48 行商人 *少し不快な表現あり
クラリッツェ様を眺めていた男性は、顔を上げシェラルージェを見ると深く頭を下げた。
腰から曲げて深く頭を下げる謝罪に、やりきれなさを感じる。
男性はやはりダン子爵なのだろう。でなければ、シェラルージェに対して頭を下げるはずがないのだから。
ダン子爵からはまったく犯罪に関わっているような陰を感じることが出来なかった。そんなものよりも人生を諦めたような生気のない瞳が目立っていて、ダン子爵家の使用人と同じような印象があった。
そんなダン子爵がシェラルージェに頭を下げる。そこには娘をとめられなかった後悔があるのか。
お父様と同じくらいの歳の男性に頭を下げられたことにとても居心地の悪さを感じた。
ダン子爵は影部隊の人に促されて収容馬車の方へ歩き出した。
クラリッツェ様の自爆でクラリッツェ様本人が今回の事件に係わっていることがはっきりした。
けれど、その理由が身勝手で利己的でとても酷く、ダン子爵家の異常さも露見したことでとても後味が悪かった。
「シェラ、大丈夫か?」
気落ちしているシェラルージェを見て、近づいてきたユリウス兄様が声をかける。
「はい…。大丈夫です」
気力を振り絞って、ユリウス兄様に答える。
ユリウス兄様もカミル兄様の顔にもクラリッツェ様の変貌に衝撃を受けたことが窺えた。
「そうか。あともう一踏ん張りだ。頼んだよ」
「はい」
シェラルージェが答えていると、アルム兄様がユリウス兄様に問いかけた。
「ユリウス、そちらの首尾はどうなっている?」
「んー、一通り捜したのだが、行商人が見当たらなくてね。今、影部隊の者達に屋敷内をもう一度捜させているところだよ。こちらに何か情報はあるか?」
「いや、周辺を警戒している者達からも特に何も言ってきていないよ」
「そうか」
ユリウス兄様は思案するように考え込む。
その時、ハリー様がそっと近寄ってきた。
「シェーラ嬢、本当に大丈夫ですか? 無理はしていませんか?」
ハリー様が心配そうな顔で尋ねてきた。
「はい。大丈夫です」
ハリー様の顔を見て、何故か本当に大丈夫だと思えた。
好きな人が側に居るだけで力が湧いてくる。現金な自分の心に少し呆れながらも笑顔を浮かべることが出来た。
「すぐに行商人を捕らえますので、もう少しだけ待っていてください」
「はい、お気をつけて」
ハリー様に言葉を返していると、ユリウス兄様の考えが纏まったのか顔を上げる。
「もう一度私達も行商人捜索に加わる。カミル、ハリス、行くぞ」
「「はい」」
ユリウス兄様達が玄関に向かって歩いていく。
シェラルージェがいる場所と玄関のちょうど真ん中にさしかかったときに、光る閃光がユリウス兄様達に向かって飛んでいった。
ユリウス兄様達は閃光に気づき避けた直後、地面に着弾して爆発した。
「ユリウス兄様、カミル兄様」
砂塵でユリウス兄様とカミル兄様の姿が見えなくなった。
1人、ハリー様がシェラルージェが渡した腕輪のおかげなのか、砂塵に巻き込まれずに済んでいた。
その間に腰に佩いた剣を抜き身構える。
しかし、そのハリー様目がけて幾つもの閃光が飛んでいく。
「ハリー様!」
ハリー様は直撃は避けられたが砂塵の中に隠れてしまった。
「ちっ、そう来るとはね。シェラ、少しの間、1人で頑張るんだよ」
「はい」
アルム兄様は砂塵が舞う中へ自身の結界を大きめに張って走って行く。
アルム兄様の姿も砂塵の中に消えた。
シェラルージェは今回の結界に物理防御と魔法防御を付与しているため空気も閉じ込めていて(上空はあいているのだけれど)砂塵の逃げ場がなくて中々視界が良くならなかった。
砂塵の中で剣と剣が斬り結ぶ音が聞こえてくる。
その音を聞いて胸がキリキリと痛む。
何が起こっているのか見えない中で、剣の斬り結ぶ音だけが響いているのは心臓が締め付けられるように苦しい。助けに行ける力などは勿論ないけれど、それでも何も見えないのはとても不安だった。
その時、結界の外で動く人影が見えた。
「死ね」
その言葉と共に、何かが飛んでくるのが見えた。
(──っ?!)
「シェーラ嬢!」
息を飲んで立ち尽くす。私の手の中には結界の核である聖石が握られている。だから、ここから離れれば結界が解けてしまう。それを狙っての攻撃なのだと分かっているから動けなかった。
シェラルージェは創術のお護りを身に付けていたから、怪我をすることはない。それが分かっていてもお護りで弾かれた衝撃は受けるので、覚悟して衝撃に対して身構えた。




