889 三十三歳 マカリスター連合、崩壊の日
旧帝都スタリオンには、マカリスター連合の国王も集まっていた。
かつては一国を統べる支配者として、臣下に命令を下し、民を従えていた者達である。
だが、今の彼らにかつての威厳はなかった。
バークレイ王国のギリアムを除き、誰もが肩を落としていた。
顔色は悪く、目には生気がない。
これから自分達に何が告げられるのか、考えるだけで恐ろしくなるのだろう。
その姿はまるで死刑宣告を待つ罪人のようだった。
「……我々は、これからどうなるのだろうな」
誰かが、ぽつりと呟いた。
それに答える者はいない。
答えられるはずもなかった。
彼らは皆、エンフィールド帝国に敗れた国の王である。
これまではマカリスター連合として抵抗を続けてきたものの、同盟としての体をなさないほど瓦解してしまった。
もはや戦争を続けられない。
抵抗を続けたところで、待っているのは蹂躙だけだ。
それを理解したからこそ、彼らは降伏を選んだ。
だが、降伏すれば助かるという保証はない。
エンフィールド帝国が自分達をどう扱うつもりなのか。
王位を剥奪されるだけで済むのか。
それとも、戦争の責任を問われて処刑されるのか。
何もわからない。
わかっているのは、自分達の命運を握っているのが、様々な噂が流れる皇帝アイザックだということだけだった。
「ギリアム陛下は、よろしいですな……」
沈黙を破ったのは、隣に座っていたメルブリーク国王クインだった。
彼は羨望と嫉妬の入り混じった目でギリアムを見つめていた。
「……何がですかな?」
ギリアムは、怪訝そうに尋ね返す。
「バークレイ王国は、早い段階でエンフィールド帝国に従った。おかげで、こうして我々と同じ立場に立たずに済んでいるではありませんか」
「それは当然です。元々は我らの国土であっても、アルビオン帝国が占領した状態で降伏したのなら、エンフィールド帝国のものと思われると考えるべきでした」
「一度自分の物になったから絶対に手放さないとは……。そこまで強欲な王がいるとは思わなかった」
サウスウォルド国王ジョニーの言葉に、一同は「お前が言うな」と思った。
しかし、そんな事にツッコんでいる余裕はないため、誰もがスルーした。
「国土を取り戻すための行動で国を失うかもしれず、命さえ危うい。まったく、何を間違えたのか……」
クインが悔しそうに顔を歪めた。
その言葉に、他の国王達も反応する。
「我々も、もっと早くエンフィールド帝国に従っていれば……」
「アルビオン帝国が、あそこまであっさり敗れるとは思わなかった」
「そもそも、勝ち目があったのか? 内輪揉めしているような奴らに?」
「内輪揉めしていたからこそ、我らも攻め込んだのではないか。」
口々に語られるのは、後悔ばかりだった。
戦争が始まる前、彼らはエンフィールド帝国を恐れてはいた。
だが、アルビオン帝国という大国ならば、長期間対抗できると考えていたのだ。
その間に旧領を取り戻し、アルビオン帝国を倒す手伝いをすれば、エンフィールド帝国も簡単には手を出せないはずだ。
そうした計算が、すべて崩れ去った。
今となっては、目先の欲に飛びついた自分達が愚かだったとしか思えない。
そして、彼らの視線は再びギリアムへと向けられた。
バークレイ王国は、エンフィールド帝国との対立を避け、早くからその勢力圏に入っていた。
少なくとも、今ここで処遇を待つ彼らよりは、はるかにましな立場にいる。
その事実が、彼らにはたまらなく羨ましく思えた。
「……私も、先のことがすべてわかっていたわけではありません」
ギリアムは困ったように答えた。
「ただ、エンフィールド帝国と敵対し続けるのは危険だと判断した。それだけのことです」
「その判断ができたことが羨ましいのですよ」
クインは力なく笑った。
「我々にも、同じ判断ができていれば……」
その先は言葉にならなかった。
今さら後悔しても、失ったものは戻ってこない。
彼らがどれほど嘆こうと、戦争の結果が覆るわけでもなかった。
ギリアムも、彼らにかける言葉を持っていなかった。
自分が彼らの立場にいたら、同じように後悔していたかもしれない。
だが、そうならなかったのは、自分が早い段階で判断を下したからだ。
そして、その判断を正しいものにしたのは、エンフィールド帝国が勝利したという結果だった。
もしエンフィールド帝国が敗れていたら、今頃は自分が彼らを羨んでいた可能性もある。
そう考えると、素直に胸を張ることもできなかった。
「……皆様、どうかお気を確かに」
ギリアムがそう口にすると、国王達は苦笑した。
「お気を確かに、ですか。これから処刑されるかもしれないというのに、ですか?」
「……そうなると決まったわけではありません」
「ですが、我らはエンフィールド帝国の警告を無視して攻め込まれた身。どうなる事か……」
「処刑はされないとは思う」
ジョニーが呟く。
「なぜそう思われる?」
「我々を処刑するつもりなら、ギリアム陛下と同じ部屋に集めはしないだろう。彼の孫はアイザック陛下の娘と婚約している。罪人と同列には扱わないはずだ」
「では……、まだ交渉の余地があると?」
「なければスタリオンまで呼び出しはしないだろう。まさか、直接処刑宣告をしたいという悪趣味な人間でもあるまいに」
「ヴィンセントならば、やっていただろうな……」
彼らは、アイザックの事をよく知らないので「ヴィンセントに勝つ人間」という一事だけで「とんでもなく性格の悪い奴だ」という印象を持っていた。
「ギリアム陛下は、アイザック陛下と話したのだろう? どのような人物だった?」
「うーむ……。正直に言えば、まだ若く、覇気に乏しい優男というのが第一印象だった。もちろん、一代で――いや、たった十年ちょっとでこれほどの大帝国を築いた男だ。そのような見た目に騙されてはいけない」
「皇帝になっても、容姿で相手を油断させる事に余念がない、隙のない男というわけか……」
例えばヴィンセントだ。
彼は皇帝らしい威風堂々とした雰囲気を纏っている。
アルフレッドやブランドンも、皇子として威厳を持った容姿だった。
人の上に立つ者として、相応の服装や態度を取る。
だが、アイザックは覇気に乏しく、皇帝らしくはないらしい。
今のエンフィールド帝国を短期間で作り上げた者に、覇気がないはずがない。
それは相手を油断させるための擬態と考えたほうがいいだろう。
大帝国の皇帝となった今も抜け目のない男だ。
「しかも帝都に行った時は、皇后陛下が私に細やかな配慮をしてくれた。エンフィールド帝国の人間は、話が通じない相手ではない。誠意を持って対応すれば寛大な処置も期待できるだろう」
「ですが、我々が戦争を仕掛けたと思われています。戦争の勝者が寛大な処置を取ってくれるとは限りませんよ」
誰もが同じ不安を抱えていた。
彼らは国王だ。
自分達の命だけでなく、国の未来についても考えなければならない。
王位を失うのは仕方がないとしても、国全体で過酷な処遇を受けるのは避けたかった。
自分達の失策によって、民までエンフィールド帝国の報復を受けるようなことがあれば、死んでも死にきれない。
だからこそ、彼らは一刻も早く自分達の処遇を知りたかった。
厳しい条件を突きつけられるのなら、覚悟を決めることもできる。
だが、何もわからないまま待たされるのは、耐え難い苦痛だった。
その時、部屋の扉が開いた。
全員の肩がびくりと震える。
入ってきたのは、エンフィールド帝国の役人だった。
「皆様、お待たせいたしました。これより、皇帝陛下がお会いになられます。会議室へご案内いたしますので、同行お願いします」
その言葉を聞いた瞬間、国王達の顔が一斉に強張った。
――自分達の命運が決まる時が、ついに来た!
彼らは互いに顔を見合わせたあと、重い腰を上げる。
その中で、ギリアムだけは比較的落ち着いていた。
それを見た国王の一人が、恨めしそうに呟く。
「……本当に、羨ましい限りですな」
ギリアムは何も答えなかった。
今の彼らには、どう答えても嫌味か自慢にしか聞こえないだろう。
かつての同盟者に、追い打ちをかけるような真似は彼にはできなかった。







