869 三十二歳 クロードによる看破 ※本日コミックス3巻発売!
いいご身分だな、俺にくれよ ~下剋上揺籃編~ 3巻
本日2026年8月12日発売!
特典情報などは近況ノートでご確認ください!
3巻はアマンダ達も登場し、リサのあの事件も発生するところです。
コミックスが少しでも長く続きますよう、是非ともお買い求めください!
よろしくお願いいたします!
「失礼ながら、皆さんはそこまで誇りにこだわるタイプではないですよね」
「本当に失礼だな、オチキス男爵は」
「そんなの人それぞれだろう」
「そして傘下に加わる事にこだわっているように見えました。とてもね。普通なら得なんてないと考えるところに執着している。ならば相応の理由があるはずですよね? 国を捨てるほどの価値のあるものが?」
「飛行機を壊してしまった責任を取ろうとしているだけだ。他意はない」
失礼極まりないクロードの発言だったが、それはドワーフ達の図星を指していた。
少しだけ彼らのトーンがダウンする。
その隙をカニンガム伯爵は見逃さなかった。
「確か……、ルドルフ殿は『飛行機にもっと乗りたい』と陛下にしがみついて頼み込んでいたと聞いている。それに関係しているのではないか?」
「何の事だか」
先ほどまでは拳を叩きつけるなどの激しい対応をしていたが、今回は冷静な言葉でとぼけている。
その様子は明らかにおかしい。
カニンガム伯爵は周囲を見回す。
「そういえば、アイザック陛下と交友のあるジークハルト殿も出席されておられませんね。普通なら使えるカードはすべて使いたい状況のはずなのに」
国が亡びるかどうかの瀬戸際である。
普通ならば、アイザックとの良好な関係をチラつかせて減刑を狙う場面だ。
それなのにジークハルトは同席していない。
同席する必要がないか、同席してほしくなかったからだろう。
(どちらにせよ、彼らは減刑を望んでいないという事だ。併合される事に利益があるという事か? ……それはなんだ?)
「確か、アイザック陛下がノイアイゼンに家族旅行した時に同行した者がいたな。その時に国がらみの話をしていなかったか覚えていないか?」
カニンガム伯爵は同行者に尋ねる。
少しでもいい。
ちょっとしたヒントがあれば、そこを足掛かりにできるかもしれない。
「そのような事、どうでもいいではないか。我らの誇りを疑うというのか!」
ルドルフが語気を強める。
その時点で、カニンガム伯爵はこれが大きな手掛かりになると確信した。
なぜか最初に強く当たってきたので動揺していたが、クロードのおかげで落ち着きを取り戻せた。
一度落ち着けば、彼らは何かを隠すために強い言葉を使っているのだと、真に受けて動揺する事もなくなっていた。
「どうだ? 何かないか?」
「あっ、確か『帝国民ではないから飛行機の作り方は教えられない』という類の内容を話しておられました! そして、その事を評議員の皆様が非常に悔しがっていたような気がします」
一人が思い出したようだ。
彼の一言で、ノイアイゼン側の出席者の一部が顔をしかめる。
ルドルフなど代表的な議員はポーカーフェイスをしているものの、それでもどこか動揺しているようにも見える。
(飛行機の作り方を知るために国を売るだと? そんなまさか)
カニンガム伯爵は、頭に思い浮かんだ考えを否定する。
通常、あり得ない事だからだ。
しかし、世の中には常人に理解できない事は多くある。
彼はクロードに視線を向けて表情を窺う。
クロードは呆れた表情――ではなく、怒りを見せていた。
「そんな事のために国を売ろうとしていたのか!? あなた達は正気ですか! 種族間戦争を経て、ようやく勝ち取った独立国なんですよ! 祖先の努力を放棄するつもりかっ!」
彼は本気で怒っていた。
――ドワーフならやる。
そう固く信じていたからだ。
これまでの人生経験による結論である。
だから自分のためではなく、彼らのために怒っていた。
長年築いてきたものを、一時の衝動でぶち壊してしまう事に。
「そんなはずがなかろう。我らは責任を取らないといけない事をした。だからその責任を取ろうとしているだけだ。我々も心苦しいが、約束は約束だ。約束を破るような事をするほうが祖先に顔が立たん」
ルドルフは語気を強めて反論する。
しかし、今度は拳を叩きつけたりはしなかった。
感情を排して冷静に反論する。
まるで嘘は言っていないとばかりに。
普通ならば、その言葉を信じてしまいそうになる。
だが先ほどまでの振る舞いで、今の言葉を演技のように見られるようになってしまっていた。
「ならば、傘下に加わっても技術は教えない。それでよろしいですね?」
「なぜそうなる!」
カニンガム伯爵の言葉に、ルドルフが言葉を荒らげてテーブルに拳を叩きつけた。
こうなると、カニンガム伯爵もルドルフ達の心中が透けて見えるようになっていた。
(まさか、本当に技術が欲しいだけで国を売ったのか?)
――ロックウェル王国のように追い詰められているわけでもないのに、なぜ降伏を選ぶのか。
彼には到底信じられない考えである。
エンフィールド帝国でそんな事をすれば、アイザックや貴族が許したとしても国民が許さないだろう。
一族郎党、八つ裂きにされる未来が見える。
だから、彼にはドワーフの考えがまったく理解できなかった。
「オチキス男爵。仮の話だが、どう考えても圧倒的に不利な条約を結んでおきながら、わざと違反して傘下に入る。そしてエンフィールド帝国民になって、新技術を自由に使えるようになる。そんな事を考える者がいると思うか?」
「いますね。目の前に」
クロードはノイアイゼン側の出席者達を睨んだまま答える。
信じがたい話で、カニンガム伯爵も「あり得るんだ……」とドン引きしつつも、そういう可能性もあると考えを改める。
「……念のために皆様に言っておきますが、アイザック陛下はこういうやり方を嫌うと思います。陛下がいくらあなた方に好意的であっても、今回のやり方は目をつむれないでしょう。傘下に加わる事は認めても、研究は認めない。そう考えられる可能性は高いですよ」
「そんな事はないはずだ! 我らの技術力は役に立つ!」
「飛行機開発にもドワーフが関わっているではないか! 必要とされるはずだ!」
ノイアイゼン側は、もう隠そうともしない。
彼らは自分達の技術力は求められているという自負を持っている。
エンフィールド帝国の一員になれば、技術職として必要とされると考えているのが態度から見て取れた。
「私も詳しくは知りませんが、開発初期はドワーフの技術力を必要としていたようですが、今では人間だけで作る事が可能になっているようです。もう開発にドワーフは必要ない状況になっています。例えノイアイゼンがエンフィールド帝国の一地方になったとしても、技術開発を頼む可能性は低いですよ」
「むぅ……」
諭すような優しい口調で説明され、ルドルフ達は反論に困った。
しかし、まだ諦めきれない。
なんとかして技術を手に入れようと考える。
「だけど、頭数は大事なのでは? ノイアイゼンが全力を尽くせば飛行機はもっと発展する。もちろん他の技術も。様々な視点で開発する事で発展するのは否定できないでしょう?」
なんとかザーラが反論を絞り出す。
これは痛いところだった。
発展への貢献という点は否定できない。
飛行機研究所が無数にできれば、その研究所の数だけ種類が派生していく事だろう。
それはエンフィールド帝国にとって悪い事ではない。
悪い事ではないが、それとこれとはまた別問題である。
「だからといって、条約を盾にして強引にエンフィールド帝国民になろうとするのは問題です。一部の評議員の暴走で国を失う国民の気持ちを考えた事があるのですか?」
国民の意思も大事である。
いくら国民に選ばれた評議員とはいえ、国を売るような真似を少数で話し合って決めるのは許されないはず。
カニンガム伯爵は、その点を指摘する。
「問題ない」
「問題ないとは? あなた方は王権のような独裁権を持っているとでも?」
「それはない。ただ、国民も悪くはない話だと思っている。それだけ新しい時代を歓迎している」
「まさか、国民に聞いていたのですか?」
カニンガム伯爵は驚く。
一部の暴走ではなく、国民まで悪くはないと考えているというのは完全に想定外だった。
利益を得られる者だけが動いているのではなく、国民まで前向きであるのなら話は変わってくる。
「あと何年あると思っている?」
「……なんの話でしょうか?」
「アイザック陛下の寿命だ。あと何年残っていると思っている?」
普通であれば「皇帝陛下の寿命が少ないから貴国の安定が不安だ」という意味で問いかける場面である。
しかし、まだアイザックは若く、寿命を心配する段階ではない。
それよりも、腹上死を心配するほうが現実的なくらいだ。
「三十年ほどでしょうか」
明日にでも腹上死するかもしれないが、とりあえず平均的な寿命で答える。
「そう、たった三十年だ。わかるか? その三十年がどれほど貴重なのかを。エンジン男爵も素晴らしい研究者だが、アイザック陛下ほどではない。アイザック陛下の存命中にどれだけ多くの新技術を引き出して実用化できるか。それが最も重要なのだ。湧き出る泉のようにアイデアが出てくるのだ。アイザック陛下のアイデアをすべて実用化できれば世界が変わるぞ。その三十年のためならば、国を捨てる価値はある。そう思わないか?」
「三十年は長いですが……」
これは種族による寿命の違いが影響していた。
人間と比べて、ドワーフは約四倍、エルフは約十倍の寿命を持つ。
人間のカニンガム伯爵にとっては長い時間でも、寿命の違いによって長いと感じる時間は変わってくる。
ドワーフにとっては、かなり短いと感じる期間だった。
「いや、三十年は短い。それは認めよう」
クロードは、ルドルフの言葉を渋々認める。
ノイアイゼンの行動には問題がある。
しかし、それがアイザックの寿命を考えて焦っていると考えれば、少しだけではあるが理解できた。
彼も「アイザックが死んだら、エンフィールド帝国と今の関係を続けられるだろうか?」と心配して、アイザックの寿命について、以前から心配していたからだ。
「だが国を捨てるのはよくない。こんな騙し討ちではなく、ちゃんと話し合いによってどうするか決めたほうがいい」
彼は冷静な判断をするように促した。
「カニンガム大臣、これは私達で手に負える問題ではなくなりました。彼らの魂胆が分かった以上、一度持ち帰るのはどうでしょうか?」
「そうだな。ただの偶発的な事故ではなく、悪意ある行動による破壊行為だとわかった以上、対応も変わってくる。陛下に相談するべきだろう」
「悪意はない! 我らにあるのは探求心だ!」
「…………」
「…………」
確かに悪意はないのかもしれないが、知性も理性もない言葉にカニンガム伯爵とクロードには返す言葉がなかった。







