27 イヤリング
「取り乱してしまい申し訳ありませんでした」
少しすると、ハリー様はいつものように落ち着きを取り戻してシェラルージェに謝ってきた。
シェラルージェの方はそんなハリー様を見ていただけで落ち着けたので、どちらかというとお礼を言いたかったほどだ。ただそれを言ってしまうとハリー様がより困ることが分かっているので言わずに、シェラルージェは笑い返した。
「いいえ、本当に助けてくださってありがとうございました」
ハリー様が落ち着かれたので改めてシェラルージェは深く頭を下げてお礼を伝える。
するとハリー様は首を振ってから、シェラルージェに頭を下げてきた。
「襲撃を未然に防げず、シェーラ嬢を危険な目に遭わせてしまい申し訳ありませんでした」
そして、顔を上げると、真面目な顔をしてシェラルージェを見つめる。
「このままここに居ても危険ですので移動します。御者は気を失っていただけでしたので、この後来る警邏隊にこの馬車と共に任せようと思います。それで宜しいですか?」
「はい、お願いします」
シェラルージェが頷くと、ハリー様は馬車の外に目を向け周囲の気配を探ると馬車から出て行った。
すると、遠くから馬の駆けてくる音が聞こえてきた。
ハリー様が言っていた警邏隊が来たのかもしれない。
しばらく待っていると、馬の足音が馬車の近くで止まり、鎧の音と話し声が聞こえ始めた。
「シェーラ嬢、お待たせ致しました」
ハリー様が外から話しかける。
「移動しますので馬車を降りて頂けますか?」
ハリー様の言葉にシェラルージェはゆっくりと馬車から出る。
外には10名ほどの警邏隊の方が馬車を取り囲んでいて、周りを警戒していた。
その物々しさにたじろいだシェラルージェの手を、エスコートしていたハリー様が安心させるように少し力を込めて握ってくれる。
握られた手でハリー様に意識を戻したシェラルージェは大丈夫だと伝えるために頷き返した。
「こちらへ」
ハリー様に案内されて行くと、目の前にはいつも見ていたハリー様の愛馬がいた。
まさかと思ってハリー様を見ると頷き返された。
「一緒に乗って頂きます」
「えっ…」
「少し不安定ですが、私が支えますので安心してください」
「は、はい」
シェラルージェには頷くという選択肢しかなかった。
シェラルージェが頷いたのを確認すると、ハリー様が抱き上げて馬の上に横座りで乗せてくれる。
そしてハリー様もシェラルージェの後ろに軽やかに跨がる。
「それでは、参ります。危ないですので私の腕に掴まるか、私に少し体重をかけて下さいね」
言葉と共にシェラルージェの身体を囲うように腕を回され、心臓が跳ねる。
あまりにも近い距離に顔が赤くなっていく。
周りが暗くなり始めていてるおかげで赤くなった顔を見られずにすんで本当に良かったと思った。
「しっかり掴まって下さい」
「は、はい」
改めてハリー様に促され身体の前に回されたハリー様の腕を掴む。
掴んだ腕が思ったよりも筋肉質で驚いた。やっぱり女性とは違ってしっかりした力強い腕に安心感を感じる。
シェラルージェを驚かせないようにゆっくりと動き出したハリー様の馬の左右に警邏隊の人が守るように並走する。
ハリー様の腕に包まれながら帰る帰り道は、危険なことがあった後なのにそれを忘れるくらいの護られている安心感で幸せを感じてしまった。
本当に周囲が暗くて良かったと思う。
あんなことの後なのに、にまにまと笑いを抑えきれずに口の端が上がった顔を見られてしまえば引かれること間違いなしである。
バレないように出来るだけ顔を下に向けて、ハリー様の腕の中で家に着くのを待った。
馬に揺られて、しばらくすると子爵家の外門に到着した。
ハリー様は一緒に来ていた警邏隊の人達に声をかけると、警邏隊の人達は「失礼します」と言って帰っていった。
ハリー様はそのまま玄関の前まで移動すると、シェラルージェを下ろしてくれた。
手を取られそのまま家に入るかと思っていたシェラルージェは、ハリー様が動かないことに疑問を感じ見上げる。
見上げた先でハリー様はシェラルージェを見つめていた。
その瞳は何か言いたげに揺れ動いている。
シェラルージェはハリー様の様子に何かあるのかと思い、次の言葉を待つことにした。
続く沈黙の中、ハリー様が一度目を伏せると息を吐き出す。
そして改めてシェラルージェを見つめると、懐からケースを取り出し私の手の上に乗せた。
「シェーラ嬢、このイヤリングを受け取って頂けませんか?」
そういって手に乗せられたケースの中には、シェラルージェがハリー様の好きな女性のために創術したイヤリングが入っていた。
それを見てシェラルージェは瞳を大きく開け息を飲んだ。
(なぜ、私の手の上に乗せられてるの?)
手の上に乗せられたイヤリングを凝視したまま言葉を紡げなかった。
「このイヤリングには物理防御と魔法防御が付与されています」
(それは知ってます。私が創った物ですから……でも)
「どうか受け取って頂けませんか? 今日こんなことがあってとても貴女のことが心配なのです。少しでもシェーラ嬢を護る物があった方がいいと思うのです」
シェラルージェが戸惑っているのが分かるようで、ハリー様は言葉を重ねていく。
受け取ることに戸惑ってはいる。でも、ハリー様が思う戸惑いとはまったく違うことでシェラルージェは戸惑っているのである。
──このイヤリングは好きな女性に渡す物ではなかったのですかと。
──それなのに私に渡してしまっても良いのですかと。
シェラルージェがそのことを知っていることをハリー様に知られるわけにはいかないから言えないけれど、ハリー様に問いたかった。
──本当にそれで宜しいのですかと。
「これは家にあった物で、誰も使っていない物なので遠慮なさらずに受け取ってください」
ハリー様は嘘をついてまでシェラルージェが受け取りやすくなるように言ってくれる。
シェラルージェはそういうことじゃないんですと言いたかった。
「本当にそんな大切な物を私に渡してしまってもよろしいのですか?」
シェラルージェは直接的な言葉は使えなかったけれど、ハリー様に本当にそんなことをして後悔しないのか確認したかった。
「是非受け取ってください。出来れば毎日付けて頂けると私も安心できます」
シェラルージェが受け取ることに同意したと思ったのか、ハリー様はほっとして表情を和らげ微笑みを浮かべた。
ハリー様の表情には渋々だとか仕方なくとかの感情は感じられなくて、本当にシェラルージェの身を案じてイヤリングを受け取って欲しいと思っているみたいだった。
「本当に受け取っても宜しいのですね?」
「はい、是非受け取ってください」
「分かりました。ありがとうございます」
ハリー様自身の想いよりも、護衛としての義務を優先してくださった気持ちを受け取ることにした。
本当にハリー様には申し訳なく思う。
シェラルージェがこんなことにならなければ、この手の中にあるイヤリングはハリー様の好きな女性に贈られていたのだ。そう思うと心苦しくて、だからこそより一層大切にしようと心に決めた。
ハリー様はシェラルージェの言葉に嬉しそうに笑顔を浮かべると、玄関へと歩き出した。
「今日のことをランバルシア子爵とアルムに伝えなければなりませんので、家の中までエスコートしても宜しいですか?」
「はい、お願いします」
シェラルージェはハリー様に促され玄関の扉を潜った。




