886 三十三歳 アイザックの器
今週の金曜日はコミカライズ更新日です。
いいご身分だな、俺にくれよ ~下剋上揺籃編~だけとなりますが、よろしくお願いいたします!
アルフレッド達も、ヴィンセントの背後に控える事となった。
一家が揃ったのだが、気まずい空気が流れる。
このあと、家族だけになった時にどうなるのか。
彼らはそれを考えただけでうんざりとした。
「さて、処罰はここまでにしよう」
アイザックの言葉に、この場にいたアルビオン地方の貴族が顔を上げる。
その目には、わずかながら希望が宿っていた。
「ファーネス侯、前へ」
ノーマンの言葉に従い、ファーネス侯爵はアイザックの前に進み出る。
久々に秘書官らしい仕事ができたので、この時、ノーマンの表情に緩みが見えた。
「アルビオン帝国では、重要な戦いで負けた将は処刑されるとか」
「はい、おっしゃる通りです」
「では、エンフィールド帝国に敗北を喫したファーネス侯は、どのような末路を辿ったと思う?」
「……処刑されていたでしょう」
ファーネス侯爵は、少しためらいがちに答えた。
(生きていられるのだから、減封も受け入れろというわけか)
戦後の扱いについて、彼も今まで考えなかったわけではない。
領地を半分取り上げられ、もしくは、それに加えて降爵される程度の処分で済めば上等。
ただ、ヴィンセントではなくアイザックなので、もう少し甘い処分が下ると期待もしていた。
それなのに、まず「生きていられるのだから幸せだろう」と言わんばかりの態度を取ってきた。
――死ぬよりはマシな程度の沙汰を下されるに違いない。
彼はそう考えた。
「そうだろう。私もそう思う。だが貴公は極刑を下されるとわかっていながら、最後までアルビオン公のために戦い続けた。それは称賛されるべきだ」
ファーネス侯爵だけではなく、他の者達も話の流れが変わった事に気付いた。
「今すぐどこにとは、まだ言えない。しかし、現ファーネス侯爵領の二倍ほどの広さの領地を与えると約束する。これからはエンフィールド帝国に、その忠義を捧げてほしいと思っているのだが、どうだろうか?」
(なるほど、落として上げてきたか。しかし、この申し出はありがたい。わざわざ驚かせる必要などなかったのに)
「ヴィンセント陛下が――アルビオン公が降伏文書に調印した時、アルビオン帝国貴族は、すべてアイザック陛下の臣となりました。エンフィールド帝国に忠誠を捧げるのは当然の事。今後ともよろしくお願いいたします」
「忠肝義胆の士を迎え入れられて嬉しく思う。今は戦後の混乱を収めるので忙しいため、まだどこを与えるかまでは公文書として約束はできない。だが私が約束をしたと、この場にいる者が証言してくれるので安心してほしい。今後の働きに期待している」
「はっ!」
「それでは、次にバーラム伯。前へ」
ノーマンの声に合わせて、ファーネス侯爵とバーラム伯爵が入れ替わる。
こうなると、バーラム伯爵も期待するようになっていた。
「バーラム伯、貴公も我が軍を相手に敗戦を喫した。しかし、幾度となくアルビオン公のために戦い続け、アルフレッドの誘いにも乗らずに忠誠を貫き通した。貴公にも私は報いたいと思う」
「ありがたき幸せ」
バーラム伯爵は深く頭を下げる。
「しかし、バーラム伯爵領の位置に問題がある。帝国南部で大規模な開発を考えているところだ。できる事ならバーラム伯爵領も直轄領にしたいと考えている。そこで申し訳ないのだが、現バーラム伯爵領の税収が二倍の領地を与えるので転封に応じてもらえないだろうか」
アイザックの言葉に、バーラム伯爵は即答できなかった。
税収が二倍になるとはいえ、祖先から伝わる領地を奪われる事になるからだ。
しかし、話自体は悪くはない。
ヴィンセントの時には考えられない好待遇ではあったからだ。
彼が迷っているのを見て、アイザックは追撃を加える。
「先祖代々受け継がれる領地を守りたいという気持ちはわかる。私もウェルロッド公爵家という名家の出身だからな。だが、こう考えてみてはどうだろうか。エンフィールド帝国貴族のバーラム伯爵家初代当主として、これから子孫に受け継がせる領地を拝領するのだと。受け継ぐ側から受け継がせる側に回るというのも悪くはないのではないだろうか」
「バーラム伯爵家に新たな歴史を築くというわけですか……」
これはリード王国からエンフィールド帝国へと変わる時に、リード王国貴族に話したのと同じような内容だった。
歴史を守るのも大事ではあるが、その歴史を作る側に回るというのも魅力的な言葉である。
バーラム伯爵は悩む。
「少し、考えさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「家の大事であるため、もちろん構わない。例え拒否したとしても処罰はしないと約束する」
「ありがとうございます」
「それでは、次にカレドン伯。前へ」
今度はバーラム伯爵に代わって、カレドン伯爵が呼び出された。
彼も他の者と同じく、アイザックの前でひざまずく。
「カレドン伯。その卓越した働きは、アルヴィス卿から聞いている。アルビオン帝国のような軍事大国に、寡兵での戦い方を熟知している者がいるとは思わなかった。報告が届いていなかったため、アルビオン公は不満を覚えたようだが、その働きによってブランドン派の南下を止めたと言っても過言ではないだろう。その働きを認め、カレドン伯爵領を二倍の広さとする」
「ありがとうございます」
カレドン伯爵は、アイザックが補給を絶つ重要性をわかってくれた事。
そして、それを正直に報告してくれていたアルヴィスに心から感謝する。
「ただし、カレドン伯爵領の近くに良き土地がなければ、バーラム伯爵家と同様に転封してもかまわないか? それとも飛び地でもかまわないか?」
「……必要であれば転封でもかまいません。ただその場合、もう少し色を付けていただければ、親族を黙らせるのも楽になるでしょう」
「正直な男だな。……わかった。どこかに領地を転封する場合、良い条件になるように配慮しよう。……貴公のせいでバーラム伯など、他の貴族にも転封を飲んで貰った時に色を付けねばならなくなったではないか」
アイザックがフフフッと笑う。
カレドン伯爵は賭けに勝ったのだ。
(私の働きを認めてくれるような男だ。歴代のアルビオン皇帝とは何もかもが違う。こうしておけば、カレドン伯爵家も重用してくれるだろう)
彼がより多くの領地を求める事で、他の貴族に与えられる領地も、多少なりとも増える。
こうすれば、アイザックは気前の良い皇帝として、ヴィンセントとの差異を強く印象付ける事ができる。
カレドン伯爵も「あいつのおかげで取り分が増えた」と、他の貴族から感謝もされたはずだ。
良い事づくめである。
ちょっとした勇気を出した事で、大きな利益を得られた。
その中でも「アイザックは懐が深い」というのは、大きな収穫である。
もちろん、アイザックにとっても良い事である。
真面目に働けば評価してもらえる。
しかも太っ腹だと思ってもらえれば、頑張ろうと思ってもらえるはずだ。
ただし、アイザックの態度には理由がある。
(ノーマンが頑張り過ぎたせいだけど、これも結果オーライか)
――統治者が少ないという事だ。
どんぶり勘定ではあるが、今のところエンフィールド帝国貴族に気前よく領地を振る舞っても、まだまだ領主が足りない計算になっている。
それもノーマンが領主を含む、アルビオン帝国貴族を粛清したせいである。
ただでさえ人手不足だったところに、更なる人材不足を招いてしまった。
もっとも、生かしておいたとしても、結局はフィッシュバーン侯爵と同じ末路を辿っていたので結果には変わりはない。
だから気前よく領地を振る舞っても、困りはしなかったのだ。
その行為がヴィンセントとの違いを証明するのにちょうどよかった。
この場にいる者の頭の中から、フィッシュバーン侯爵やスペンサー男爵の処分など吹き飛んでしまう。
なぜなら、この場にいる者は、もう処分されないと公言されているからだ。
――転封を受け入れるか、飛び地で貰うか。
頭を悩ませる問題は、その二つになっていた。
「そういえば、今のうちに言っておくべき事がある。戦場で命を懸けて戦ってもらう。それは変わらない。だが敗北したからといって死を覚悟しなくてもいい。知識と経験を積んだ将軍の命は重要だ。簡単に失ってよいものではない。たとえ七度捕虜になろうとも、生き残って国に報いろ。それが私が諸君らに求める事だ」
アイザックは七回捕虜になり、七回解放されて、諸葛孔明に心服した孟獲をイメージして話した。
わざと負けたのではなく、相手が上手で負けたのであれば責任を問うつもりはないと。
アルビオン帝国の、行き過ぎた信賞必罰という考えを改めさせるためだ。
彼らの意識を変えてもらうためのこの場限りの発言であったが、この「七度生き残って国に報いろ」という言葉は「七生報国」という熟語として、本来の意味とは違った形でエンフィールド帝国軍の基本理念として残り続ける事になる。







