29 ハリスの不機嫌
「シェラルージェ嬢、急に声をかけてしまい本当に申し訳ありません」
アーサー様は誰にも声が届かない通路の一角まで来ると改めて謝ってこられたのでシェラルージェは恐縮してしまった。
「謝って頂くほどのことでもございませんから」
シェラルージェが首を振って答えると、アーサー様は頭を掻いてもう一度だけ申し訳ないと言った。
それを笑って受け取ると、アーサー様は本題に入る。
「実はお願いしたいことがありまして……」
「何でしょうか」
「──マリエラ様のために創術品を一式お願いしたいのです」
「……何故、私に依頼されるのですか? お母様の商会でも創術品は扱っておりますが」
「貴女の創る創術品が1番品質が良いと聞いたことがありましたので」
にこりと油断なく笑うアーサー様の情報収集能力に舌を巻いた。
家族の中で護りに特化した創術品を創るのはシェラルージェが1番である。
ただし、その情報は誰にも知られないようにしているのだけれど。
そのシェラルージェの腕を見込んで依頼するということは、マリーを護りたいということに違いない。
「マリエラ様の為なのですね?」
「ええ、マリエラ様のためです。最近良くない噂も耳にしますので予防のために」
そこまで知っているとは本当にアーサー様の侯爵家の情報収集能力は侮れないと思った。
こちらはまだ憶測の域を出ていないのに、何か確証を掴んでいるような物言いだった。
本来なら直接依頼を受ける事などしないのだけれど、マリーのためというのなら引き受けることにした。
アーサー様に声をかけられたときから、創術品を創ってと言われるのではないかと思っていた。だから、わざわざアーサー様と二人きりで話すことにしたのだ。
「分かりました。詳しい話は館でお伺いいたします。優先的に受け付けますので館に予約を入れて下さい」
「ありがとうございます」
「いいえ、私にとってもマリエラ様は大切な友達で同じように心配してますから」
アーサー様ににっこりと笑いかけると、また照れたように頭を掻きながら笑った。
シェラルージェの言外の意味がしっかりと伝わったらしい。
マリーがただ心配で、自分が直接護れない代わりに良いものを贈って護りたいだけなのですよねと。
(マリー、良かったわね。アーサー様もマリーのことを想っているみたいだわ)
マリーの想いが報われそうでシェラルージェは嬉しくなってアーサー様に珍しく自然な笑顔で笑いかけていた。
シェラルージェの笑顔を見て一瞬驚いた顔をしていたけれど、アーサー様も笑い返してくれた。
「それでは、お時間をいただきありがとうございました」
「いいえ、お待ちしておりますね」
「はい、宜しくお願いします」
互いに頷き合うと、ハリー様のところに戻った。
ハリー様を見ると何故か険しい顔をして私達を見つめていた。
「ハリス、待たせてしまってすまなかった。では、シェラルージェ嬢、失礼します」
アーサー様は来たときと同様に爽やかに挨拶すると離れていった。
シェラルージェは笑顔でアーサー様を見送っていると、ハリー様からかなり強い視線を感じた。
気づかない振りをしていたけれど、やはりハリー様は怒っているようだった。
待たせてしまったことを怒っているのかもしれないと思い、シェラルージェは謝った。
「お待たせして申し訳ありませんでした」
シェラルージェは頭を下げて謝罪した。
「なぜ、私が止めたのにアーサーと行ってしまったのですか?」
「アーサー様が私に用事があるとおっしゃったので」
「でしたら、私も一緒で良かったではありませんか」
「ですが、内容によっては私だけが聞かなければならない話かもしれませんし」
「そんなことは関係ありません。男と二人きりになるなど不用心です」
「ですが、アーサー様ですし」
「例え、アーサーであっても二人きりになるのは危険です。襲われたばかりなのですから、もう少し警戒して下さい」
ハリー様はイライラしたままシェラルージェを注意する。
言われたことについては尤もだと思ったので申し訳なく思ったが、なぜハリー様はこんなにイライラしているのだろうか。
「それでいつアーサーと名前を呼び合うほど仲良くなったのですか?」
「ええっと、少し前に紹介されまして、その時に…」
マリーから紹介されたと伝えてもいいのか分からずに言葉を濁すと、ハリー様の眉間にしわが寄っていく。
流石に今の答え方が良くないのは分かっていたのでハリー様の反応もしょうがないとは思うけれど、どうすれば良かったのか。
シェラルージェはハリー様の機嫌が悪いことに戸惑っていた。
ハリー様はシェラルージェを睨みつけているのかと思えるくらい強い眼差しで見つめると口を開いた。
「アーサーには想い人が居るようですよ」
ハリー様の突然の話の転換にシェラルージェは困惑した。
それはシェラルージェもさっき知ったばかりではあるが、何故それを私に言うのだろう。
応援して下さいと言いたいのかしら。
「そうなんですね」
「もう婚約間近だという話も聞きます」
「本当ですか?!」
(マリーったら、もうそんなところまで話が進んでいたの? 教えてくれればいいのに)
シェラルージェの驚き具合にハリー様は少したじろいで言葉を濁した。
「噂で聞いただけですが…」
「なんだ、噂ですか…」
驚きすぎて言葉遣いが荒れてしまった。
慌てて口許に手を持っていって、ハリー様を窺う。どうやらハリー様には聞こえてなかったようだ。
それにほっとして息を吐く。
それを見てハリー様は苦しげな顔をすると、言いにくそうにしながらも言葉を続けた。
「アーサーは止めた方がいいと思います。かなりモテる男ですから、女性は泣くことも少なくないと思いますよ」
マリーを心配してくれての助言なのだろうか。
でも、アーサー様もマリーを想っているようだったし、マリーもアーサー様を想っているのだから大丈夫なのではないかな?
それとも、アーサー様の近くに言い寄る令嬢でも居るのを知っているのかしら。
マリーのことが心配になってきた。
マリーが泣くようなことになるのは嫌だな。
そんなことを思って哀しい気持ちになっていると、ハリー様は呻くような息を漏らした。
「申し訳ありません。言い過ぎました。ただ本当に良く考えた方がいいとだけお伝えしたかったのです。シェーラ嬢が悲しむことになるのが私には辛かったもので……」
どうやらハリー様はマリーのことで私が悲しむ事を心配してくれていたようだった。
そんなことまで気を遣っていただいたことに嬉しく思った。
「ご心配いただきありがとうございます。良く考えてみます」
マリーの為にもアーサー様との関係が確定するまでは、アーサー様がマリーのために創術品を求めたことは内緒にしておこうと決めた。
シェラルージェの様子にハリー様は言葉を飲み込むように深呼吸すると、いつもの仕事中の顔に戻った。
「それでは部屋に参りましょう」
「はい」
ハリー様の視線が外れた途端に、どっとよくわからない疲れを感じていた。




