867 三十二歳 使節団到着
カニンガム伯爵とクロードは困惑していた。
彼らも条約を知っていたからだ。
「なにしろ相手はドワーフですから。興奮して止められなかったのかもしれません」
「評議員は冷静だった印象だったが……。そこまで直情的だと交渉が難航しそうだな」
「アイザック陛下が犯人を差し出して、金銭による賠償をすれば済ませるとおっしゃっているので大丈夫でしょう。まさか脅しとわかって結んだ条約が首を絞めるとは、彼らも思わなかったはずです。ほどほどのところで手打ちできますよ」
――ノイアイゼンがエンフィールド帝国の傘下に入る。
国の命運を左右する条約をあっさり結んだのだ。
ノイアイゼン側も「わかってるよな? 深く責任は追及しないけどやるなよ、絶対にやるなよ!」という脅しだとわかって調印したに違いない。
だから、これから話をする評議会相手でもスムーズに賠償の話が進むはずだ。
クロードの言葉で、カニンガム伯爵は少し気分が楽になった。
「しかし、飛行機だけでこれだけの大問題を起こすのだ。パメラ陛下の研究を知ったらどうなるか……」
「理化学研究所の研究成果もなかなかのものだ。目に見えて凄いとわかる研究成果ではないが、アイザック陛下の発明もパメラ陛下が開発したものによって支えられている。そうした基礎技術を知れば、やはり群がってくるだろうな。だから下手な事は言わないように気を付けよう」
「そうですね。これ以上の問題はごめんですから」
面倒な仕事を任されて頭を抱える事になったものの、彼らは絶望していなかった。
問題が大きすぎるからだ。
これだけの大問題ならば、お互いになぁなぁで済ませたいと思うものだ。
大事にすれば武力衝突になりかねないからだ。
ノイアイゼン側も、それは避けたいはず。
ほどほどの賠償で話は済む。
それが彼らの共通見解だった。
ノイアイゼンの首都アイゼンブルクに到着する頃には少し余裕ができていた。
彼らを大使達が夕日と共に出迎える。
大使は血の気を失った顔色をしていた。
「閣下、この度はどのように申し開きすればよろしいのか……」
彼の背後には飛行士達もいた。
ドワーフの暴走を止められなかった責任を感じているからか、彼らも顔面蒼白である。
「話は聞いている。条約を無視するほどドワーフが熱狂するとは、あの陛下でも予想できなかった。飛行機を守れなかったのは仕方がない。陛下は無理に守ろうとして殺し合いにならなくてよかったとお考えだ。皆が無事でよかった。これは私も同じ思いである。諸君には責任はなく、追及もしない。安心して帰国してほしい」
カニンガム伯爵は、まず彼らに優しい言葉をかける事にした。
責任は、何度も言い聞かせたにもかかわらず飛行機を守り切れなかったノイアイゼン側にある。
そう言い聞かせる事で、少しでも彼らの心理的負担を軽くしてやろうとする。
実際、彼らは少しだけ顔色がよくなった。
そんな彼らの背後から、ドワーフの一団が姿を現す。
先頭はルドルフだった。
「カニンガム大臣、本当に申し訳ない。心より反省している。これはこちらが要求を受け入れられるラインを書いてある。今晩、休みながらでも目を通しておいてほしい」
彼は一通の手紙をカニンガム伯爵に渡す。
そして、カニンガム伯爵も手紙を渡した。
「こちらもアイザック陛下からの親書を用意しております。明日の会談前に、一度目を通しておいていただきたい」
「かしこまりました。オチキス大臣にも申し訳ないと思っている。こちらも誠意ある対応をすると約束する」
「いえ、調整が私の役目ですからお気になさらないでください」
彼はクロードにも謝罪する。
本気で申し訳ないという気持ちが伝わってくる。
だから、クロードも仲介を頑張ろうと力が入る。
「今回の一件は本当に驚きました――」
雑談をしながら、カニンガム伯爵一行は迎賓館へと向かう。
今回は歓迎パーティーをやる気もなければ、やってもらう気にもなれないため、大規模なパーティーは開かれなかった。
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夕食を取り終わると、会議を開いた。
激しい動悸を覚えながら、カニンガム伯爵はルドルフからの親書を開いた。
その内容に彼は驚かされる。
「……意外と素直だな」
彼はクロードに親書を渡す。
「確か、とあるドワーフの技師は『手伝わせてくれないと、お前の胸元で初恋に敗れた乙女のように泣くぞ!』と、陛下を脅してまで飛行機開発に携わったと聞いている。なんだかんだとごねてくるかと思ったが、意外とあっさりしているものだな」
「そのようですね。まさか、素直に責任を取ってエンフィールド帝国の傘下に入ると認めてくるとは……。素直過ぎると思いますが」
――条約通りに責任を取って、エンフィールド帝国の傘下に入る。
それはつまり、ノイアイゼンという国がなくなり、エンフィールド帝国の一地方になるという事だ。
そこまで思い切った事を素直に受け入れるというのは想定外である。
「私も各地のエルフやドワーフと話し合っていますが、こんな事は初めてです。普通はほどほどの交渉条件を叩き台として出してきます。こんなオールインはしてきません」
クロードも目を丸くして驚いていた。
話し合いで妥協点を探るのではなく、最初から全額を賭けてきた。
このような行動は常人では考えられないものである。
「最初から出せる条件をすべて出す。そうして誠意を見せる事で相手の同情を買うという交渉術かもしれない。私の知る限りでは、ドワーフはアイザック陛下のアイデアの虜になっている。それを失いたくないという気持ちから、本気で謝罪しているように見えるが……どうだろう?」
「私もそう思います。ですからアイザック陛下からの親書を読んで安心しているのではないでしょうか」
アイザックからの要求は、比較的軽いものだった。
――千億リードの賠償と、分解を行った者達の引き渡しと五十年間の強制労働を認める事。
人間であれば終身刑のようなものだが、ドワーフの寿命は人間の四倍ほどはある。
国家機密の情報を盗み出して破壊した者に十五年ほどの強制労働と考えれば、むしろ甘いくらいだろう。
関係を壊したくないアイザックが、ノイアイゼンを追い詰めすぎないように出した条件だった。
もちろん、カニンガム伯爵も意見を出していた。
「そうであってほしいが、難しいところだな。これだけ条件の差があると、それはそれで問題が起きるものだ。あちらが本気でこれだけの覚悟があったのならば、エンフィールド帝国は及び腰だと思ってさらなる好条件を引き出そうとしてくるかもしれない。こちらの誠意を弱気と取る者もいるからな。やれやれ、厄介な事だ」
カニンガム伯爵は天を仰ぐ。
ノイアイゼン側が「もうちょっと緩い処分で勘弁してくれ」と言ってくるのならば、エンフィールド帝国側の要求はありがたく受け取られただろう。
しかし、ジャンピングスライディング土下座をしてきた相手には「本当にそれでいいの?」と感謝するのでなく「ラッキー!」と思われるだけになるかもしれない。
条件に差があり過ぎるのは大きな問題だった。
これをどう調整していくのかが外務大臣の腕の見せ所である。
「大使館には、どのような情報が集まっているのだ?」
まずは情報収集である。
大使は部下に命じて書類の束を持ってこさせる。
「政府関係者は誠意ある対応をしようとしています。これはエンフィールド帝国の傘下に入るという条約を順守するという申し出にも表れています」
「……本気だったのか?」
「私が接触した範囲では、やってしまった以上は仕方ないと前向きに考えている者ばかりでした」
「前向きに?」
「……前向き?」
カニンガム伯爵とクロードは何度も首をひねる。
国を捨てるという行為を前向きに考えるというのが信じられなかったからだ。
ファーティル王国のように王女が結婚するというわけでもなく、ロックウェル王国のように財政危機をリード王国の力で乗り越えようとしているわけでもない。
ノイアイゼンの政情は安定しており、経済は順調に発展している。
エンフィールド帝国に併合される理由がなかった。
「ですが庶民は違います」
大使は不思議そうにするカニンガム伯爵達に続きを話し始める。
「エンフィールド帝国に併合されるかもしれないと知って『なぜだ?』と疑問を持つ者が多いようです。いくらなんでも急すぎる出来事に思考が追いつかないようです。これに関しては私も同感ですので、上層部が交渉を優位に進めるためのブラフではないかと考えています」
「それはそうだろうな。いくらなんでも、国民が一丸となってエンフィールド帝国に併合されたいと思っているはずがない。私達は国を持っていなかったから、エンフィールド帝国の一員になるという選択をしたのだ。ノイアイゼンという国がある以上、現状を維持するという選択があるのだから、それを捨てるような事はしないだろう」
クロードは大使の考えに同調する。
エルフとドワーフとでは状況が違う。
村単位のコミュニティしか持たなかったエルフと、国家というコミュニティを持つドワーフとでは立場が違う。
国も安定しているので、エンフィールド帝国に降らねばならない理由がない。
だから併合もやむなしという意思を見せたのは、ただの誠意だと彼も思っていた。
「二人がそう言うのであれば、そうなのかもしれないな。……よし、わかった。今の条件は主にアイザック陛下が譲歩してやってもいいと考えたものだ。私が外務大臣として厳しい意見を主張して、更なる譲歩を引き出すとしよう。研究の協力をしたいという技術者を供出してもらおう。もちろん奴隷ではなく、正当な報酬を支払って雇うが、その人件費も賠償額に上乗せしてもらおう。多少支払いが増えるくらいなら、あちらも文句は言わないだろう」
カニンガム伯爵は強気の交渉姿勢でいくようだ。
クロードもうなずく。
「ドワーフは酒に酔っていたからという言い訳が多い。酒に酔っていたは言い訳にはならない。出費による痛手を負う事で反省をうながす事も大切でしょう」
「ならば、明日は私が最初にガツンと一撃を加える。オチキス大臣が適度なところで仲裁に入ってくれ。それでほどほどの妥協点を探るとしよう」
「かしこまりました。お任せください」
今のエンフィールド帝国の勢いを見る限り、このままでは国境がなくなる。
そうなると外務大臣の仕事もなくなってしまう。
その前に少し手柄を立てておき、引退後に悠々自適の暮らしをできるようにしておきたい。
――ほどほどに手柄を立てておきたいカニンガム伯爵と、ドワーフに反省をさせたいクロード。
彼らの思惑は儚く崩れ去る事となる。
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