883 三十三歳 西へ
マカリスター連合との戦争は、終わりが見えてきていた。
メルブリーク王国の王都を陥落させたことで、連合軍の抵抗は一気に崩れた。
各国に残る抵抗勢力も続々と降伏を始めており、大規模な戦闘が再び起きる可能性は低い。
もちろん、戦争が終わったからといって、すべての問題が片付くわけではない。
占領した地域の統治。
捕虜の扱い。
新たにエンフィールド帝国の傘下へ入る国々の王族や貴族との交渉など、やるべきことはいくらでもある。
「そろそろ、西へ行く準備を始めよう」
それでも、アイザックは西へ向かうと決めた。
これは戦争のためではない。
これからの帝国の安定のためにやらねばならない事だった。
アーク王国は旧王族や彼らに近い貴族は粛清され、新しい統治体制で安定してきている。
残るはアルビオン地方から西側である。
アルビオン地方はノーマンが頑張ってくれているとはいえ、彼では解決できない問題がまだまだ多く残っている。
そのような問題は、アイザックが自ら決断を下さねばならない。
重大な決断を下し、子供達に「パパカッコイイ」と思ってもらうためにも、子供達を連れて行かねばならなかった。
その日の夕方。
アイザックは家族を集めていた。
全員を集めると「連れていってほしい!」と言われてしまうので、今回は同行させる予定の子供だけ呼び出していた。
「アルビオン地方へ連れていってくださるのですか?」
今回は連れて行ってくれると聞いて、レオンが興味津々に聞き返す。
「ああ。マカリスター連合との戦争が終われば、戦後処理でやらないといけない事がある。前回はザック達を連れて行ったから、今回はお前達の番だ」
アイザックは優しく微笑んだ。
しかし、今回の旅で子供達が最初に目にすることになるのは粛清だった。
到底、微笑むような場面ではなかった。
「戦争が終わりそうだとはいえ、まだ終わったわけじゃない。戦争を理由に後回しにしていた事も多い。そういった残していた問題を私がどう処理するのかを見ておくといい」
「いつ頃行くつもりなのですか?」
コーネリアスが尋ねる。
まだ七歳だからか、家族旅行にでも行くかのような軽い口調だった。
「だいたい戦争が終わりそうな春頃になるだろう」
「春……」
その言葉を聞いた子供達が、それぞれ顔を見合わせる。
冬を越してからになる。
つまり、まだ先だ。
少しつまらなそうな顔をして、お互いにお預けを食らったような顔をしていた。
「随分と先ですね」
「だからこそ、今から準備する」
アイザックは苦笑した。
「私が長期間帝都を離れるとなれば、色々と問題が起きるかもしれない。そうならないよう、お留守番を任せるザックに仕事のやり方を教えておかないといけないからね。これはレオンの時と同じだよ」
アイザックが帝国の中心を離れる。
それだけなら大した問題ではない。
しかし、アイザックが遠出をすれば、その間に帝都で決めなければならないことも出てくる。
その責任者となるザックに「じゃあ、あとは任せた」では無責任すぎる。
子供に嫌われたくないため、アイザックはちゃんと引継ぎをするつもりだった。
「……ノイアイゼンの問題はどうするのですか?」
子供の一人が、困った顔をしながら尋ねる。
ノイアイゼンは難しい問題だ。
「いくら傘下に入ると決まったとはいえ、今すぐに併合するというわけじゃない。当面の間は、カニンガム大臣やオチキス大臣に任せておく。……皇帝になれば、自分の手ですべてを解決しないといけないわけではないんだ。部下に任せられる仕事は任せて、彼らにも手柄を立てさせてあげる必要がある。上に立つ者がすべてやってしまっては、下の者達のやる気を削いでしまうからだ。これはリュートも覚えておきなさい」
「はい、父上」
うなずくリュートに、アイザックもうなずいて返す。
(やっぱりティファニーの息子だからか、リュートは頭がいいな。残しておいてはいけない問題に切り込んでくる)
正直なところ、アイザックはノイアイゼンの問題はカニンガム伯爵達に任せたかった。
アンリを国王とした国を作る事自体は簡単である。
難しいのは、それをみんなに納得させる事だ。
国を作ったはいいが、反乱続きというのでは建国した意味がなくなる。
地道な根回しは皇帝自らやらなくてもいいので、少しでも格好が付く形で子供達に教えていた。
「…………」
突然、アイザックが黙り込む。
「どうしたんです?」
その様子を見て、レオンが尋ねる。
アイザックは涙ぐんでいた。
「いや、お前達も成長したなと思ってな」
「……あまり褒められている気がしませんが」
「気のせいだ」
アイザックは笑った。
レオンは体が大きくなってきているが、コーネリアスやリュートはまだ小さい。
それなのに、国の問題を理解して質問をしてくるのだ。
ちゃんと政治問題に興味を持って、皇族だという意識を持っている。
子供達が立派に育っている事に感動したのだ。
だが、すぐに表情を引き締める。
「さて、出かけた先の事も考えておかないといけないな」
「アルビオン帝国では何をするのですか?」
「まずは現地を見て回る」
「……それだけですか?」
「それだけじゃない」
アイザックは少し考えてから答えた。
「アルビオン帝国どころか、アーク王国にも、まだ私達が直接見ていない場所が多い。どんな人間が暮らしていて、何を望んでいて、何を恐れているのか。それを知る必要がある。帝国が大きくなればなるほど、帝都から見えるものだけでは判断できなくなるんだ。遠い場所だからこそ、自分の目で見て回り、そこを任せられる人を見極める材料にしないといけない」
領土は広がったが、人間以外にもエルフやドワーフなど、異なる種族との関係も複雑になっている。
かつてなら、帝都で命令を出せば済んだ。
だが、今は違う。
帝都から命令を出すだけでは、帝国をまとめきれない。
現地の風土をよく知っておかねばならない。
それを嫌というほどノイアイゼンに思い知らされた。
「だから、みんなと一緒に実際に見ておきたいんだ」
アイザックは静かに言った。
「これから先、エンフィールド帝国をどう運営していくのか。そのために」
その言葉に、子供達の表情が変わった。
単なる旅行ではない。
戦争のあとに待っている、新しい時代を築くための話なのだと理解したからだ。
「春までに準備することは?」
コーネリアスが尋ねる。
アイザックは少し考えた。
「春以降は友達との約束をしない事かな。二、三か月は出かける事になる。その間に遊ぶ約束をしていたら、約束を破ってしまう事になる。あとは……、勉強もやっておかないとね。出かけているからといって遊んでいいわけじゃない。勉強なら私も教えられるから、ピアノなんかの稽古事を優先しておいたほうがいいかもしれないな。」
稽古事を詰め込まれる事が決まって、子供達は少し嫌そうな顔をした。
しかし、他国へ行くという貴重な機会なので仕方ないと、前向きに受け入れようとしていた。
「いいか、帝都や王宮の中だけを見て育つな。帝国がどれだけ広く、どれだけ多くの人間が暮らしているのか。それを自分の目で確かめておきなさい。これからはノイアイゼンも増えるから、これまで以上に難しくなるという事を心に刻んでおくように」
「わかりました」
子供達が頷く。
それを見て、アイザックは満足そうに笑った。
「よし。それじゃあ、春までに準備を進めておこう」
こうして、マカリスター連合との戦争が終わるのを待ちながら、アイザック達のアルビオン行きの準備が始まった。
マカリスター連合は、まもなく滅ぶ。
そう思われても仕方ないほど、一方的な戦況だった。







