890 三十三歳 マカリスター連合の降伏
マカリスター連合の国王達は、謁見の間ではなく会議室に案内された。
一応は国王という事もあり、見世物にしないという配慮によるものだ。
とはいえ、子供達の教材としては使う。
子供達はアイザックの背後。
会議室の壁際に座って見守る。
「さて、ギリアム陛下。まずはあなたからお伝えしましょう」
アイザックは優しく微笑む。
それでもギリアムは緊張する。
やはり相手が相手だ。
孫の事があるとはいえ、油断できずにいた。
「バークレイ王国は、我が国の忠告に従って、大人しく軍を退いてくださいました。私はその点を高く評価しています。もし我が国に降伏し、エンフィールド帝国の侯爵になっていただけるのであれば、アルビオン帝国に占領されていた旧領をお返ししましょう。そのあとは、バークレイ地方のバークレイ管区総督に任じてお任せするつもりです。バークレイ王国貴族は全員二階級の降爵。ただし、最低でも男爵位は保障します。いかがですか?」
――いかがですか?
ギリアムの判断に任せるという言葉だが、このようなケースでは選ぶ余地がない。
(断ったらどうなりますか? と聞く事自体が危険だ。機嫌を損ねてしまった場合、今よりも悪い条件を突き付けられてしまう事になりかねない。だから、今聞くべきは)
「とてもありがたい提案ですが――」
彼が断りそうだと見て、アイザックの眉がピクリと動く。
それをギリアムは見逃さなかった。
だから、必要な質問だけをする事にした。
「その場合、オルデンとエリザベス皇女との婚約はどうなるのでしょうか? 王族ではなくなったから、この話はなくなってしまうのですか?」
――不満をぶつけるわけではない。
進んでいた話の再確認だ。
これでアイザックが不愉快になり、条件を下げてくるようであれば、彼の器が小さいだけだ。
大勢の前で、そんな姿を見せるはずがない。
しかし、なぜかアイザックは露骨に不愉快そうな表情を見せた。
ギリアムは質問を間違えたかと肝を冷やす。
「婚約は有効です。ですが、だからといって調子に乗らないように。私の娘が嫁ぐとはいえ、バークレイ家は、エンフィールド帝国貴族としては新参者になります。私やエリザベスの権威を笠に着て、他の貴族と摩擦を起こさないでください」
(そういう意味だったか)
「無論、そのような事はいたしません。……エンフィールド帝国の傘下に、喜んで加わります」
「その英断を歓迎します。後悔はさせないとお約束しましょう」
ギリアムは、エンフィールド帝国の傘下に加わる事を承諾した。
すでにアルビオン帝国は降伏し、他のマカリスター連合加盟国も降伏している。
ここで意地を張って抵抗する意味などない。
そんな事をするのは、滅びの美学に酔った愚か者くらいだろう。
人並みの知恵を持っている者ならば、ここは傘下に入るの一手である。
エリザベスを嫁に迎え入れる事もできるので、悪い扱いは受けないはずだ。
それに旧領も返してくれる。
反抗する理由など、国王の肩書き以外にはなかった。
「ではサウスウォルド国王ジョニー陛下。あなたは私の撤兵要請に従ったものの、一度は我が国からの要請を拒否しました。バークレイ王国と同じような厚遇を受けられるとは思わないでください」
「あの時は、アルビオン帝国へ報復するいい機会だと思って退けませんでした。まさか、あのヴィンセントが本当に降伏するとは思えなかったので……」
「それはそちらの事情でしょう」
アイザックは冷たく突き放した。
先ほどのギリアムの時とは違い、交渉の余地など感じさせない言葉だった。
「貴国はバークレイ王国や他の三国とは違い、降伏はせず休戦状態となっています」
――他の三国。
この一言は、メルブリーク王国など三国の王達の心を震え上がらせた。
たった一言。
だが、国をひとまとめにした事で、彼らの扱いが酷いものになると想像させるのに十分だった。
「どうしたいですか?」
アイザックの質問は残酷だった。
ここで「降伏しろ」と言われれば、やむなしといった態度を見せて受ける事ができる。
他に選択肢がないからだ。
だがアイザックは「自分で判断して、降伏すると言え」と追い詰めた。
これもやはり、バークレイ王国との違いを思い知らせるのには十分な対応だった。
「降伏します。エンフィールド帝国の貴族として仕えさせてください」
意外な事に、ジョニーはあっさりと降伏を選んだ。
悩みもしなかったので、前もってどうするかを考えていたのだろう。
これはこれでアイザックは困った。
(こんなにあっさり降伏されると、それはそれで扱いに困るじゃないか! ケチ王とか言われてるくらいなんだから、もっと渋れよ!)
――バークレイ王国とサウスウォルド王国との差を見せつける。
一度、撤兵を断っただけだ。
だが、そのたった一度の違いが大きな差を生んだ。
だからアイザックは、サウスウォルド王国を少し追い詰めたかった。
それなのに、こんなあっさり頭を下げられてしまっては、追い詰められない。
――なぜなら、子供達に弱い者いじめをしていると思われてしまうかもしれないからだ。
「その申し出を受けましょう。ですが、バークレイ王国と同じ扱いとはいきません。サウスウォルド王家には伯爵位を与えます」
「かしこまりました」
「サウスウォルド王国の貴族も二階級の降爵。そちらに派兵した我が軍の出費の穴埋めとして、現在のサウスウォルド王国の国土の半分を賠償としてもらう」
「かしこまりました」
「……なかなか聞き分けがよくて助かります」
ジョニーは平身低頭、頭を下げて受け入れるばかりである。
これでは埒が明かないと、アイザックは一歩踏み込んだ要求をする。
「おかげさまで良好な関係を築けそうですね。この新たな関係を祝って、帝国正規軍を駐留させましょう。治安や防衛に関する心配は、今後しなくて結構ですよ」
これは要求ではない。
一方的な通達だ。
この話を聞いていたジョニー以外の出席者が驚いた。
子供達でさえ、あまりの要求に息を呑んだ。
「かしこまりました」
しかし、ジョニーは違った。
アイザックの言葉に反発したりせず、言い終わった一秒後には了承していた。
これは、ただの安請け合いではない。
すべての要求を受け入れるという覚悟によるものだった。
「本当によろしいのですか? 兵権まで手放すとは」
思わずギリアムが尋ねた。
領兵は領地防衛のためだけではない。
その地が領主の支配地であり、小さな王として振る舞うために必要な力である。
――では兵権を奪われたらどうなるか?
皇帝の命令に逆らう力を持たず、あっさりと領地を奪われる危険が付き纏う事になる。
兵権のない領主は「無茶振りをしたら抵抗するぞ」という脅しの道具を失うという事だ。
領主とは名ばかりの地方を治める小役人に成り下がってしまう。
そんな圧倒的に不利な状況を、あっさり受け入れたのだ。
つい口も出てしまう。
「もちろんです。軍の維持は金がかかる。防衛を担ってくれるというのであれば、税収の利益から半分を納めても惜しくはありません」
ジョニーは真剣な目で、アイザックの顔を見つめる。
その目は「言外の意味をわかっているよな?」と問いかけているようだった。
それを知らない者達は「そこまでケチるのか!?」と衝撃を受けていた。
「フフフッ」
アイザックが笑う。
これは本心からの笑いではない。
それは誰の目からも明らかだった。
アイザックが何を考えているのか。
彼が口を開く瞬間を誰もが待っていた。
(どうしよう、ここまで追い詰めて「じゃあそれで」とは言いづらいよなぁ……)
だが、アイザックが笑ったのは考えがあったからではない。
――考える時間を稼ぐための笑みだったのだ。
(……仕方がない。こっちも譲歩するか)
結論はすぐに出た。
大人しく兵を退いて降伏してきたのだ。
ギリアムほどの好条件ではないものの、追い詰めなくてもいい。
アイザックは一歩引く事にした。
「そこまで覚悟を決められているとは。失礼しました」
アイザックは軽く謝った。
そして好意的な笑みを見せる。
「その覚悟を評価して、先ほどの条件は伯爵家として受け入れる以外はなしとしましょう。ただし、サウスウォルド王国は東西に二つの地方に分けます。西側はジョニー陛下に総督としてお任せしましょう。東側、主にアルビオン帝国に占領されていた地域ですが――」
アイザックは、もったいぶって言葉を切った。
ジョニーは緊張して唾を飲み込む。
「こちらは領主が決まっていません。総督はこちらで決めますので、占領されていた諸州の領主は、そちらで決めてくださっていいですよ」
「よろしいのですか!」
この提案には、ジョニーも顔を明るくして食いついた。
「ただし、まともな領主である事が条件です。領主に返り咲いたからと、調子に乗って重税や労役を課すような者であれば処罰します。またあなたにも任命責任を問う事になるでしょう。慎重に考えてください」
「ありがとうございます。これで私の面目は保たれました」
アイザックが言っているのは「アルビオン帝国に占領されていた地域の領主を戻していい」というものだった。
元領主達は領地に戻る事ができる。
彼らの上に君臨するのはジョニーではなくなるが、国が無くなるのを考えれば些細な事である。
彼らをいつか領地に帰すと約束していたのは、ジョニーだけではなく歴代のサウスウォルド国王だ。
王家として、最後に面子を保つ事ができたのだ。
(ここまで追い詰めたら、いつか反乱を起こされる。……俺なら絶対に反乱を起こすか暗殺するし、追い詰めすぎたらダメだ。やっていいのは、完全に無力になる奴だけだ)
ジョニーは伯爵として、サウスウォルド地方に影響力を残す事になる。
ここまで従順に従う姿勢を見せている相手を追い詰めたら、彼に協力する者も出てくるだろう。
だから、アイザックは引くしかなかった。
(まさか、そこまで計算しているわけじゃないよな? 国王なんだからプライドとかあるだろうし)
「では、その方向で調整を進めさせよう。では次に――」
アイザックは、残る三国の王を一瞥した
「メルブリーク国王クイン、コッテスモア国王アシュトン、エクスモア国王カーティス。お前達が我が国の領土を侵したせいで、我が軍の兵士が死んだ。だが降伏した以上、この場で処刑したりはしない。もしエンフィールド帝国の傘下に入るというのであれば、子爵家として田舎の領地を与え、穏やかな余生を過ごせるように手配しよう。ただし、代々伝わる物以外は、持ち出せるのは馬車十台分の物品だけだ。残りの金品は戦死した兵士の家族への見舞金として没収する」
彼らには容赦なく厳しい通告をする。
大人しく兵を退いたか、退かなかったで明確な差を見せつける。
これは今後、エンフィールド帝国と対峙する事になった国に、どのような態度を取るのが正解かを知らせる見せしめのためでもあった。
このような厳しい要求を出されて、彼らの表情は曇る。
お互いに視線を交わして、どうするかをアイコンタクトで相談する。
「あとで条件を追加されたりはしないのでしょうか?」
アシュトンが恐る恐る確認する。
怖いが、これはどうしても聞いておかねばならない事だった。
「しない。だが、この処分を不満に思って、密かに反旗を翻そうとした場合などは親族ごと叩き潰す。生かしておくだけでも温情をかけているのだからな。嫌ならば国に戻り最後の一兵まで戦うか、他国に亡命するといい」
彼らは俯いた。
グリッドレイ公国など、公王含めて全員処刑したのだから。
その事は、彼らも知っているので、生かしているだけでも温情をかけているというのは本当だと思えた。
彼らが知らなかったのは「ファラガット共和国を二分するという約束を踏み倒すための口封じで殺した」という裏の真実だった。
それがなければ、アイザックもグリッドレイ公爵家の者達を皆殺しにはしなかっただろう。
しかし、そんな事情を知らない彼らには、敵対者に容赦のない男にしか思えなかった。
「私は降伏いたします」
最初に降伏を申し出たのはクインだった。
「ノックス伯が守るヘイデンの要塞地帯を一日で破壊した力。あれを目の当たりにしては逆らう事などできません。今後はエンフィールド帝国貴族として、家格に見合った地位を得られるよう努力いたします」
火薬を山盛りにして爆破した事によって、要塞地帯を破壊された。
様々な要因が重なっての結果だったが、そんな事を知らない彼の反抗心はへし折られていた。
生き残れるだけでもありがたいと、素直に降伏を受け入れる。
「私も降伏いたします」
「私もです」
アシュトンとカーティスも降伏を受け入れた。
五か国が連携したからこそ、アルビオン帝国にも抵抗できていたのだ。
マカリスター連合が崩壊した今、単独で抵抗する力などない。
そもそも、もう国が崩壊しそうな状況なのだ。
滅ぼされずに、降伏するチャンスを与えられただけマシである。
(ヴィンセントだったら、降伏などできなかっただろう)
(奴なら滅ぼして、すべてを手に入れていたはずだ)
(家の歴史に関わる物は別枠で持ち出していいと言ってくれただけありがたいと思わなくては)
アイザックも厳しいが、さらに下がいるとわかっているため、彼らは受け入れやすかった。
もちろん抵抗はあったが、拷問されてから殺されるよりはマシだ。
ヴィンセントの存在が、アイザックにも大きな利益をもたらしていた。
「では、そのように進めよう。降伏した以上は約束は守る」
ジョニー以外はスムーズに話が進んだため、アイザックは安堵の笑みを見せる。
「反抗的な行動をしなければ、エンフィールド帝国貴族として歓迎しましょう。今後ともよろしく」
その笑みは、マカリスター連合の国王達にとって、包容力がありながらも、えも言われぬ不気味さを覚えさせるものに見えた。







