887 三十三歳 敵を味方に
アイザックは、ヴィンセントに付き従った者達への論功行賞を終えると、次へと移った。
「さて、この場にいる貴族の中で最も多い者。アルフレッドやブランドンに付き従った者達は、まとめて伝えよう」
ひとまとめにされた事で、彼らはどのような処分が下されるのだろうかと不安を覚えた。
「一度の裏切りは仕方ないものだったと、私は理解しているつもりだ。アルビオン帝国の本土は無事であり、あの段階で降伏すると聞いて納得できる者はいなかっただろう。あの時、未来を予測する力を持っていたのがアルビオン公しかいなかったので仕方ない事だと思う」
先ほど「アルビオン帝国は処罰が厳しい」と言ったばかりなので、少しだけヴィンセントの事を持ち上げる。
無表情ではあるが、実のところ彼もまんざらではなかった。
「アルフレッドやブランドンに付いたのも売国行為を止めるためだ、という事にしておこう」
アイザックは言葉に含みを持たせた。
彼が「どうせ既得権益を失うのを恐れて裏切ったんだろう」と言っているのを、誰もが理解した。
そして「今回は見逃してやる」という意味も含まれているのだと理解した。
「ただし、アルビオン公に従った貴族と同じ扱いを受けられるとは思わない事だ」
しかし、救いばかりではないという事もわかった。
今の一言で彼らの間に緊張が走る。
「爵位は維持する。領主には領地を与える。だが今の領地のままではない。これは領民との繋がりを絶つためだ。扱いに不満を持っている者に、悪徳商人がそそのかしたりするかもしれないからな。新たに領地を用意するので、真面目に政務に励んでほしい」
――先祖代々受け継がれてきた領地を離れる。
バーラム伯爵の時とは違い、彼らには「エンフィールド帝国貴族の初代として頑張れ」という言葉もなかった。
やはり明確な一線が引かれている。
ここで不平不満を述べれば、この処遇も約束してくれないだろう。
そう思うと、不満があっても口を開く事はできなかった。
「不満はあるだろう。しかし、戦争に負けた国の貴族相手としては十分に配慮しているはずだ。何しろ、アルビオン公に貴族の処遇を決めさせていないのだからな」
「アイザック陛下のご配慮に感謝いたします」
「不満などあるはずもございません」
ヴィンセントの存在を思い出し、彼らは口々に感謝を述べた。
彼に判断を任せれば、考えるまでもなく処刑になっていた。
その事を考えれば、アイザックの判断は甘々である。
たった一言で、彼らは不満を抱いていた自分達を反省し、素直に受け入れようと前向きになれた。
代わりに「また、だしに使われている」と思ったヴィンセントに、ちょっと不満が溜まる。
「一応、諸君にも追加で二つの配慮をするつもりだ。今の領地をどうしても任せたくない貴族と、嫌いな領主が統治していた領地を拒否する希望を聞いてやる」
アイザックの言った配慮は、本当に配慮の域を出ないものだった。
しかし、これは無視できるものではない。
かつてのウォリック公爵家とウィルメンテ公爵家のように、不倶戴天の仇と見る相手もいる。
敵国の貴族ならば戦えばいいが、同じ国の貴族同士で争う事はできない。
そうした相手に「自分の領地だった場所が与えられた」というのはストレスでしかない。
詳細な関係がわからない以上、本人に希望を出すチャンスを与えてやった。
これでちょっとしたガス抜きとなるだろう。
「エンフィールド帝国の基本理念は『民が豊かになれば国も豊かになる』だ。重税を課すなど近視眼的な行動を取らなければ、家を取り潰したりはしない。長期的な視点で領地運営を行えば没収などはしない。これまでとは時代と常識が変わったという事を胸に刻んでおけ」
「その言葉を信用できません!」
アイザックが話の締めに入ったところで、一人の男が叫ぶ。
「……誰だ?」
「彼はメイナード子爵です。私の知る限りでは……、権力を持たないウリッジ侯のような方と考えればよろしいかと」
「なるほど、彼に問題は?」
「ありません。身辺は潔白でした」
ノーマンに確認すると、彼は即座に情報を耳打ちした。
アルビオン貴族の身辺調査はしっかりとしていたのだろう。
その上で、メイナード子爵には問題がなかったという事は、身を守るためではなく、信念による行動と見ていい。
「なぜ信用できないと?」
「フィッシュバーン侯の処刑が納得できません」
彼の言葉に、アイザックは首をかしげる。
清廉潔白な人物が、フィッシュバーン侯爵と仲が良いとは思えなかったからだ。
メイナード子爵の近くにいた者が距離を取り、彼の周囲に誰もいなくなった。
それでも彼は堂々とした態度を取っている。
「確かに彼は卑怯者です。しかしながら、そのおかげでエンフィールド帝国が恩恵を受けたのは事実。だというのに処刑と領地の没収は刑罰として重すぎます。適当な理由をつけて、良港を持つ領地を奪い取りたかったとしか思えません。地位や領地を保障するといいながら、領地が発展すれば奪い取るおつもりなのではありませんか?」
彼の言葉は、周囲の貴族の目の色を変えさせた。
アイザックも痛いところを突かれ――てはいなかった。
「そんな事はしない。そもそも領地を発展させたかったら、諸君に任せたりはしない。帝室直轄領として運営したほうが、地方領主との余計な手続きをせずに進められるからな。それをせずに領地を与えると言っているのだ。それとエンフィールド帝国は、豊かな領地を奪わねばならない国ではない」
「その保証は?」
その問いかけに答える前に、アイザックはノーマンにいくつかの質問をする。
「メイナード子爵、息子がいるようだな」
「だからなんだというのですか」
「爵位と領地、財産のすべてを没収する」
場がどよめく。
誰もが「メイナード子爵は逆らい過ぎた」と考えた。
そして同時に「ヴィンセント陛下の頃よりはマシとはいえ、逆らう者に容赦がないのは同じだな」と思った。
しかし、アイザックは彼らが予想するような君主ではなかった。
「代わりに、そのすべてを息子に与える。メイナード子爵は私に同行して、現在のエンフィールド帝国をその目で確認するといい。その目で見れば、わざわざフィッシュバーン侯爵領を利益目当てで接収したわけではないとわかるだろう」
「…………」
「これは命令だ。息子も独り立ちできる年齢だろう? 妻を連れて旅行するつもりで同行すればいい。港欲しさに貴族の領地を奪うような貧しい国ではないと証明してやろう」
「もしも偽りだったら?」
「嘘ならば、こんな回りくどい事はしない。口答えするのは不敬だと言って、さっさと処刑して話を済ませればいいだけだからな」
アイザックも正直なところ「めんどくさいなぁ」と思っていたが、処刑して終わらせるような事はしなかった。
そんな事をするよりも、彼に「アイザックの言う事は本当だった」と証言させたほうがいい。
メイナード子爵がウリッジ侯爵のような者ならば、金で買収されるような性格ではない。
彼がエンフィールド帝国の事を知れば、他の貴族も彼の言葉に納得するだろう。
「アルビオン公を降した私を相手に意見をぶつけるのは勇気が必要な事だと思う。ならば、もう少し勇気を出して、リード地方にまで来るといい。後悔はさせない」
「……かしこまりました。エンフィールド帝国を、とくと見させていただきましょう」
メイナード子爵のせいで、アイザックは「豊かな領地を奪い取る卑劣な君主」という印象を持たれそうになった。
だが彼は、それを逆手に取って「なんて懐が深い人なんだ」という印象を与える事に成功する。
アルビオン帝国の貴族達は「ヴィンセントよりも信じられそうだ」と、アイザックを信じ始めていた。
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