888 三十三歳 血の継承
「あー疲れた、もー」
そう言って子供に抱き着く――わけにはいかなかった。
このあとはパーティーが開かれる事になっていたが、その前にエンフィールド帝国の主な貴族と集まって、雑談する事になったからだ。
ウォリック公爵やウィルメンテ公爵といった将軍達の前で、あまりだらしない姿は見せられない。
心の中で不満を抱きながら、アイザックは平然としているように見せていた。
「アーク王国への派兵から、ここまで。みんなよくやってくれた。これまでの功績に報いると約束する。ただ与える土地が多いため、誰にどこを与えるのかの候補地を考えるだけでも一苦労だ」
アイザックは、フフフッと笑う。
「領土が増えすぎて困る。かつて、このような悩みを抱えた王が存在しただろうか」
周囲から笑い声が漏れる。
「言うまでもないだろうが、これは皆のおかげだ。そして何よりも、ベイツ子爵のおかげでもある」
その一言で、皆の視線がノーマンに集まる。
そこには「命を懸けて戦った俺達よりも評価されているとはどういう事だ?」という不満が籠められていた。
「モズリー侯爵家やワイアット侯爵家を始めとする、アルビオン帝国の高位貴族を一掃してくれたのだ。彼らの領地は広大だ。ファーネス侯達に分け与えてもなお、広い領地が残っている。彼らが生き残っていれば、アルフレッド達との関係を考えて、生かしておかねばならなかったかもしれない。私が来る前に処理してくれて助かった」
ノーマンを特別に贔屓しているわけではなかった。
しかし「いや、じゃあフィッシュバーン侯の扱いは?」と思われてしまう。
特別ではなくとも、多少の贔屓目はあるなと思われたが、憎まれ役を貫き通したその功績は否定できない。
そのため、ノーマンに向けられていた嫉妬の視線が彼から逸らされる。
「成すべき事を成しただけです。……正直やりすぎだと思っていましたので、お叱りを受けるのも覚悟しておりました」
ノーマンの言葉に、アイザックは少し眉をひそめる。
「……それだけどうしようもない貴族が多かったという事だろう?」
「はい。ファーネス侯達も清廉潔白というわけではありませんが、アルビオン帝国貴族の水準を考えれば許容範囲かと考えて見逃しました」
「アルビオン公の面子も考えねばならないしな。けど十分だ。多少の目こぼしもしてやらないと、やぶれかぶれになった輩が暴走してしまうからな」
ノーマンの処刑リストに貴賤は関係なかった。
むしろ、高位貴族ほど汚職の規模が大きかったため、積極的に取り潰しを行っていた。
今では公爵家は全滅し、侯爵家も数えられるほどしか残っていない。
だからアルビオン帝国の貴族相手には、他の国で行った「爵位を一段階下げる」という対応を取らなかった。
あまりにもバランスが悪くなりすぎるうえ、ヴィンセントの下で戦ったファーネス侯爵達への配慮もあった。
アイザックも正直なところ「ノーマンって、やりすぎじゃない? 暗殺されないか怖いぞ」と思っていたので、さすがにブレーキをかけた形となる。
「ところで陛下、一つ伺いたい事があります」
「どうぞ」
ウィルメンテ公爵が問いかける。
彼がこういう場で真っ先に問いかけてくるのは珍しく思えたので、アイザックは快く受けた。
「皇子殿下を同行された時は、実際の対応を見せて教育されていると聞いております。少しだけでも拝見させていただけないでしょうか? 孫の教育に役立てたいので」
「いいでしょう」
ウィルメンテ公爵の孫=ケンドラの子供である。
アイザックに断る理由などない。
少しでも甥か姪の役に立つのなら、隠すつもりなどアイザックには微塵もなかった。
「……私が先ほどやってきた事を参考に、ウォリック公達の働きにどう報いるか考えてみなさい」
アイザックは子供達に問いかける。
「では私が――」
「いや、クリスは最後だ。弟達に発言の機会を譲ってやれ」
「……わかりました」
一見すると、幼い弟達を優先しているように見える。
しかし、ウォリック公爵達には違って見えた。
(クリス皇子が限りなく正解に近い答えを出してしまうから、弟達が答えられなくなってしまうという事か)
――クリスの実力は、アイザックが認めるほどになっている。
(外れ年が皇帝になったからって、ウェルロッド公爵家の後継者に、また外れ年が現れるとかあんまりだろう)
ウィルメンテ公爵は悲しんだ。
もしアイザックが病死しても、ウェルロッド公爵家を継ぐクリスが、エンフィールド帝国の貴族達を抑え続ける事になるだろう。
彼が生きている間は、どうあがいても頭に重石を載せた人生になる事が確定した。
もしケンドラを嫁に迎えていなければ、今頃は悲嘆に暮れていたかもしれない。
「ではコーネリアス。どうすればいいか、どう思ったか言ってごらん」
「えっと……」
この場で最年少のコーネリアスは困った。
高位貴族や将軍などが揃っている中で、自分が発言してもいいのか悩む。
少し考えたあと、おずおずとしながらも、勇気を出して口を開いた。
「たくさんのお金をあげます。皆さん頑張ってくださったので、十分なだけ用意します」
「うん、そうだね。よく頑張ってくれたと、お礼のお金を渡すのは正しい事だね。」
戦争は金がかかる。
帝国正規軍だけではなく、領地の軍を動かした領主には、もっと多くのお金をあげないといけない。
だがコーネリアスは、その事に触れているわけではない。
功労金としてお金をあげようと言っているのだ。
この答えにウォリック公爵達は「子供ながら功に報いようという考えを持っていてよかった」と安心していた。
「次にリュート。君はどう思う?」
「僕は……、絵本にするのがいいと思います」
「絵本?」
誰もが首をかしげる。
アイザックも、すぐにはその理由がわからなかった。
「皆さんの活躍を絵本にすれば、誰もが覚えられると思います。子供やお孫さんも家族の活躍がわかりやすく残せると思います」
「ああ、なるほど。公文書に残すだけではなく、絵本の英雄として扱おうという事か。……いいね、それ。わかりやすいし、功績を称えるという方向性は正しい」
アイザックは、リュートの意見を認めた。
誰もが一度は英雄譚の主役になりたいと願うものだ。
アーク王国からマカリスター連合まで降した彼らは、語り継がれるのに十分な資格を持っている。
本人達が照れている事を除けば問題はないだろう。
この計画を進める事が、アイザックの中で決定する。
「じゃあ、レオンはどうかな?」
「私は働きに見合った領地を与えます。きっとコーネリアスの意見も、お金だけではなく領地も与えるという意味だったので、彼の補足という形になりますが……」
レオンは、これからコーネリアスの意見を否定する事を言うつもりだった。
だから、コーネリアスの面子が潰れないように「本当は領地も含まれていただろうけども」と一言付け加えてやったのだ。
「現金だけの褒美でもいいケースもありますが、今回の働きは領地を与えるべきだと思います」
「なぜそう思った?」
「例えば使用人が小間使いで良い働きをすれば、その都度、現金で褒美を与えればいいでしょう。ですが今回は長期間にわたる遠征であり、父上のおっしゃった忠義と信義を持って、命の危険もある戦争を戦い抜きました。この場合は現金で労をねぎらうより、領地を与えて労に報いるべきです」
アイザックは、うんうんとうなずく。
しかし、コーネリアスやリュートとは違い、レオンにはもう少し理由を深堀りしようとする。
「その理由は?」
「現金で支払うだけだと、支払いが終われば『双方の貸し借りはこれでなくなった』と考える者もいるでしょう。そこで関係が終わると思われても仕方ありません。ですが領地を与えるという事は、長期的な忠勤を期待するという意思表示です。なぜなら領地を運営し続ける限り、子々孫々にわたって収益を得られるからです。帝国が続く限り、双方の利害関係は続きます。国のために働いたから、子孫に続く生活や繁栄を保障する。それが忠義や信義に対して、こちらができる誠意だからです」
「その通りだ」
まだロレッタがザックをライバル視しているところがあるが、そんな彼女の影響を受けずに、レオンはしっかりと真っすぐに育っている。
アイザックは満足そうにうなずいた。
ウォリック公爵達も「これならザックがダメだった時も安心だな」と思った。
「じゃあ……、クリス。まだ何か言える事はあるかな?」
「ほとんどレオンに言われてしまいました」
クリスは困ったように苦笑いを浮かべた。
しかし、その口が閉ざされる事はなかった。
「……アルビオン地方南部の件に触れても大丈夫ですか?」
「うーん……。今は大規模な開発をする予定だという事くらいまでかな」
「そうですか、そうなると……」
クリスは目を閉じて、しばしの間考える。
「今後、アルビオン地方の南部は重要な地域になります。ですので、近くに信頼の置ける大貴族にいてほしいところです。アルビオン地方東部やアーク王国西部などを合わせて、今の領地の三倍程度。王国と呼んでもおかしくない規模の領地を与える代わりに、ウォリック公やウィルメンテ公に転封をしていただくのはどうでしょうか? 重要拠点の側面と背後を任せる。これは領地が増えるというだけではなく、皇帝から全幅の信頼を置いているという名誉も与えられます」
「領地を与え、信頼という名誉も与えるというわけか」
「はい。ただ領地を増やすよりも、そういうやり方で信頼を証明するのもありではないかと考えました」
クリスの言葉に、ウィルメンテ公爵はドキリとした。
ちょうどクリスが言った地域は、かつてアイザックが領地の移転をしてくれないかと頼まれた場所だったからだ。
アイザックが信頼して任せようとしてくれているからというだけではない。
――クリスがアイザックの考えに近づいてきている。
その事実が彼の動悸を激しくさせた。
幸いなのは、彼らに敵視されていないという状況だった。
もしネイサンの十歳式後の関係の時に、今のこのような状況に遭遇していたら、きっと泣き叫んでいただろう。
ウォリック公爵とも関係改善できた。
アイザック達を必要以上に恐れる必要がない、今という時の幸運を彼は噛みしめる。
「そう、重要な地域を任せる事で信頼とする方法もありだね」
「特に元帥や将軍には気を遣うべきでしょう。戦争ではどうしてもシーン男爵のように、新兵器の運用で目覚ましい活躍をした士官に注目が集まります。ですが一戦場で活躍したからといって、それだけで戦争に勝てたわけではありません。戦場での槍働きだけではなく、大軍の指揮から補給まで包括的な役割を担い、目立たないながらも功績を残した者達にも、公正な評価を与えられるよう配慮しないといけないでしょう」
「その通りだね。レオンに言いたい事を先に言われたのに、それだけ答えられれば十分だ」
クリスはレオンの意見に、更に補足するという形で意見を言った。
それはそれで十分だ。
――派手な活躍をした者だけではなく、地味ながらも仕事を成し遂げた者もちゃんと評価する。
彼はアイザックの教えを学び、それを実践できるようになっていた。
アイザックは満足そうにうなずく。
「まだ表にしていない情報もあるが、今の段階で考えられる範囲では、みんなの意見に反対するところはない。よく答えてくれた。もし自分の意見に満足できなかったら、その気持ちを忘れない事だ。もっといい答えをしたかった。その気持ちが、より高みを目指す動機となるだろう。……という感じで子供達への教育をしているのですが、いかがでしたか?」
突然「どうだった?」と聞かれたウィルメンテ公爵は少し焦りながら答える。
「実際に見せながら教えるという方法は参考になりましたが……。クリス殿下やレオン殿下は、すでに人の上に立つ器がありそうです。リュート殿下とコーネリアス殿下は、まだ幼いながらよく育っておられるかと」
正直なところ「十歳式も終えてない子供に、年の離れた兄と同じ問いかけをするのは厳しすぎでは?」と思わなくもなかったが、それは家庭の方針によるものなので言葉にはしなかった。
(何気なく聞いてみただけだが、収穫はあった。……家庭でどんな教育をしているのかはわからないが、このような場でも、独自に考えて答えられる程度には鍛えられているようだ。男児だけでも十人以上いる。これは数世代の間、貴族は帝室に頭が上がらんだろうな)
苦労するのが自分の世代だけではないという事がわかって、ウィルメンテ公爵は気分が晴れたような気がした。







