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いいご身分だな、俺にくれよ  作者: nama
第二十章 大陸統一編 二十三歳~

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882 三十三歳 意外と覚えられていた者達

 ファラガット共和国がエンフィールド帝国に併合されてから、しばらく経った。

 かつて共和国の政治を担っていた者達は、今では各地を転々としている。

 ただし、政治家としてではない。

 測量部隊の一員として、である。


「……お久しぶりです、陛下」


 部屋に入ってきた男達を見て、アイザックは思わず眉をひそめた。


「……随分とやつれたようだな」

「…………」

「…………」


 誰も答えない。

 頬はこけ、目の下には濃い隈ができている。

 以前に会った時は、まだ権力者らしい威厳を漂わせていたはずなのだが、今では見る影もない。

 彼らは黙ってアイザックの前に並んでいた。

 その視線が、ゆっくりと横へ動く。


「……メイヒュー」

「ん?」


 名前を呼ばれたアラン・メイヒューは、涼しい顔で振り返った。


「…………」

「…………」


 元首脳陣達の目に、恨みがましい光が宿る。

 まるで「お前だけ、なんでそんなに血色がいいんだ」とでも言いたげだった。

 実際、アランは元気そうだった。

 肌つやもいい。

 食事もきちんと取れているらしい。

 睡眠も取れていて、疲労の色もほとんど見えない。

 フランクリン元大統領達とは正反対である。


「また皆さんと一緒に仕事ができるようで嬉しいですよ」

「…………」


 その言葉を聞いた瞬間、元首脳陣達の顔がさらに険しくなった。


「……陛下」


 そのうちの一人が、疲れ切った声で口を開く。


「我々は、これでもかつて共和国を運営していた者達です」

「知っています」

「それが今では、朝から晩まで地図を作るために歩き回っています」

「大変そうですね」

「大変なんてものではありません!」


 思わず声が大きくなる。

 幽鬼のようにやつれた者の声には思えないほど力強い声だったので、アイザックは少し驚いた。


「山を越え、川を渡り、森を抜け……。昨日など、野営しているところへ熊まで出ました!」

「へー、それは大変でしたね」


 アイザックは他人事のように答える。

 実際に他人事ではあるし、測量の仕事は懲罰の一環でもある。

 辛い仕事で当然だ。


 しかし、彼らがアイザック相手でも媚びず、批判的な態度を見せるのも無理はない事でもあった。

 ファラガット共和国やグリッドレイ公国の測量は、比較的穏やかに終わった。


 だが問題はロックウェル地方である。

 ロックウェル地方ではフランクリン達に対する風当たりが強かった。

 そこに「隠田があるかないかも調べる」と言われれば、風当たりが強いでは収まらない。

 ロックウェル地方の測量が終わる頃には、測量部隊が半分になっていた。


 死者の家族には下級役人と同程度の見舞い金が出たとはいえ、一族の読み書きや計算ができる者を補充に取られてしまった。

 ファーティル地方では、元同盟国という事で比較的優しい扱いを受けたとはいえ、エルフやドワーフへの扱いの悪さを知られているので、表立って甘い扱いをしてもらえはしなかった。

 そんな過酷な状況を乗り切ってきたのだから、心も荒むというものである。

 

「私も銀行や郵便事業を始める準備で大変だったのだ。そう声を荒らげるな」

「そういうところだ!」


 元首脳陣達が一斉にメイヒューを睨みつける。

 さすがにアイザックには噛みついてはいけないとわかっているようだ。

 メイヒューは肩をすくめた。


「私も皆さんと同じく任された仕事をしているだけですよ」

「お前は楽しんでいるだろう!」

「仕事は楽しくやったほうがいいじゃないか」

「…………」


 何人かの顔が怒りで歪む。

 アイザックはそんな彼らを眺めながら、少し考える。


(でも、ここで反目し合ってくれるのはいいな。手を組んで反抗されるよりはずっといい。もっとも、手を組んでも歯向かう力はないだろうけども)


 今回、彼らを呼んだ理由は、決して労をねぎらうためではない。

 知りたいことがあったからだ。


「ところで」


 アイザックが話題を変える。


「今日呼んだのは諸君に聞きたいことがあるからだ」


 元首脳陣達が顔を上げる。


「ファラガット共和国についてです」

「……共和国について、ですか?」

「ええ」


 アイザックは椅子に深く腰掛ける。


「私は共和国という制度について、まだよく理解していない」


 エンフィールド帝国は帝国だ。

 皇帝であるアイザックが頂点に立ち、その下に大臣や貴族、各地の領主がいる。

 では、皇帝のいない国では、どうやって国を動かしているのか。

 前世の記憶で表面的なものは知っているが、実際の運用については詳しくなかった。


「帝制や王制とは違う国の問題点を聞きたい」

「……陛下は、共和国を再建するおつもりですか?」

「そのつもりはない」


 アイザックは即答した。


「ただ、知らないものを知らないまま否定する気はないし、どこかで利用できるところは利用する」


 それは本心だった。

 共和国という制度が優れているのか、劣っているのか。

 それ自体はどうでもいい。

 肝心なのは、エルフとドワーフの国で統治に利用できるかである。

 だが、かつて国の頂点に立っていた男達から、政府の内情を直接聞く。

 これほど貴重な機会はない。


「共和国では、どのような問題があって、その影響はどうだった?」


 アイザックが尋ねる。

 元ファラガット共和国の首脳陣は、互いに顔を見合わせた。

 一度うつむいてから、フランクリンが答える。


「……一番大きかったのは、権力の所在です」

「権力の所在?」

「はい。共和国では、皇帝や国王のように、一人が最終的な決定権を持つことを避けていました」

「それ自体は理解できる。議会とは、特定の誰かに責任を押し付けられないようにするために有効だ。しかし、大統領がそれを言うのか?」

「ごもっともです」


 フランクリンが苦笑した。


「議会は『国民の代表である我々こそが決めるべきだ』と言い、地方政府は『中央が勝手に決めるな』と言う。大統領は派閥の支持がなければ意見を言うこともできない飾り物に過ぎません」

「……なるほど」

「さらに軍は軍で『戦争になっても議会の承認がなければ動かない』と主張する。責任を自分で取るという指揮官がおらず、責任を政府に任せるせいで後手後手になっていました」


 電話も無線もない世界である。

 政府の指示がなければ動かないというのは致命的である。

 おかげでアイザックは楽ができたものの、まともな通信もない時代にそれは大問題だった。


「随分と揉めそうだな」

「揉めました」


 即答だった。


「大統領が非常時の指令を出しておけばいいのでは?」

「そんな事をすれば、今度は議会が『独裁だ』と騒ぎます」

「では議会で決めては?」

「今度は大統領が『緊急時に何も決められない』と言い出します」

「地方に任せるのは?」

「地方同士で意見が異なります」

「…………」


 アイザックは黙った。

 共和国というものは、単純に「皇帝がいない国」という話ではないらしい。

 誰か一人に権力を集中させない。

 そのために、複数の組織へ権限を分散する。

 しかし――


「権力を分散させれば、その権力同士が争うわけですね」

「ええ」

「そして、争っている間にも国の問題は発生する」

「ええ」

「最終的に、誰かが責任を取らねばならない」

「……そこが難しいのです」


 元首脳の一人が苦笑する。


「成功した時は皆が功績を主張する。しかし失敗すると『自分には決定権がなかった』や『みんなで決めた』と言い始めて、誰も責任を取ろうとしないのです」

「なるほど」


 アイザックはうなずいた。

 これは帝国でも起こり得る話だ。

 ただし、各地の領主や代官が責任者ではあるし、最終的に皇帝であるアイザックへ責任が集まる。

 良くも悪くも分かりやすい。

 責任を取りたくなければ、これ以上大きな責任問題にならないよう明確になっている責任者が対処すればいいだけだ。


「では諸君は共和国が失敗だったと思っているのか?」

「…………」


 今度は誰もすぐには答えなかった。


「違います」


 メイヒューが静かに答える。


「私は共和国そのものが失敗だったとは思っていません」

「ほう、ではどう思っているのだ?」

「共和国の制度には、確かに問題がありました。ですが、王や貴族にすべてを任せず、国民が政治に関わるという考えそのものは間違っていなかったと思っています」

「では、何が悪かった?」

「制度を動かす人間が、制度を完全には理解していなかった事。そして悪用して利益を誘導しようとする者が、その地位に就いてしまっていた事です」


 アイザックは目を細めた。


「……人間の問題か」

「結局は、そこに行き着きます。もし私達が無私無欲で国家に忠誠を捧げる人間であれば、あのような形で国が亡びる事はなかったでしょう。それは祖先も同じです。エルフやドワーフを休戦協定に従って解放していれば、アイザック陛下に敵視される事もなかったはずです」


 元首脳は苦笑した。


「どれほど立派な制度を作っても、権力を欲しがる者は現れる。自分の支持者だけを優遇する者も現れる。制度を曲解して私利私欲を満たす者もいれば、無力な者に責任を押し付ける者もいる」

「そして、それを止めるために、さらに別の制度を作ろうとすると、今度は制度が複雑になる」

「はい」

「……面倒だな」

「面倒です」


 元首脳陣が揃って頷いた。


「帝政であれば、悪政を行う貴族を皇帝の判断で処刑する事もできる。もっとも、それは皇帝がまともで、側近も報告を捻じ曲げない者ならばの話。結局、人に行きつくわけか」

「人を育てるのが、最も難しい問題です。楽で儲かるのなら、簡単に悪に染まってしまいますから」


 アイザックは、フランクリン達を見ながら「すごい説得力がある言葉だな」と思った。

 共和国には共和国の理屈がある。

 そして帝国には帝国の理屈がある。

 どちらが正しいという話ではない。

 重要なのは二つだ。


(権力をどう分けるか。そして、最後に誰が責任を取るのかを明確にしなければいけない)


 これが国家を運営する上で、極めて重要な問題らしい。

 しかし、言われてみればよくわかる。

 ノイアイゼンでは、ルドルフ達個人ではなく評議会(・・・)という集団だから無責任な行動を取れたのだろう。

 もしルドルフが皇帝や王であれば、もう少し慎重に動いていただろう。

 アンリの国では、エルフの議会を作るよりも、それぞれを領主にしたほうがいいのかもしれない。

 アイザックは少しだけ笑った。


「もっと聞かせてもらおうか」

「まだ聞くのですか?」

「ああ、せっかく一国の元首脳陣が揃っているんだ。経験談を聞いておきたい。それに測量の仕事より楽だろう? 茶菓子も好きなだけ食べてくれていい」

「それは……、そうですね」


 フランクリン達は、情けなさを覚えながらも素直に認めた。

 アイザックの前では、椅子に座りながら、ゆっくりとお茶を楽しむ事ができる。

 ここ数年で一番落ち着ける時間だった。

 もっとも、対面にいる相手が落ち着かせてくれない大物ではあったが。


「では、続けよう」


 アイザックは楽しそうに言った。


 ――エルフやドワーフを迫害していた者達から、エルフやドワーフを統治する方法を聞く。


 誤解を招きかねない行為ではあるが、彼らの政府は前世で知る共和制とは違う。

 様々な意見を聞く事で、ノイアイゼンの支配を安定させる最善の方法が思い浮かぶかもしれない。

 どんな政治体制であろうとも良いところを受け入れ、悪いところを事前に潰す。

 子供達のためなら、アイザックにとってこのくらいは悪に手を染める内に入らなかった。

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― 新着の感想 ―
元ファラガット共和国関係者への風当たりは、やはり強かったようですね。皆殺しにされなかっただけマシか。護衛に付いた兵士がちゃんと仕事をしたのでしょうね。
権力を得てやりたいことがだいたいふんぞり返るか美味しいものを食べるか女を侍らせるしかない
ザックの手に余るようなら立憲君主制に移行か?なんて思いましたが違ったようですね
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