892 三十三歳 帰郷の準備
パーティーの翌日、アイザックはエンフィールド帝国の将官達を集めた。
戦勝を祝う宴は盛況のうちに幕を閉じた。
参加者達はそれぞれの思惑を胸に帰っていったが、仕事はまだ終わっていない。
――戦争に勝利し、領土を広げた。
だが勝ったからといって、いつまでも浮かれているわけにはいかない。
今後を見据えた計画を立てなければならなかった。
これからは占領地の統治を進めると共に、軍の再編も考えなければならなかった。
軍をいつまでも各地に駐留させておくわけにはいかないので、まずは帰国させる事について話す必要があった。
「皆、今日は集まってくれてありがとう。さて、今日の議題は、皆が二番目に気になっている事です」
アイザックの言葉に、将官達が姿勢を正す。
同時に、彼らの脳裏に「一番じゃないのか?」と疑問が浮かぶ。
「まずは、誰から帰国させるかです」
その言葉に、将官達は合点がいった。
一番気になっているのは、もちろん褒美についてだ。
だから二番目の「いつ帰れるのか?」という事について話そうとしているとわかり納得する。
「全軍を一度に帰国させるわけにはいきません。占領地の治安維持も必要ですし、敗戦国の残存兵力が反乱を起こす可能性もある。かといって、いつまでも帰郷したいという気持ちを無視するわけにはいきませんし、大軍を駐留させる予算も無視できません」
軍を動かすには金がかかる。
兵士達の食料や装備、輸送に必要な物資など、維持費だけでも馬鹿にならないのだ。
それに戦争が終わった以上、兵士達をいつまでも戦場に縛り付けておく必要もない。
帰らせる事ができるなら、帰らせるべきだろう。
「長期間戦場にいた者達には、優先的に休養を取らせてやりたい。家族の顔を見たい者も多いでしょう。交代で帰国させていたとはいえ、それでも何年も戦場にいた者ばかりですから」
ウォリック公爵が、アイザックの意見に賛同する。
彼自身、孫達に会いたいという気持ちを持っていたからだ。
「体は休める事ができても、戦場にいると心は休まりません。しばらくゆっくり休ませてやりたいですね」
「その通りです」
将軍の一人が答える。
彼ら自身も、部下達が疲弊していることは理解していた。
「皆を休ませたいという気持ちは、私も同じです。本当によく戦ってくれた事に感謝します。この労苦には報いるとお約束します」
一度、アイザックが頭を下げる。
「ですが、帰国させる部隊を選ぶとなると、簡単には決められません。先ほど言ったように、交代で帰国させなければならないからです。みんな頑張ったから、みんなを帰すというわけにはいきません。戦場で功績を挙げた者達を優先したいところですが、それだけでは決められない」
アイザックは机の上に広げられた地図に目を落とす。
「まずは、占領地の治安維持に必要な兵力を算出しましょう。各地の情勢を見て、どれだけの兵力を残すべきか決める。それから、残った部隊の中で帰国させる順番を決めればいい」
「それが妥当でしょう」
「ただし、占領地の統治を任せる部隊には気を遣ってください。敗戦国の民に必要以上の不満を抱かせるような真似は避けたい。戦勝国だからといって、好き勝手に振る舞っていいわけではないという事を周知してください」
アイザックは将官達を見回した。
この事に異論を持つ者はいない。
最初から伝えられていた事ではあるし、すでにノーマンが不逞の輩を処理している事もあって、やってはいけない事だと嫌でも思い知らされていたからだ。
「我々は戦争に勝った。だから浮かれてもしかたない。だが、これからは占領地はエンフィールド帝国となる。自国民に対して略奪や暴行を犯すような真似は絶対に許さないでください。最初に失敗すれば、せっかく手に入れたものを失うことになります」
将官達の表情が引き締まる。
戦場で敵を打ち破ることと、勝ったあとの土地を治めることは別の話だ。
敵を倒すだけなら、圧倒的な武力を叩き付ければいい。
しかし、支配を続けるとなれば、現地の住民達の感情にも配慮しなければならないからだ。
逆らうからと住民を全員殺してしまえば、これから統治する領主が税を取れなくなる。
それでは占領した意味がなくなってしまう。
「その辺りにいる住民が、隠し持っていた武器でいきなり襲いかかってくる。そんな土地に住みたくないでしょう? だから、我が国の統治に慣れるまでは注意してください」
「アーク王国軍が味わった地獄の事ですね。あのような状態にはなりたくないので、気を付けます」
「それと帰国させる順番ですが、できれば長期間帰国していない部隊を優先してあげてください」
「承知しました」
「もちろん、全員を一度に帰すことはできない。順番を決めて、交代で帰国させる。残る者達にも、いつ帰れるのか見通しを示してあげてほしい」
アイザックはそう言って、ウィルメンテ公爵に視線を移す。
「今回、戦争を勝利に導いたウォリック元帥には、第一陣で帰国してもらいます。今のエンフィールド帝国は、リード王国時代と比べられないほど大きくなりました。中央から軍を統率する命令を出しても手遅れになるかもしれません。そこでもう一人元帥を任じて、ウォリック元帥が不在となる地方を任せたいと考えています」
ウィルメンテ公爵の胸が高鳴る。
アイザックの言葉と視線の意味がわかったからだ。
「ウィルメンテ公。ウォリック元帥が不在の間、アルビオン地方を中心とした統治を任せてもよろしいですか?」
「お任せください!」
「では、後日正式に元帥就任式を行います。全軍の指揮官はウォリック元帥なので、同じ場所にいる場合は命令に従ってもらう事になりますが、不在の間はあなたが最高司令官です」
「船頭多くして船山に上る。元帥が二人もいるのならば、混乱を防ぐために序列を決めておくのは当然です。元帥の名に恥じぬよう、邁進してまいります!」
ウィルメンテ公爵は、ウォリック公爵がいる限り、自分は元帥にはなれないと思っていた。
それなのに国が広がったおかげで、チャンスが転がってきた。
戦争で領地を貰えるのも嬉しいが、名誉を得られるのはもっと嬉しい。
こういうところはアイザックと違って、生粋の貴族といったところだろう。
「ウィルメンテ公も、孫に会いたいでしょうが……。今回はウォリック公に譲ってください。もちろん、ウィルメンテ公や、共に残る部隊の指揮官が帰国する時も盛大な凱旋式を行います。決して無下にはしません」
「かしこまりました」
「では、まずは各地の必要兵力から確認していきましょうか」
次に地図へと視線を移す。
こうして、戦後の軍の配置を決める話し合いが始まった。
戦争は終わった。
だが、エンフィールド帝国にとっては、戦後の処理という新たな戦いの始まりでもあった。







