31 ランバルシア家の婚約者
お城から戻ってきたシェラルージェは、ハリー様の言葉で気になっていたことを訊こうとアルム兄様を呼び止めた。
「アルム兄様、お聞きしたいことがあるのですが、お時間いただけますか?」
「いいよ。今からでもいいかい?」
「はい。ありがとうございます」
アルム兄様の私室に招かれ、侍女がテーブルにお茶を給仕して下がっていった。
「アルム兄様、婚約者についてお聞きしたいのですが、宜しいですか?」
シェラルージェの言葉にアルム兄様にしては珍しく大きく瞳を見開きシェラルージェを凝視した。
しかし、すぐにいつものように笑顔を浮かべると、瞳だけは鋭く声は優しく問いかけてきた。
「誰か結婚したい相手でも出来たのかな? 兄様が検分してあげるよ」
「えっ? ち、違います! 私のことではありません」
私の結婚相手と言われ、ハリー様の顔が浮かんでしまいシェラルージェは顔を真っ赤に染めた。
赤くなった顔を両手でできるだけ隠すようにしてから、アルム兄様を見つめると、アルム兄様は複雑そうな顔をしていた。
怒っているよりは諦めているような認めたくないような顔をしている。
(何故こんな複雑そうな顔をして私を見るのかしら?)
アルム兄様の様子にシェラルージェは落ち着きを取り戻すことができた。
「じゃあ、兄様の婚約者のことかい?」
シェラルージェの困惑した表情に、アルム兄様はからかうような表情に変えて問いかけてきた。
「それも違いますが、アルム兄様の婚約者についてのお話も聞きたいです」
「そうかい。じゃあ、シェラの聞きたいことを先に教えて欲しいな」
シェラルージェはアルム兄様の言葉で今まで一度もアルム兄様の婚約者について聞いたことがなかったことに気づき、それについても聞きたいと思った。
しかし、まずは最初にアルム兄様に聞きたいと思ったアーサー様について聞くことにした。
「はい。ハリー様が仰っていたのですが、アーサー様に婚約話があがっているというのは本当ですか?」
「今のところ聞いたことはないけれど、ハリスはアーサー殿と仲が良いらしいから何か知っているのかもしれないね」
「そうなのですか」
(そのお相手がマリーであることを祈るしかないのね)
シェラルージェが気落ちしていると、アルム兄様もシェラルージェが何を心配して聞いたのか理解したらしい。
「そんなに心配することはないと思うよ? マリー様の婚約者候補になれる者は限られているし、その中でもアーサー殿が筆頭候補者だと暗黙の内に思われているからね」
「そうなのですか?」
(それなら、マリーとアーサー様は結婚できるのかしら)
マリーの悲しむ顔を見なくてすむようになったらいいとシェラルージェは願った。
今現在で確定した事実がないのなら、暫くは様子を見ることしか出来ない。
アーサー様に依頼された創術品を早く用意できるように頑張ろうと思った。
シェラルージェはアーサー様について確認したいことは終わったので、アルム兄様の婚約者について聞くことにした。
「アルム兄様、アルム兄様の婚約者について教えていただいてもよろしいですか?」
「いいよ。そうだね、まず兄様に婚約者はいない」
「いない? アルム兄様は大変モテると伺っておりますが」
「ふふ、まあ、ご令嬢に声をかけられることはあるけれど、それとランバルシア家の婚約者は別物なんだよ」
「別物ですか?」
「そう、まだシェラは知らなかったか」
シェラルージェの不思議そうな顔に、アルム兄様は苦笑する。
「シェラはランバルシア家の家業が何か解っているね?」
「はい。創術で人を幸せにすることです」
「そうだね。根本的な概念はそうなのだけれど、ランバルシア家は創術で国を護っているんだよ」
「はい。お父様が現在されているお仕事ですね」
「そう。父上が作り出した創術の結界で国の国境を護っている。だから、外からは誰も害意を持って入ることは出来ない」
「はい」
「ただそれを他の貴族達は殆ど知らない。そして陛下との盟約でランバルシア家の存在は隠され国に護られている。結界を維持しているのが誰か分かってしまったら、命を狙われるからね」
「その為、分からないように人知れず陛下とだけお会いして仕事の報告をしているのですよね」
「そうだよ。しかも創術を使って創術品を創れる者は直系の私達しかいない。秘匿された術だからね」
「そうなのですよね。そんなに難しいことはしていないのですが、何故皆さんは出来ないのでしょうか?」
「それは心持ちだとお祖父様が言っていたね。邪念が入ると創術は成功しないらしい」
「そうなのですか」
「そんな秘術である創術を使えるランバルシア家の家に入る者を限定するのはごく自然の成り行きだね。創術を悪用されないためと誘拐されないために政略結婚は国が許可していない」
「そうだったのですか?!」
「だから、ランバルシア家の婚約者は家の者が許可した者であればどんな立場の者でも許されているんだよ」
「そうだったのですね……」
「そういう事情から、まだ兄様も婚約者はいないし、シェラにもいないんだよ」
初めて聞かされたランバルシア家の婚約者事情に驚きを隠せないでいた。
「そういうわけでシェラはいくらでも家に閉じこもっていても大丈夫だったんだよ」
アルム兄様の衝撃の言葉に、そう言えば今まで一度も早く外に出なさいと言われたことがないことに気が付いた。みんなは優しさで傷ついていたシェラルージェに何も言わないのだと思っていた。でも、実際は私の身を守る為に家の中で護っていてくれたということだったらしい。
確かに昔の私は好奇心旺盛で何処かへすぐ行ってしまって皆に凄く心配されていた。トラウマで大人しくしてくれるなら、ずっと家に閉じこもっていてもその方が護りやすかったということね。
昔の皆の苦労が今になって判るようになってしまった。
でも、社交を始めようと思ったことに後悔はないので、皆にこれからも心配させてしまうとは思うけれど、やっぱり社交を頑張ってみようと思う。
私の状況については理解できた。
アルム兄様はどうなのだろうと気になって訊いてみた。
「アルム兄様は結婚したいと想う女性はいらっしゃらないのですか?」
シェラルージェの問いにアルム兄様は表情を和らげると笑った。
「残念ながら今のところはいないかな」
そして、シェラルージェを見つめると、観察するように瞳を鋭くして問いかける。
「シェラは?」
アルム兄様に問われて、シェラルージェは言葉に詰まった。
好きな方はいるけれど、だからといって紹介できる訳ではない。
「いるなら紹介するんだよ?」
シェラルージェの様子にそれ以上は追及せずに流してくれた。
「父上と兄様がしっかりと検分してあげるからね」
「…は、はい。その時は宜しくお願いします」
釘を刺すような言葉とアルム兄様の真剣な眼差しをまともに受けたシェラルージェは頷き返すことしか出来なかった。




