879 三十二歳 開票結果
冬が訪れる頃、ノイアイゼンで国民投票が行われた。
投票の対象となったのは、評議会を存続させてエンフィールド帝国の傘下に入るか。
それとも評議会を解散させて新しい評議員を選ぶかについてである。
評議会を解散させ、新しい評議員を選ぶか。
それとも、今の評議会を残して、エンフィールド帝国の傘下に入るか。
これはすべて、エンフィールド帝国との条約を破った事に起因する問題である。
この問題をどうするか、国民の意思を問うための投票だった。
投票所には朝早くから多くのドワーフが集まっていた。
「本当に俺達の意思で決めていいんだな?」
「ああ。人間とエルフが投票の管理をしているが、投票先に口を出す事はないらしい」
投票所は、エンフィールド帝国から派遣された役人とエルフが管理していた。
誰が何に投票しているか調べていると思われる者は排除され、市民も投票が終われば速やかに退出させられて、投票の様子を見守れないようにされていた。
「金持ち連中が誰に入れるか見張っているんじゃないのか?」
「今回、見張っているのはエンフィールド帝国の役人だ。評議員の関係者は投票所に近づけないようにしているらしい」
「ほう、そこまで徹底しているのか」
投票所の前で、ドワーフ達が話し合う。
彼らは評議会の存続について、様々な意見を持っていた。
・評議会を支持する者。
・評議会に不満を持つ者。
・そして、エンフィールド帝国にすべてを任せて技術を貰えばいいと考える者。
意見は大きく分かれていた。
だが、誰もが同じ事を考えていた。
――自分達の生活が、これからどうなるのか。
投票所の中では、人間とエルフが投票用紙を配布している。
投票箱の周囲には不正がないよう、複数の者が立ち会っていた。
「次の方、どうぞ」
呼ばれたドワーフが投票用紙を受け取る。
彼はしばらく悩んだあと、記入を済ませて投票箱に入れた。
「これで俺の仕事は終わりだな」
「はい。ご協力ありがとうございました」
役人は丁寧に頭を下げた。
それを見て、ドワーフは少し驚いた顔をする。
(帝国の役人というから、もっと偉そうにしているのかと思ったが……。役所の連中より腰が低いじゃないか)
それもそのはず、エンフィールド帝国から派遣された役人達は「ノイアイゼンのドワーフは、ノリで国を売るほど感情的に動くから刺激するな」と厳命されていたから低姿勢なのだ。
監視や集計に必要な人数が派遣されているとはいえ、地元のドワーフのほうが圧倒的に多い。
不快にさせて、暴動でも起きたら命取りである。
「敵がいる」とわかっているだけ、戦場のほうが安心できるかもしれないと思えるほどの死地だった。
だが彼らが想像していたよりも、投票は穏やかに進んでいた。
やがて、投票が締め切られる。
集められた投票箱は、開票所へと運ばれた。
開票作業には、多くの者が立ち会っている。
ノイアイゼン側からは、役人だけではなく、一般のドワーフも参加していた。
今回は事が事だけに、エンフィールド帝国側から派遣された者と一緒にダブルチェックを行う。
不正がないようにするためだ。
「では、開票を始めます」
係員が宣言すると、投票箱から投票用紙が一枚ずつ取り出されていく。
記録係が票を数えていく。
最初は、どちらに傾いているのかわからなかった。
しかし、机に積まれていく票が増えるにつれて、少しずつ差が見え始める。
「存続が多いな」
「まだわからんぞ。大きな街の票が残っている」
「それでも、ここまで差がついているなら……」
開票を見守る者達の間に、ざわめきが広がっていく。
評議会を支持する者達は、安堵の表情を見せていた。
反対する者達は、険しい顔をしている。
そして、最後の投票箱が開けられた。
「これで最後です」
係員が投票用紙を確認する。
すべての票が集計されると、責任者が記録を確認した。
何度も数字を見直す。
計算に間違いがないか、別の者にも確認させる。
やがて、結果が確定した。
「それでは、ノイアイゼン国民投票の結果を発表します」
責任者が立ち上がる。
開票所に集まった者達が、一斉に顔を上げた。
「評議会の存続に賛成――」
そこで一度、言葉を切る。
「五十二パーセント」
わずかに、どよめきが起きた。
「反対――四十八パーセント」
今度は、さらに大きなざわめきが広がる。
「存続が勝ったのか?」
「たった四パーセント差だぞ!」
「いや、それでも勝ちは勝ちだ!」
「これで飛行機を作れるぞ!」
評議会の存続が決まった。
しかし、圧倒的な勝利ではない。
国民の半数近くが、評議会の存続を望んでいなかったのだ。
責任者は、その事実を理解していた。
「以上をもって、国民投票の結果とします」
宣言が終わると、開票所の外に待機していた伝令が走り出した。
結果はすぐに中央選挙委員会へ伝えられる。
そこで各地の集計を取り、最終結果を出すためだ。
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評議会の建物では、続々と届く結果を聞いた評議員達が声を上げていた。
「勝ったぞ!」
「我々は国民に認められたのだ!」
「これで新技術を使って好き勝手できる!」
喜びに包まれる評議員達。
だが、その中でザーラは浮かない顔をしていた。
「……本当に、そうなんでしょうかねぇ?」
彼女の言葉に、周囲の者達が振り返る。
「何が言いたい?」
「我々は勝った。そう思いたい気持ちはわかります。でも賛成票の合計は五十二パーセントです」
「それがどうした?」
「国民の半分近くが、我々が評議員を続ける事を望まなかったという事です。」
ザーラは淡々と告げる。
評議員達の顔から、少しずつ笑みが消えていった。
「それは……」
「しかも、今回の投票では帝国が公平な管理を行いました。国民は、自分達の意思が反映されたと感じているでしょう」
「だから何だというのだ!」
「地方票次第で、結果が変わるかもしれないという事です」
部屋の中が水を打ったように静まり返る。
今のところは優勢だが、まだ逆転する可能性もあるのは事実。
まさに冷や水を浴びせかけられたような雰囲気になっていた。
「まぁまぁ、そう悲観的になるな。アイザック陛下が飛行機だけではなく、試作中の蒸気自動車まで派遣してくださったのだ。きっと上手くいく」
「そうだそうだ。なんだかんだ言いながら、あそこまでしてくださるという事は、我らを受け入れるおつもりなのだ。アイザック陛下が味方なのだぞ。何を心配する必要がある」
しかし、彼らは自分達が望む未来を持ち続けた。
「ほら、賛成票が増えているじゃないか」
集計により、六割近い賛成票が数えられていた。
その結果が、多くの評議員の自信となる。
しかし、それは初日だけだった。
翌日、地方の票の集計結果が届くと青ざめる事となる。
「地方は反対が多いのか……」
「これはまずいぞ」
まだ最終的な集計結果が出ていないが、今日届いた結果を見る限り、地方では反対が多いという事はわかっている。
もし地方すべてで反対票が多ければ、ザーラが危惧したように逆転しかねない。
「少しだけでも結果を操作できないのか? このままでは、ただ我らの責任を追及される結果になるぞ」
「だめだ。エンフィールド帝国の役人が見張っている」
「奴らにとっても悪い話ではないだろう。買収できないか?」
「アイザック陛下が監視のために送り込んできた奴らだぞ。金で動くはずがないだろう」
「では座して待つだけか?」
評議員達は不安になり、行動を起こそうとする。
「やめておけ! 飛行機を見たのだ。皆の気持ちは傾いているはずだ。余計な事をしてアイザック陛下に断られたらどうする!」
ルドルフが一喝する。
しかし、それは彼自身に向けられて言葉でもあった。
内心、彼もひやひやしていた。
だが「余計な事をしたから」と、適当な理由で傘下に入るのを断られるのは困る。
今は同胞の技術欲を信じるべき時である。
各地からすべての集計が届くまで一週間かかった。
集計結果は、五十一パーセントが今の評議会を支持し、エンフィールド帝国の傘下に入ろうというものだった。
この結果に評議員達は歓喜した。
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アイザックは、カニンガム伯爵からの報告書を読んでいた。
「評議会存続が五十一パーセント。解散が四十九パーセント……」
アイザックは数字を見つめる。
(うーん。思ったよりも僅差だな)
評議会が圧勝するとは思っていなかった。
だが、もう少し差がつくだろうと考えていた。
(飛行機や蒸気自動車を見せた効果はあったはずだ。それでも半分近くが反対か)
ドワーフ達の技術への執着は強い。
だが、それで国を失う事になった評議会への不満が消えるわけではない。
意外と冷静な者も多かったという事だろう。
「陛下、いかがなされますか?」
カニンガム伯爵が尋ねる。
「国民の過半数は評議会を支持しました。ですが、これで終わりではありません」
「はい」
「国民の四十九パーセントが、この状況に不満を持っている。その事実を評議会には理解してもらわねばなりません。そして――」
アイザックは報告書を机に置いた。
「我々も理解しなければなりません。我々がノイアイゼンに対して何をできるか証明しなければならないでしょう」
「何かお考えが?」
「ええ。まずは飛行機の開発。鉄道網の整備。蒸気自動車の普及。自転車の製造です」
カニンガム伯爵は目を見開いた。
「そこまで支援されるおつもりですか?」
「ええ。ノイアイゼンの国民が望んでいるのは、技術の発展ですからね。エンフィールド帝国に不満を持たれないようにしないといけません」
アイザックがクククッといやらしく笑う。
「評議会が存続した以上、当面の間は彼らに責任を持って国を運営してもらいましょう。今すぐに併合するというわけにはいかないですからね」
「……なるほど」
「もし、また問題を起こすようであれば、その時はまた国民に判断してもらえばいい。彼らの生死も含めて」
(評議会が存続したのは、俺にとっても悪い話じゃない)
ノイアイゼンを直接統治するのは、面倒が多い。
ドワーフ達は技術にうるさい。
自分達の権利にも敏感だ。
そんな者達を、帝国が直接管理するとなれば、相当な苦労をする事になる。
それならば、エルフの準備が整うまで、しばらくは評議会に任せておけばいい。
ただし、以前のように自由にさせるわけにはいかない。
「それと、もう一つ」
アイザックが顔を上げる。
「ノイアイゼンの国民には、今回の投票結果を正式に知らせてください」
「かしこまりました」
「そして、評議会にも伝えてください」
アイザックは、少しだけ口元を緩めた。
「国民の半分近くが反対したという事を、忘れないようにと」
カニンガム伯爵は、深く頭を下げた。
「承知いたしました」
ノイアイゼンの国民投票は終わった。
しかし、問題が解決したわけではない。
――ノイアイゼンが、エンフィールド帝国と新しくどのような関係を築いていくのか。
エンフィールド帝国の傘下に入るという事は、これまでのように友好国としての恩恵を受けられなくなるという事でもある。
友好国民と、自国民とでは扱いも変わるからだ。
むしろ、これからが本当の始まりだった。
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