875 三十二歳 厄介事を持ち込まれやすい人
「おや、奇遇ですね」
「オチキス大臣も同じ考えだったか」
「ちょうど帰り道でしたので」
「前触れもなく来られても困るのだがな」
カニンガム伯爵とクロードが突然やってきたので、モーガンは露骨に嫌そうな顔をして迎えていた。
「そうおっしゃらないでください。前外務大臣から助言を欲しいのですから」
「私もです。この地を治める方々のご意見を伺いたく参りました」
「だから私も呼ばれたのですか」
一緒に呼ばれたランドルフも困惑していた。
噂を聞いて心配していたが、自分が巻き込まれるのはもう少し先になるだろうと思っていたからだ。
「ウェルロッド公がおられるとはいえ、今はサンダース子爵が実質的に領主として動いておられるでしょう? だから領主を補佐できる人員や代官を任せられそうな者の紹介について相談したいのです」
「なるほど」
ランドルフは考え込む。
彼はすぐに答えを出した。
「提供できる人員は――います。戦争や事故、病気などで人材を失った時を見据えて何人か育てていますから。ただし、彼らはあくまでも人間を統治するための教育を受けています。ドワーフのように種族や文化の違う相手を統治できるかというと、正直なところ難しいでしょう。隣人として付き合うのとは違いますから」
ランドルフは、はっきりと難しいと言った。
教育を受けさせてはいるが、それは人間を統治するためである。
エルフやドワーフを統治するためのものではない。
国内にいるエルフのほとんどは出稼ぎ労働者のようなもので、数が少ないためさほど問題は起きなかったが、ドワーフは違う。
今回はノイアイゼンという国家規模であり、国土の広さは正確にわからないもののリード王国の半分程度はあると予想されている。
ドワーフも何十万、何百万という数がいるだろう。
彼らの文化を理解して統治を手伝える者がどれだけいるだろうか。
「その点については大丈夫です。一番重要な書類整理を手伝ってくだされば十分ですので。統治の方針などはエルフで……決めますから」
正直なところ、クロードには自信がなかった。
現地のドワーフも雇うにしても、どこまでやれるだろうか。
エルフによる統治は、現地での反発も十分に予想されるからだ。
二人の話を聞いていたモーガンが口を挟む。
「方針を出すのは難しいぞ。例えば農地の拡張だ。農地を広げれば収穫が増えるからいい、というものではない。川や井戸などの水利を確保できるか、下流に悪影響を及ぼさないかの計算もしておかねばならん。領主が思い付きの行動をすれば領民が困り、巡り巡って結局は自分が困る事になる。ただ君臨すればいいというものではないぞ」
「では領政に携われるような人材は……」
「探すのは難しいだろうな。まずはノイアイゼンの事をよく知っている者を用いるのがいいが、ドワーフは問題を起こしたばかりだから使えんしな」
クロードが落ち込む。
ついでにカニンガム伯爵も肩を落とした。
ノイアイゼンの問題を解決するのは難しい。
賠償金を払わせて現状維持が一番だが、それは難しいかもしれない。
難題ばかり山積みである。
「これならウィルメンテ公に同行して戦場で戦っていたほうが楽だったかもしれません」
カニンガム伯爵の呟き。
それはランドルフにひらめきを与えた。
「ああ、戦争が終わればなんとかなるかもしれませんね」
「なんですとっ! どのような理由で!」
クロードが反応する。
彼はランドルフに顔を近づけ、その勢いに負けてランドルフはのけ反って顔を離す。
「今は当主が兵を率いて戦場へ出ている家が多い。だから留守を任されているのは息子や親族といった信頼できる身内です。でも戦争が終われば当主達が帰ってくる。領地の留守を守っていた者達が元の職に戻る事になるでしょう。彼らを誘えばいいのではないですか?」
「ここ数年の間に領主や代官の経験を積んだ者達がフリーになるという事ですか」
ランドルフの案に、クロードは何度もうなずく。
戦場に出ている者が帰ってくれば、本来彼らが座っていた地位に戻ると、今はその地位にいる者達が、ところてんのように押し出される。
未経験者よりも、数年でも経験した者がいれば心強い。
「現地の風土や文化はドワーフに補佐させればいい。上に立つ者がエルフになるか人間になるかはともかく、経験のある者がいれば統治の役に立つ。是非とも勧誘したい。紹介をしていただけませんか?」
光明が見えたクロードは、ランドルフの案に食いつく。
彼の勢いに引き気味ではあるが、ランドルフも気持ちは理解できるのでうなずいた。
「紹介はできます。ただ戦争が終わって褒賞がどうなるか次第になります。新たな領地を貰って、そこに親族を送り込む家もあるでしょう。全員が暇になるというわけではないので、どれだけの人数を勧誘できるかは先行き不透明です」
「それでも助かります。フランドル地方ではこれまで貸し借り以外は身内でなぁなぁで済ませていたので、書類整理だけでも苦労しています。今はまだエンフィールド帝国方式の書式を学んでいる最中です。実務ができる人材が少しでもいれば大助かりですよ」
「それなら頭数は揃えられるかもしれませんね」
(三代揃って、エルフの救世主になってくれるとは。なんとありがたい事か)
クロードは深く感謝する。
しかし、そこにモーガンが水を差した。
「ただ、アーク王国やアルビオン帝国の貴族の多くが失われている。その穴埋めに連れて行かれるかもしれん。まぁ人間同士なのでなんとかなるかもしれんが、早めに上奏しておくといいだろう」
「そうでした……」
今は戦争中なので、領民も多少の不満は我慢している。
だが戦争が終われば「戦争中だから我慢しろ」という大義名分が使えなくなる。
領民も「行政をなんとかしろ」と文句を言ってくるだろう。
新領土で混乱を起こさないためにも、人材は必要になってくる。
ノイアイゼンと新領土とで奪い合いになるはずだ。
「ありがとうございます。では王都に着き次第、陛下に上奏してみます」
ひとまず、クロードの悩みは解決したようだ。
エルフだけではなく、人間を領主や代官にしてもいい。
その力がある者がいるという事実だけでもありがたい事だった。
「なるほど、ノイアイゼンが降ってもどうにかする算段がついたというわけですか」
カニンガム伯爵は、自分の悩みに関しても解決しそうだと考えた。
「ですが、こちらの国民投票の結果次第では不要になるかもしれません。ただダメだった場合に、次善の策があるというのは気分が楽になります。私もやりやすくなります。ほら、ウェルロッド公爵家を訪ねたおかげで様々な問題が解決しました。アイザック陛下のためにもなったではありませんか。これでよかったでしょう?」
カニンガム伯爵が笑みを浮かべる。
当初は来訪を嫌がっていたモーガンだったが、今度は苦笑を浮かべた。
「一人で考え込むより、みんなで考えたほうがいい。オチキス大臣も明るい話を持ち帰れるので安心しただろう?」
「そうですね。手ぶらで帰らずに済んで助かりました。長老衆は頼りにならないし、本当にどうしようか途方に暮れていましたから」
ドワーフという共通の悩みを持っていたカニンガム伯爵とクロードが、戦友のように笑みを見せ合う。
モーガンとランドルフは「アイザック達のために頑張るとはいえ、隣に厄介な問題ができたなぁ……」と、うんざりした顔で見合わせていた。







