで手を打ちました。ダン子爵家の使用人をバロットナイト公爵家の息のかかった者と全て入れ替えて監視すると共に、使用人の救済と意識改革させ教育し直すことになりました。クラリッツェ嬢は病気療養ということにして、ランバルシア辺境伯領にある修道院へ入って貰うことになりました。あそこからは誰も逃げられませんし、規律の厳しい環境ですので、そこで更生するまで入ってもらうことになります」
ランバルシア辺境伯領にある修道院は平民も入っている更生するための施設だ。
修道院に入っている全員が平等に扱われ、身分制度は適用されない。
平民と同じように扱われるのは、クラリッツェ嬢にとっては厳しい環境になるのではないかと思われた。




