877 三十二歳 庶民向けの新製品
「なんで大通りに出てくるように通達が出たんだ?」
「まだ仕事があるっていうのに」
「評議会がなにかしでかしたって噂がある。その説明じゃないか?」
ノイアイゼンの国民は、何があるのか気になって話し合う。
やがて、空に黒い点が見えた。
それは徐々に大きくなっていく。
「まさかドラゴンがここまで来たのか!」
「南の街だけじゃないのか!」
「いや、待て。あれはグライダーじゃないか? ドラゴンや鳥みたいに羽が動いてないぞ」
「グライダー? ああ、空を飛ぶっていう乗り物か。でも、山の上から飛ばすんだろ?」
「この辺りに山はないぞ」
口々に話しているうちに黒点だったものは、はっきりとした形となっていった。
「やっぱりグライダーじゃないか?」
「でも、ここまで飛んでこれるのか?」
「でも、飛んでいるぞ。あっ、落ちるぞ」
グライダーらしきものの高度が下がっていく。
大通りはパニックになったが、すぐに姿勢を戻して一定の高度を保ち始めた。
「大丈夫だ。あれは飛行機といって、グライダーと違って自由に空を飛べる乗り物なんだ!」
市長が拡声器を使って叫ぶ。
パニックは収まり、誰もが飛行機の様子を見守った。
そして飛行機が彼らの上空を駆け抜けていった。
何度見ても信じられないというように、ドワーフ達は空を見上げていた。
「翼があるのだから飛ぶのはわかる。だが、あの大きさのものが、あの速度で飛ぶだと……?」
「そもそも、あれだけ重いものが空を飛ぶ理屈がわからん」
「なんで落ちないんだ?」
口々に疑問を漏らす。
その反応を見て、市長は満足そうに頷いた。
(やはり飛行機は凄いな)
「まだあるぞ。道を開けて北側に注目しろ」
市長が手を向ける。
姿を現したのは馬車のようだった。
ただし、馬はいない。
代わりに車体の後方に大きな煙突が取り付けられていた。
「……なんだ、これは?」
「あれは蒸気自動車だ。馬を使わず、石炭で動く馬車といったところだな」
「蒸気……、自動車?」
ドワーフ達が眉をひそめる。
石炭を燃料にして馬の代わりに馬車を動かすなど、にわかには信じ難かった。
「そういえば汽車は石炭で動くんだったな。車体が小さいからエンジンが小さくても動かせるのか」
「それでも馬車を馬なしで動かせるのは凄いぞ」
蒸気自動車は、観衆の前をゆっくりと前進していく。
その速度は飛行機とは比べ物にならない。
しかし、ドワーフ達の驚きは飛行機にも負けていなかった。
「これは……、汽車の蒸気機関を車に載せたのか?」
「そういうことになるんだろうな」
「だが、こんなに小型化できるのか?」
汽車の蒸気機関は大きい。
それは大きな馬力が必要とされているからでもあるが、観衆には「まだ未熟な技術だから大きいものが必要なのだ」と思われていた。
そこに自動車サイズの蒸気機関を載せているのを見て感心する。
こういうところに目をつけるのは、やはり彼らも技術者だからだ。
「エンフィールドでは実用化されているそうだ」
「実用化……」
その言葉を聞いたドワーフ達が黙り込む。
やがて、一人がぽつりと呟いた。
「……蒸気機関を馬車に載せられる時代になったのか」
別のドワーフが頭を抱える。
「俺達が必死になって小型化の研究をしていたものを、あいつらはもう車に積んで走らせているのか……」
実際は違うのだが、彼らは自動車が移動しているのを見て打ちひしがれる。
「まだあるぞ! 次は自転車だ」
そう言って市長が指差した先には、無数の自転車が列を成していた。
「……?」
「これはなんだ?」
「車輪が二つ?」
「人が乗って走っているが……」
ドワーフ達の反応が薄い。
当然だ。
見た目だけなら、飛行機や石炭自動車に比べて地味すぎた。
だが自転車は軽快に走っている。
これもすべてベアリングを開発できたおかげだ。
「思ったより速いな」
「馬より小回りが利くんじゃないか?」
「変わった乗り物だな」
「あれは自転車という乗り物だ。自分の足で歩くよりも楽で、走るよりも早く移動できる乗り物だぞ!」
市長の説明を聞いて、観衆は興味深く自転車を見る。
「馬と違って世話がいらんのか」
「燃料も使わないぞ」
ドワーフ達の目の色が変わった。
自転車は飛行機や石炭自動車とは違う。
こちらは構造が単純で、自分達でも簡単に再現できそうに見える。
だからこそ、食い入るように観察していた。
「車輪の大きさには意味があるのか?」
「チェーンは何のためだ?」
「この歯車の組み合わせは……」
あっという間にドワーフが自転車を取り囲む。
(食いついたな)
市長は内心で笑った。
飛行機は夢を見せる。
石炭自動車は技術力を見せつける。
そして庶民でも手が届きそうな自転車は好奇心を強く刺激する。
どれもドワーフ達には効果的だった。
ひっそりと市長の横に立っているカニンガム伯爵は、アイザックの考えがわからずにいた。
(……陛下はわざとやっているのか? 評議員が虐殺されないためという名目は理解できるが、こんな風にドワーフを刺激すれば、傘下に加わりたいという気持ちが強くなるだけだろうに。ノイアイゼンの動きを止めろという命令に反しているが……。そうか!)
カニンガム伯爵は気づいた。
(私が本気でノイアイゼンを止めようとすればするほど『エンフィールド帝国はノイアイゼンを止めようとしていた』という形になる。ノイアイゼンを併合しても、仕方なく受け入れるしかなかったという大義名分が生まれる。つまり、もう陛下は併合するおつもりなのだ。ノイアイゼンが止まらないという事を見抜いていたから、仕事を我らに任せて、すべての責任を自分が取ると言ったのだろう)
彼はアイザックの企みを見抜いた。
「どう転んでも責任を取る」というのは、カニンガム伯爵達がどう頑張っても、ノイアイゼンが「傘下に入れてくれ」と頼んでくるとわかっていたから言えた事だ。
併合前提ならば導き出すべき答えへの道筋も少なく、答えへたどり着くのも容易だったのだろう。
(陛下に聞いても『エンフィールド帝国の技術力を知ってもらっただけだった』とか言いそうだな。まったく、陛下もお人が悪い。……いや、それは昔からか)
誰かに聞かれたらマズイ事を胸中に収める。
幸い、呟いていたとしても誰も気にしなかっただろう。
ドワーフ達は今、飛行機を見て、石炭自動車を見て、自転車を見た。
そして、そのすべてに共通するものを理解し始めていた。
――エンフィールド帝国は、すでに自分達の知っている技術の遥か先を進んでいる。
それは兵器だけではない。
機械の力で空を飛び、地上を走り、人力でも移動が楽になる。
生活そのものが変わり始めていた。
「……カニンガム伯」
市長の側近が、真剣な表情でカニンガム伯爵を見る。
「なんでしょう?」
「エンフィールドでは、他にもこのようなものがあるのですか?」
「ありますよ」
「他にも?」
「ええ」
カニンガム伯爵は頷いた。
「まだ見せていないものは、たくさんあります。この十年で機械に限らず、化学という分野でも著しい発達を遂げています。私などは説明を受けてもさっぱりわからないくらいに高度な学問となっているようです」
「…………」
ドワーフ達が顔を見合わせる。
その表情を見て、カニンガム伯爵は小さく笑った。
(さて、ここからどうなるかな)
ドワーフ達が自分達の技術力を高めようとするのか。
それとも、エンフィールドの傘下に入って教えてもらおうとするのか。
どちらに転んでも、エンフィールド帝国には悪い話ではない。
ただ、今のカニンガム伯爵にとっては「このままでは国境を接する国がなくなる。その時、外務大臣という職は残してもらえるのか?」という問題のほうが大きく思えた。
「市長!」
観衆が勢いよく駆け寄ってくる。
「なんだ?」
「先ほどの自転車というものを、もっと見せてくれ!」
「もちろんかまわない」
「それと、蒸気自動車もだ!」
「ああ」
「あと、飛行機も!」
「……全部じゃないか?」
「全部だ!」
即答だった。
カニンガム伯爵は思わず笑ってしまう。
(こういうドワーフの率直さは好感が持てるな。裏で何を考えているのかわからない奴の相手をするよりもずっといい)
技術を見れば、知りたくなる。
仕組みを知れば、作りたくなる。
作れば、もっと良いものを作りたくなる。
その性質こそが、ドワーフ達の強みであり、厄介であり、大きな魅力だった。
市長がカニンガム伯爵の様子を窺う。
「他の街や村にも行かないといけませんので、もう一度くらいなら大丈夫でしょう」
カニンガム伯爵は、そう告げた。
「エンフィールドには、まだまだ面白いものがありますから」
その言葉を聞いたドワーフ達の目が輝く。
まるで宝の山を目の前にした子供のようだった。
飛行機。
蒸気自動車。
そして自転車。
エンフィールド帝国にとっては、まだ一般化していないものの、すでに実用化されつつある技術である。
だが、ノイアイゼンのドワーフ達にとっては違った。
彼らには新鮮であり、心を躍らせる未知の新技術であった。
「えー、実はノイアイゼンは『飛行機を壊したらエンフィールド帝国の傘下に加わるという条約』を結んでおりましたが、その飛行機を壊してしまいました。このままだとエンフィールド帝国に併合される事になるでしょう。それでもいいのかを問う国民投票を後日行いますので、皆さん投票をお願いします」
市民が興奮している間に、重要事項を市民に伝える。
普通に伝えれば暴れ出されるだろうが、今ならばいけると踏んだからだ。
観衆が気付くのは投票日間近になってからになるだろう。







