870 三十二歳 騒動の元凶
いいご身分だな、俺にくれよ ~下剋上揺籃編~ 3巻
本日2026年8月12日発売!
特典情報などは近況ノートでご確認ください!
『いいご身分だな、俺にくれよ ~下剋上揺籃編~1巻』が8/25まで、ブックウォーカー様などで無料で読めるようになっています。
各電子書籍アプリでも読めると思いますので、まだの方はこの機会にどうぞ!。
3巻はアマンダ達も登場し、リサのあの事件も発生するところです。
売り上げが大事な巻数となってきましたので、是非ともお買い求めください!
「わけがわからないよ……」
カニンガム伯爵から送られた伝令によって、アイザックは頭を抱える事となった。
動揺したアイザックは犬吸いや猫吸いではなく、妻吸い、子供吸いで心を落ち着かせる。
だいたいいつもの事なので、その行動は周囲に不思議には思われなかった。
カニンガム伯爵は飛行士達と、ジークハルトを連れ帰った。
同時に飛行機のエンジンと魔力タンクも持ち帰ってきた。
機体部分は作り直せるので、機密の塊のエンジンと重要な魔力タンクだけ運んできた。
その判断は評価できるし、事情を知っているであろうジークハルトを連れてきたのも評価できる事だった。
まずアイザックは飛行士達と会う。
「子細は聞いている。相手が数人であれば飛行機を守るために戦えと言うところだが、何千、何万が相手となると難しいだろう。それだけの人数を殺せと私は命じる事はできない。ノイアイゼンとの関係を考えれば、虐殺など行わなかったのが一番だ。よく冷静な判断をしてくれた。今回の件で責任を追及する事はないから安心してほしい」
アイザックの言葉を聞いて、飛行士達は安堵のため息を吐く。
一拍置いてから機長が口を開いた。
「正直に申し上げますと、政治的な判断で攻撃しなかったわけではありません。目を血走らせたドワーフが数え切れないほど押し寄せてきたので、体がこわばってしまっただけなのです」
彼は照れつつも、あの時の恐怖を思い出して身を震わせる。
アイザックはフフッと小さく笑う。
「彼らの新技術に対する興味は本物だ。汽車などは移動を楽にするものだったが、飛行機は行けないところへ行けるようにする乗り物だ。強い興味を引くだろうとは思っていたが、私もここまでだとは思わなかった。怪我人が出なくてなによりだ。特別手当と休みを与えるのでゆっくり休んでほしい。恐ろしい思いをさせてすまなかった」
「いえ、ドワーフとの付き合いが長い私達が、もう少し警戒するべきでした。こちらこそ申し訳ありませんでした」
お互いに謝り、軽く情報交換を済ませてから飛行士達を退出させる。
次はカニンガム伯爵とクロードからの事情聴取の番である。
「技術を教えてもらうために国を売るって? 本当に?」
先ほどまでの皇帝らしい振る舞いは消え去り、素のアイザックに戻る。
それだけ驚きが大きいという事なので、カニンガム伯爵達は気を引き締める。
「はい、その通りです。どうやらザーラ殿が訪れる前から計画を練っていたようです」
「飛行機の派遣が罠だったという事ですか……。『飛行機が壊れたから修理しようとした』という言い訳を使って分解しようとしてくるとは想定していたものの、まさか国を売ってまで分解してくるのは想定外でした……」
「陛下でも見抜けませんでしたか」
「わかるはずないでしょう。ロックウェル王国のように不安定な国ならばともかく、国情が安定しているのに併合を求めるなど異常ですよ」
「私もまったく同意見です」
やはり、今回のケースではロックウェル王国との差異が浮かび上がるようだ。
アイザックも同じ事を考えていたので、カニンガム伯爵は自分の常識が狂っているわけではない事を再確認できて安心する。
「オチキス大臣。飛行機を知った首脳陣の判断はともかく、よく知らない国民はどう考えると思いますか?」
「やはりドワーフなので興味は持つでしょう。ただ、彼らが飛行機を知っても、評議員ほど強い感情を持つかは疑問です。飛行機を作るのに金がかかります。庶民の手では届かない高価な乗り物のために国を売るのを納得するかというと疑問が残ります。それこそ本当にノイアイゼンを二分する問題になるかもしれません」
クロードは、彼なりに分析した結果を報告する。
手が届きそうだから強い欲求に突き動かされる。
最初から手が届かないとわかっていれば高望みもしない。
いくら熱意の強いドワーフでも、評議員に近いドワーフはともかく、すべての国民が併合に納得するはずがない。
一部の金持ちが国を売ったと反感を抱く可能性が高いというのも納得ができた。
「まぁそうなるでしょうね。本当にとんでもない事をしてくれましたよ」
アイザックは頭を抱える。
これは大問題だ。
ただ厄介なだけではない。
付随して別の問題も生じてしまうからだ。
「もしノイアイゼンを一回の失敗で併合してしまうと、他の地域のエルフやドワーフも不安を覚えませんかね?」
――エンフィールド帝国に対する信頼。
これが損なわれると、今後の融和政策にも大きな影響を与えてしまう。
誰もが「友好国を併合するような国は信じられん」と思うだろう。
何度も失敗を繰り返していたならばともかく、一度の失敗で責めると悪影響のほうが心配だった。
「その言葉自体が問題です」
ジークハルトは責める口調――ではなく、諦めの色が濃い声色でアイザックの言葉を否定する。
「きっと今のお爺様達は『なら何度も失敗すれば併合してもらえる』と思って暴走するでしょう。不用意な発言は避けるべきです」
彼はアイザック以上に深く頭を抱え込んでテーブルに突っ伏す。
ただならぬ様子から、アイザックは彼に問う。
「何か心当たりがあるんですか?」
ジークハルトがビクリと体を震わせる。
少しして泣きそうな表情をしながら顔を上げた。
「実は……、陛下が国家機密だから他国には教えられないとおっしゃったので、冗談半分で『エンフィールド帝国民になってみるのも一つの手かも』と言ったのです」
(元凶はお前かーーー!)
アイザックは叫びそうになったが、ギリギリのところで我慢した。
怒鳴り散らしたところで、何も解決しない。
この場だけでスッキリするよりも、問題を解決して根本からスッキリしたいからだ。
「周囲は感心しているようでしたが、てっきり冗談に付き合ってくれているものだと思っていました……。まさか本当にこんな事を考えるなんて……。単なる冗談が、ここまで大事になるなんて思ってもみませんでした! 本当にわざとではなかったんです! 私にはやる理由がありません!」
ジークハルトは必死に狙ってやった事ではないと否定する。
ここまで必死な彼の姿も珍しい。
「ジークハルトは飛行機の技術が欲しくないのか?」
「欲しいです。でも国を捨てるほどではありません。私には鉄道がありますから。路線をどこに敷くか、一日でどこまで移動させるか。そういった事を考えているだけで楽しいのです。他の人と比べて仕事が充実しているから無理をする必要がなかったんです。みんなを止めたんですが、お前は邪魔だと会議に参加させてもらえなくなりました」
「努力はしてくれていたんだね」
ジークハルトも自分の失言を取り返そうと頑張っているらしい。
ただ、熱狂した他のドワーフ達の勢いに押されて何もできなかったのだろう。
「では君も傘下に入るのは反対だと思っているんだね?」
「もちろん。少なくとも今ではないと考えています。それと言うまでもないでしょうが、ここで併合しないけど技術は教える、というような事は言わないほうがいいでしょう」
「わかっているとも。ごねれば貰える。そんな成功経験を与えるつもりはないよ」
アイザックも、すでに二十人を超える子供の父親である。
ごねれば望みが叶うという成功経験を与えてしまうのは、教育上よろしくない事は重々承知している。
それはドワーフ相手でも同じ事。
「技術をくれ」と、わめけば貰えると思わせてはならない。
対価を用意させる必要がある。
「でも技術を渡さないと、条約を盾に併合を迫ってくる可能性は残っている。それはそれで問題だ。……こんな事が起きないように厳しい条件を付けたのに、まさかそれを逆手に取ってくるとは思わなかったよ」
今度はアイザックが頭を抱える番である。
「同感です。もし飛行機に手を出した代償を多額の賠償金だけにしていたら『金を払えば好きにしていいんだな』と解釈して、結局は分解していたでしょう。あそこまで興奮に包まれている人達は誰も止められません。とりあえず、飛行機の研究所を作るという名目で建設させながら、軟着陸させる方法を考えるのがよろしいのでは?」
ジークハルトもどうすればいいのかわからなかった。
そのため、時間を稼ぎながら方法を考えるほうがいいと提案する事しかできなかった。
「どうしてこうなったんだろう……」
「……でも陛下も悪いんですよ。便利グッズをあんなに作るから、もっと新しい道具を作りたいと思わせてしまったんです」
この会議室にも多くの発明品があった。
・ゼムクリップ。
・パンチャー。
・リングバインダー。
・ホッチキス。
こまごまとした便利グッズをアイザックは発明していた。
どれも飛行機に比べれば派手さのない小さなものだ。
しかし、こうしたちょっとしたアイデアが新鮮であり、ドワーフの高揚感を掻き立てていた。
このような積み重ねが今の状況へと繋がってしまったのだ。
(なんでみんな俺が悪いっていうんだ。ただ頑張っているだけなのに……)
――あなたって本当に悪い人ね。
美女に抱き着かれながら、そう呟かれたら興奮するだろう。
だが、アイザックに言うのは男ばかりだ。
しかも最近は特に悪い事をしていないのに非難されるという理不尽な状況ばかりだった。







