868 三十二歳 ドワーフの矜持
いいご身分だな、俺にくれよ ~下剋上揺籃編~ 3巻
2026年8月12日発売!
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会談は不思議な雰囲気で始まった。
厳しく追及する立場のエンフィールド帝国側に、そのような雰囲気がなかったからだ。
ノイアイゼン側は当然ながら深刻な表情を見せている。
絶望といっても過言ではないほど肩を落としていた。
そんな彼らのために、まずカニンガム伯爵が口火を切った。
「アイザック陛下からの親書にあった通り、こちらは賠償金と犯人の引き渡しで手を打ちます。本来ならば処刑にしてもおかしくないところを懲役で済ませるのです。私から見ても寛大な請求であると思います。こちらの条件を呑んでいただけますか?」
彼は落ち着いた声で語りかける。
クロードも「やった事に対して甘いくらいだ。余計な事は言わずに受け入れろ」という視線を送っていた。
それはエンフィールド帝国側の使節団全員に共通した思いだった。
「約束は約束だ」と傘下に加わるように要求する事もできる。
だが、アイザックはそんな事をしなかった。
アイザックは基本的に気前がいいか、厳罰を与えるかの極端な判断をする。
今回は情状酌量の余地があると考えてか、寛大な判断を下した。
このチャンスを無駄にするなというのがエンフィールド帝国側の共通見解である。
誰もがノイアイゼン側の反応を待つ。
ノイアイゼン側はというと、みんなで顔を見合わせてカニンガム伯爵の言葉にどう反応するかを考えているようだった。
やがてルドルフが代表して口を開く。
「アイザック陛下の寛大な処置に感謝する」
(やはり受け入れたか。そうだろうな。これほど甘い要求は二度とない。受け入れて当然だ)
カニンガム伯爵は、すんなり終わった事に安堵した。
――だが、それは気が早すぎた。
「だが、その条件は受け入れられない」
ルドルフの返答を聞いて、エンフィールド帝国側がざわつく。
あれほどの好条件を断るというのだ。
誰もが信じられないといった表情を浮かべていた。
「なぜでしょう? かなりの好条件のはずですが」
「だからだ」
――好条件だから受け入れられない。
ルドルフの返答は不思議なものだった。
彼個人の判断かと思ったが、他のドワーフも彼の意見に賛同しているようだった。
だからこそ、エンフィールド帝国側の出席者の頭の中で無数のハテナが浮かび上がる。
硬直している彼らの目を覚ますかのように、ルドルフはテーブルに拳を激しく叩きつける。
「我らを舐めているのか!?」
彼の言葉は、またしても予想していないものだった。
カニンガム伯爵達は目を丸くして驚く。
「まさか、そんな事はしておりません」
「ならば、この条件はなんだ!」
ルドルフは親書を取り出し、そこに書かれている条件を指す。
「我らを責任を取る事もできん子供だとでも思っているのか! このような条件は舐めているとしか思えんぞ!」
どうやら条件が不満なようだ。
カニンガム伯爵は必死に考えを巡らせる。
(そうか、条件が良すぎるから不満に思われたんだ。人並みに責任を取る事ができない半端者扱いをされたと思って怒っているのか!)
このような反応は完全に想定外である。
好条件を出されて不満を持つ者などいない。
プライドの高い貴族でも「なら、もう少し賠償額を増やそう」と言い出すくらいで激怒はしない。
思わぬ反応が返ってきた事には驚かされる。
しかし、カニンガム伯爵は怒鳴られたからといって萎縮するような小物ではなかった。
(いや、これも交渉術だろう。こちらが下手に出たと見て、もっといい条件を引き出すために怒っているように見せているだけかもしれない。なにしろ私の四倍は長く生きている相手だ。これくらいはやってくるだろう)
よく見ると、ルドルフの怒りは少し演技がかっているようにも見える。
カニンガム伯爵は少し落ち着きを取り戻す。
「それだけアイザック陛下がノイアイゼンとの関係を重視しているという事です。罪人の引き渡しも、また人間がドワーフを奴隷扱いしようとしていると思われるかもしれないと熟慮されての決断でした。皆さんを侮ってはおりません」
このままではまずいと思ったクロードが仲裁に入る。
彼はドワーフが怒った時にどういう事が起きるのかを知っている。
だからすぐさま割って入った。
だが、その言葉もドワーフ達には通じなかった。
「罪を犯せば罪を償う。それが当たり前だろう? 我らが罪人の引き渡しを嫌がって種族間戦争でも始めるとでも思ったか? そこまで愚かで自分勝手な種族だと見ている。それが舐めているというのだ!」
ルドルフの怒声は室内に響き渡った。
ノイアイゼン側の出席者達はエンフィールド帝国側の出席者を睨み付けている。
これには、カニンガム伯爵も本気で焦った。
しかし、外務大臣として黙っているわけにはいかない。
「そういうわけではありません! 何事にも適度というものがあります。今回の一件だけでノイアイゼンをエンフィールド帝国の一部にするというのは、あまりにも重すぎる。取り返しのつかない罰を与えるには重すぎるので、金銭での賠償を求めたのです。責任を取る能力がないと考えたからではありません」
彼は即座に否定する。
黙っていては、本当にそう思っていると思われかねない。
否定すべきところは否定する。
その上で反論を続けねばならなかった。
「あなた方も、エンフィールド帝国に降るのは嫌なのではありませんか? 我らは無理強いをしません。せっかく長年の断絶関係から友好的な関係になれたのです。子々孫々まで末永く続く関係を作っていこうではありませんか」
彼は「感情に動かされず、長い目で見よう」と諭す。
ノイアイゼン側にも少し動揺が見えた。
だが、ルドルフは止まらなかった。
「確かに、その意見には一理あると認めよう。だが我らの誇りはどうなる? 条約という国と国の約束事を破ってしまっては面子が立たん。我々は誇りを持って条約を順守する! それが我らの矜持だ!」
「その通りだ!」
「施しを受けるいわれはない!」
ルドルフの言葉に、ノイアイゼン側の出席者達がうんうんとうなずく。
彼らの反応を見て、カニンガム伯爵は少し驚きつつ、自分を恥じた。
(そうだな、彼らにも誇りがあるのだ。寛大な条件だから喜んで飛びついてくるだろうと考えるのは傲慢な考えだ。もっと彼らの立場で考えるべきだったか。これまで順調だったからと油断してしまっていたようだ)
カニンガム伯爵は「種族が違うから大丈夫だろう」と甘い考えをしていた事に気付かされた。
特にアイザックが提案した内容だから受け入れるはずだと思い込んでしまっていた事に反省する。
「そこまでの覚悟をお持ちだったとは……。私が見誤っていたようです。誠に申し訳ございませんでした。心よりお詫び申し上げます」
まずは謝罪である。
非を認める事は外交では致命的だが、今回は違う。
今は彼らの誇りを傷つけてしまった事を謝罪するのが重要である。
対等な付き合いを長く続けるには必要な事だった。
「言うまでもないでしょうが、アイザック陛下も皆様を見下しているわけではありません。種族間戦争が始まる前のように、数の多い人間がエルフやドワーフを支配するという社会構造になる事を恐れているのです。そのような状況になれば、またいつか種族間戦争が始まるかもしれません。お互いに尊重し合える時代を作りたいというお考えによるものです。皆様を侮っているというわけではございません」
彼はなんとかしてなだめようとする。
誤解を生んでしまったのならば、すぐさま払拭せねばならない。
外務大臣ではなく、一人の人間として、このような状況を放置するわけにはいかなかった。
本当に見下してはいないからだ。
だからルドルフ達が誤解しているのなら、誤解が解けるまで何度でも説明するつもりだった。
「そんな事はどうでもいい!」
ルドルフはまたしてもテーブルに拳を叩きつける。
今回はミシッという音と共にひび割れが入った。
「エルフは受け入れているではないか!」
「それも貴族にまでして!」
「なぜ我らは受け入れようとせぬのだ!」
「エルフは信用できるがドワーフは信用できないと言っているも同然じゃないか!」
ドワーフは一斉にまくし立てる。
このような状況に、カニンガム伯爵は恐れおののいていた。
(今回の一件だけではなく、エルフを取り込んだ一連の流れからの不満の積み重ねが原因だったか!)
これは簡単に解決できる問題ではない。
・エルフは貴族として迎え入れる。
・ドワーフは理由をつけて受け入れない。
こうした対応の違いが原因で種族差別をしていると思われている。
いくら言葉で説得しようとしても、それはただの誤魔化しだとしか受け取られないだろう。
(これは根深い問題だ。口先だけで解決できるものではないぞ。まさか本当に受け入れるわけにはいかないし……。いくらなんでもノイアイゼンを併合する権限は……ある。だが決断は難しい。どうするべきだ)
反論の言葉がすぐに思い浮かず、カニンガム伯爵は視線を泳がせる。
彼の同行者も同様であり、この状況を打破できるのはただ一人。
アイザックくらいだろう。
信頼して交渉を任されたというのに、期待に応えられそうにない。
カニンガム伯爵は無力感に苛まれる。
――そこへ救いの手が差し伸べられた。
「……なにかおかしくないですか?」
クロードである。
彼はこれまでの人生経験から、ノイアイゼン側の反応に不審を覚えたようだ。







