40 お茶会という名の作戦会議 Ⅲ その3
「それでは、準備があるから先に失礼するよ」
「追って詳細はお知らせします」
ユリウス兄様とカミル兄様はお茶も飲まずに早々に帰っていった。
残った私達は静かにお茶を飲んでいた。
突然捕縛作戦を伝えられたあと、マリーとセリーナは珍しく話をしないで考え込んでいたし、ハリー様はずっと険しい顔をして黙り込んでいる。シェラルージェはこんな時に何を話していいのか分からず、とりあえずユリウス兄様達のカップを片付けながらどうしようか会話の糸口を探していた。
アルム兄様は優雅にお茶を飲みながら、さも今気づいたかのような空気を出してハリー様に話しかけていた。
「そういえば、ハリス。君の婚約話はどうなったのかな?」
アルム兄様の言葉に、ユリウス兄様達のカップを片付けていたシェラルージェはびくりと肩が震えた。
(アルム兄様?! 何故今それを聞くの?)
シェラルージェにはアルム兄様がその質問を今この場で聞く意図が分からなかった。
話題提供にしても何故その話なのか。
シェラルージェはセリーナからハリー様の婚約話は無くなったと聞いて知っていた。
それなのにどうして?と疑問に思った。けれど、アルム兄様はハリー様の婚約話が無くなったことを知らないのだと気がついた。
……もしかして、シェラルージェの気持ちに気づいていて、私の代わりに聞いてくださったということだろうか。
とてもあり得ることだと思えた。アルム兄様がシェラルージェの気持ちに気づかない筈がない。
アルム兄様の前で散々みっともない姿を晒していたのだから。
それならば質問の意図もわかるけれど、それはありがたい心遣いなのだけれど。
ハリー様から婚約が決まったと聞くことになったらどうするつもりだったのか。それならそれでシェラルージェに諦めるようにというつもりだったのだろうか。
──そういえば前にアルム兄様はシェラルージェの結婚相手を検分すると言っていたのを思い出した。好きという気持ちだけでは、ランバルシア家の私とは婚姻は結べない。お父様とアルム兄様が認めてくださるような方でないと駄目だと言っていたではないか。
だから、今ハリー様はアルム兄様に試されているということ、なのか。
でも、ハリー様はセリーナが好きなのよ?
この質問はハリー様の迷惑にしかならないのではないかと不安になった。
ハリー様の反応が気になって、シェラルージェはこっそりと横目で窺った。
するとハリー様はアルム兄様を挑むように見つめていた。
「婚約の打診はあったけれど、全てお断わりした。私にはお慕いしている方がいるからね」
最後の言葉に熱を感じた。ハリー様がセリーナを好きだという気持ちが伝わってくるような熱を。
実際セリーナに向かって言っているのかもしれない。
マリーとセリーナから息を飲む音が聞こえる。
(っ……)
胸がちくちくと痛んで、とても苦しくなった。
シェラルージェはセリーナを見ることが出来なかった。ハリー様の言葉で喜んでいるだろう顔を。
羨ましくて、妬ましく感じてしまって、自分がセリーナに対して嫉妬していることに気づいてしまった。
痛む胸を感じてまだ直接ハリー様からセリーナの想いを聞く覚悟が出来ていなかったと思い知らされた。
「ふーん、そうなんだね」
「アルム……」
「覚悟を見せてもらわないとね」
「──それは勿論わかっている」
アルム兄様とハリー様同士は何かわかり合えたようで、話が終わっていた。
今のシェラルージェは嫉妬で歪んで、傷ついたような顔をしているだろう。
こんな顔をセリーナに知られるわけにはいかなかった。
自分はハリー様とセリーナを応援すると決めたではないか。
自分に言い聞かせるように唇を噛んで平常心を取り戻そうと深呼吸する。
この顔を見ればセリーナが悪いわけではないのに、またセリーナに自分の気持ちを押し殺させて気を使わせてしまう。それだけは避けなければならなかった。
今の自分の顔を誰にも見せられなくて、シェラルージェは出来るだけ下を向いてアルム兄様に近づく。
「アルム兄様、私もそろそろ帰りますね」
「そうかい。一緒に帰ってあげられなくてごめんね。気をつけて帰るんだよ」
「はい」
アルム兄様に挨拶をしたあと、マリーとセリーナに向き直り、顔を見られないようにすぐに頭を下げる。
「では、お先に失礼します」
素早く顔をあげて扉へ向くと、後ろから声をかけられた。
「「シェラ」」
マリーとセリーナに呼び止められて、振り返らないわけにはいかなかった。
少しぎこちなくても、笑顔を浮かべて振り返る。
「気をつけてね」
「無理だったらちゃんと言って、私から兄様に言ってあげるから」
マリーとセリーナは心配そうな顔でシェラルージェを見つめていた。
2人はシェラルージェが今回の作戦で前線に出ることになったのを聞いてからずっと心配していたのだろう。
マリーとセリーナの真剣な顔に、セリーナに合わせる顔がないと逃げようとしていた自分の情けなさを痛感した。
「大丈夫。アルム兄様がいるもの。必ずやり遂げてみせるから吉報を待ってて」
心配をしてくれる2人に、安心してもらうためにもしっかりと笑顔を浮かべた。
シェラルージェの笑顔を見ても、2人はまだ心配そうにしていたけれど、それ以上は何も言わなかった。
もう一度2人に笑いかけたあと、部屋を出た。




